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46.([前]編-46)

 主要街道沿いの宿場町でもある農村の宿を朝食後に出立し、主要街道から枝分かれした農道と見間違うような街道を数時間程テクテクと歩いて、俺は、宿の女将さんの実家があるという寂しい農村へと辿り着いた。


 途中で唐突に再会した黒ドラゴンのダリウス氏とは、村の手前で別れた。

 別れる際に、不意打ちで最大出力の探査魔法を照射し確認してみたら、ダリウス氏はそれなりに厳つい容姿の黒いドラゴンで、隠密モードが全開の姿と気配が誤魔化されている状態てあっても、大きな翼を広げて飛び立つ様は圧巻だった。

 うん。腐っても、ドラゴンだね。


 まあ、それは、兎も角。

 俺は、その村の集落で一番立派な、と言っても少し大きめの質素な普通の家ではあるが、村長さんのお宅に、宿でお話をした村長の息子さんを訪ねて来ていた。


 昨日に宿で聞いた話だと、複数の村人が耕作する農地が村のすぐ傍を流れる河川からの土砂で何度も埋まったり、同じ河川から水を引く簡易的な用水路が上流で土砂に埋もれて機能しなくなり水が十分に行き渡らない農地が発生したり、で物凄く困っているという事だった。


 土砂の規模や状態と位置関係、土砂の流入が発生している根本原因、などなど。現場で確認してみないと、何を何処まで復旧させることが出来るかは分からない、と伝えた上での今日の訪問だ。

 どこまで本気を出すかは慎重に検討する必要があるが、俺の魔法能力であれば、ある程度までは力業で原状復帰が出来るだろう。

 ただし。ここまで類似の現象が度重なっている点からすると、根本原因を取り除けないと解決には至らない恐れがある、とも俺は考えていた。

 だから、あまり安請け合いはせずに、まずは現場確認を、という返事を昨日はしたのだ。

 特に、行政が殆ど機能していないように見えるこの国の現状を考えると、他の集落への影響が見込まれる場合には利害関係の調整でとん挫する可能性もある、と想定しておくべきだろう。

 古来から河川が引き起こす諸々の問題は、影響範囲が広くなるため、狭い視野で対処に当たると更なる大問題を勃発させかねない、慎重な対応が要求される取扱注意な案件なのだ。

 あまり安直に考えて行動し、手助けのつもりが厄災を振り撒いてしまうような事態とならないよう、慎重に対処したいと思う。


 俺が、気を引き締め、フンっとばかりに腹に力を入れて仁王立ちし、村長の息子さんが出てくるのを待っていると...。


「アル殿。わざわざ、御足労下さりありがとうござます」

「いえ」

「それでは、早速で恐縮ですが。お約束通り、土砂災害の箇所をご案内させて頂きます」

「はい。よろしくお願いします」

「どうぞ、こちらに」


 硬い表情をした質素な身なりの中年男性が、一礼してから、俺を先導する。


 俺は、そんな感じで肩に余分な力が入ってしまった村長の息子だという男性に続き、真面目な顔で歩きだす。

 村長さん宅の玄関先では、老齢の疲労感が滲みでる男性と寄り添う同年代の女性、そして何故だか、理知的な面差しの痩せ衰えた幼い少女が、深々と頭を下げていた。



 * * * * *



 この農村の村長の息子さんであるジェイコブさんと俺は、それ程は広くないこの村の住人たちが耕す農地と、そのすぐ傍を泰然と流れる河川と、そこから農業用水を引き込んでいる年季の入った用水路を、順番に視察していった。

 その上で更に、無理のない範囲内ではあったが、村のすぐ傍を流れる河川の、この村より上流域の様子についても、少し山間部まで分け入って簡単に検分してきた。


 山間(やまあい)を蛇行して流れ、この村の近辺では農地の中央をほぼ真っ直ぐ通る、流れが速く水量も豊富な河川。

 そして。山間部を流れる河川に沿って点々と見受けられた、山の斜面に残る樹木伐採の無残な跡と崖崩れ。


 つまりは、厳しい自然の洗礼と、人災によるその規模や頻度の拡大。

 そういった構図を連想させるのに十分な要因が確かに此処にある、という現実が確認できた。


 農地や用水路に流れ込んでいる土砂や瓦礫の撤去だけならば、やってやれない事はない。まあ、公衆の面前で、やってしまっても良いのかという悩ましい問題は残るが。

 根本原因というか河川に悪影響を及ぼしているであろう要因を取り除くことも、もう少し上流まで遡って更に詳しく確認してみないと断言は出来ないし、少し時間が掛かってそれ相応の根性は必要となりそうだが、不可能ではない。が、まあ、村人たちには見せられないレベルで高度な技を繰り出す羽目になりそうなので、どう誤魔化すかといった課題は湧いてくる。


 と、まあ、何だ。

 悩ましい状況なんだが。はてさて、如何したものだろうか?


 ここまで盛大に悪化していると、安易に解決してしまったら、悪い意味で注目されてしまい後々に困った事態となるのは明らかだった。

 とは言え。実際に困窮している村人たちを目にした今となっては、見捨てるという選択肢は取れないのだが...。


 俺は、村長宅で、ささやかながらも心尽くしの昼食をご馳走になりながら、困惑していた。


「あの、やはり、復旧は難しいでしょうか...」

「あ、いや...」


 かなり(やつ)れて疲労の色も濃いジェイコブさんの問い掛けに、俺は、一瞬、返答を躊躇(ためら)う。

 そんな俺の様子を勘違いしたのか、落胆するジェイコブさん。


「そうですよね。街道の土砂崩れとは、ものが違いますよね...」

「いや、まあ、違うと言えば違うのですが」

「無理を言って申し訳ありません。藁にも縋る思いでしたので...」

「ああ、その、何と言うか」

「やはり、ここまで悪化してしまうと...」

「伯父さま、落ち着いて下さい」


 健康状態が心配になってしまう程に痩せてはいるが理知的な面差しをした幼い少女が、自然な感じで、会話に参入してきた。


 彼女の名前は、シャロンちゃん。

 ジェイコブさんの弟であり村長さんの次男だった人の唯一の忘れ形見で、頭脳明晰な頼りになる娘さんだ、と紹介された。


 ちなみに。村長さんの家に戻って来た際に昼食を準備するという申し出を頂き、普段通りの食事を皆さんとご一緒できるのであればご馳走になりたいと言ったが為に、現在、俺は、村長さんのご家族の皆さんと一緒に食卓を囲んでいる。


「伯父さま。アル様のお話しを、お聞きしましょう?」

「あ、ああ。アル殿、申し訳ない」

「いえいえ」


 俺の困った表情を、ジェイコブさんは復旧が困難で困惑していると受け取ったようだが、シャロンちゃんの受け止め方は少し違ったようだ。

 探るような感じが加わった理知的な眼差しで、じっと俺を見ている。


「アル様は、この後、私たちはどうすれば良いとお考えですか?」

「う~ん。色々と、出来そうな事はあるんだけどね...」

「時間が問題ですか?」

「えっと...」

「それとも、経費に問題がありますか?」

「その...」

「私たちが冒険者であるアル様にお支払いできる依頼料は、ささやかな金額です」

「...」

「ご用意できる経費も、限られます」

「...」

「ですが。具体的に仰って頂ければ、手段を問わずに確保する覚悟はあります」

「シャ、シャロンちゃん!」

「何ですか、伯父さま?」


 困惑して悲し気な顔をするジェイコブさん、村長さん、村長さんの奥さん。

 平然とした態度で、悟りきったどこか諦めの混じる静かな決意を(たた)えた瞳で、ニッコリと微笑みながら彼らを見るシャロンちゃん。


 どうやら。この村には、災害復旧だけでは解決できない問題が、まだあるようだった。


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