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45.

 周囲を山々に囲まれ決して豊かとは言えない農地の中を通る、農道のように狭くささやかな街道。

 天気も良く爽やかな朝に、俺は一人、そんな道をテクテクと歩いていた。

 宿の女将さんに紹介されたある中年男性から受けた依頼を履行するため、女将さんの実家があるという農村に向かっているのだ。


 あまり発育が良いとは言えそうにない農地の状況を横目に見ながら、俺が、通常ペースより少し早足めの速度で歩いていると...出た。


 ポンっ。


 といった効果音でもしそうな感じで、突然、奴が現れた。

 ここから俺の足であと百歩程歩けば着く場所にある、旅の途中の休憩に良さげな少し開けた広場のような空き地に。巨大な黒猫、が。


 おいおいおい。

 悪い冗談は、止めてくれ。


 俺は、素早く、周囲を見回した。が、どうやら、誰もあれを目撃している人は居ないようだ。

 絶対に、確信犯、だよな。これ。

 こっそり他国に侵入している俺が目立つと困るのを分かっていての、嫌がらせ、だ。間違いない。

 その証拠に。俺が視線を戻すと、そこには、一応は人類の範疇に入る程度の巨体で厳ついがイケメンなおっさんが、ニヤニヤ笑いながら立っていた。

 いったい何しに、また現れたのやら...。


 俺は、激しい頭痛を堪えながらも表面上は冷静を装い、歩くペースも方向も現状維持のまま、素知らぬ顔で黒猫ドラゴンであるダリウス氏が待つ方へと向かって進む。


 はあ。また何か、エレノアさんに言われたのか?

 少し前にラトランド公国で初めて顔を合わせて以降は、全く姿を見せなかったので、すっかり忘れていた。

 幻影で誤魔化し気配を消しても、あの巨大な体躯で人語も喋れない存在など、人里では使いようがないのだが...エレノアさんの方も、意味不明な白猫ドラゴンという存在だけあって、何を考えているのやらサッパリ分らん存在だった。


 俺は、スタスタと農地の中の道を歩き、ダリウス氏が立つ広場のような空き地へと至る。

 そして。そのまま、他人のフリして通り過ぎた。


『...』

「...」


『おい』

「...」

『おい、こら、アルフレッド』

「...」

『ちょっとした、お茶目な冗談じゃないか』


 いつの間にか、ダリウス氏が、俺の目の前に立っていた。

 かなり慌てて、焦った表情と態度になっているのは、目論見通りと言えなくもないが...いつ、移動した?

 実体は、何処にある?

 俺は、問答無用で、全方向に探査の魔法を照射する。

 うむ。巨体で厳ついがイケメンなおっさんの姿を起点にしてその後方に、巨大な体躯がある、な。

 少し宙に浮いて、農地の作物に被害が出ないように工夫しているのは、感心感心。


「で。何の用だ?」

『エレノアがお前の様子を見て来い、と煩いんだよ』

「知らん」

『お前が、ラヴィニアちゃんに、公国行きを伝えてなかったせいなんだぞ』

「知らん」

『ラヴィニアちゃんがプンプン怒ってエレノアにひたすら愚痴をこぼすから、俺が八つ当たりされたじゃないか』

「よかったな」

『良くねえよ!』


 俺は、思わず、プンプンと可愛らしく怒るラヴィニアさんを想像してしまい、頬が緩んだ。

 そんな俺を見るダリウス氏は、大変不満そうだ。

 俺は、軽く肩を竦めてから、真面目な顔を取り繕ってダリウス氏の方を見る。


「それで。荒野も辺境も王都も、特に異常はなかったのか?」

『ふん!』

「どうも、ベッドフォード公国の首脳部が何を考えているのか、分からないんだよなぁ」

『そうかい』

「エレノアさんにちょっかいを出してきた少数精鋭の不審な部隊も、それに類する怪しげな集団も、その後は荒野に出没していないんだよな?」

『ああ。俺様が築いた警戒網を潜り抜け秘かに荒野へと侵入できるような奴など、居る訳がない』

「つまり、エレノアさんが王都に移って以降、荒野に侵入した他国の者はいない、と?」

『当然、だ』

「う~ん」

『荒野の魔物たちにも、変に群れたり異常行動を起こすような個体は見当たらないな』

「そうか...」


 異常事態の始まりである魔物の大規模な来襲も、ラトランド公国への襲撃も、どちらもベッドフォード公国によるもので間違いないと思うのだが、どうも、それぞれは計画的でありながら全体的には一貫性がないというか場当たり的な行動のように見えるのだ。

 利害関係が異なる複数の集団によるバラバラな行動による結果なのか、実働部隊は優秀だが統括する指導者が気紛れで支離滅裂な指示を出しているから混乱しているだけなのか、判断に困る状況だった。

 まあ、どちらにせよ、現在の状況は、プランタジネット王国にとってもラトランド公国にとっても好都合なので、問題はない。


 ただし。ベッドフォード公国の国内の状況は、好ましいものとは言えそうにない。

 庶民の立場から見てではあるが、公国の首脳部や施政者たちが行政府としての役割りを放棄しているようにも見える現状は、異常事態だ。

 とは言え、そんな状況に関して他国の者があれこれ言う訳にもいかない、というのもまた一つの現実だった。

 そう。通りすがりの冒険者に出来るのは、あくまでも、対処療法的な応急措置まででしかない。

 けど、まあ。暫定であろうがなかろうが、大きな課題が解決すれば、その後はやり方次第でどうにかなるものだ、とも思う。


 という事で。

 俺は、器用に俺の方を向いたままスタスタと後方へと移動す幻影を纏うダリウス氏と情報交換をしながら、段々と周囲の山々が迫って来て窮屈になってきた農地の中を通る寂れた道を、只管に前へと進む。

 村人たちの自力では解決が困難な課題を抱えて困窮しているらしい、ここ数日で色々とお世話になった宿の女将さんの実家があるという農村へと、向かうのだった。


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