([後]編-44)
ベッドフォード公国は、平野部よりも山岳地帯が多いという話を聞いていたのだが、この村も御多聞に漏れず、山間部の比較的なだらかな箇所を選んで農地とし集落が形成されているようだ。
だから。当然、村人たちにも、山林との付き合い方に関する経験則による知識が蓄積されている、筈なのだ。
ところが。何故だか、目の前の村外れの山肌もそうなのだが、無秩序というよりは無謀な山林の伐採が、この近辺の山々では彼方此方で見られる。
どういう事なのだろうか...。
ここに来る前に見学した、村で共有している水源の池や少し離れた場所にある河川から引いている用水路などは、少し傷みがちで整備が後手に回っている様子の見える箇所があったので、ちゃちゃっと修復しておいたのだが、こちらの方はそうもいかない。
まあ、幸いなことに、水源の近くでもなく村人の農地の手前で土砂は止まっているので、実害は無いのだが...。
「山の斜面の土は、樹木が根をはることによって崩れないように維持されている、とは認識されておられますよね?」
「はあ。そこまで明確に皆が理解している訳ではありませんが、村人たちも、基本的には山林の伐採を忌避しております」
「では、何故このような禿山が、あちらこちらに出来ているのでしょうか?」
「それは...」
「まあ、伐採自体が駄目なのではなく、このように一か所を集中的にまとめて根こそぎ倒してその痕跡を放置するのが良くないだけなので、工夫さえすれば、樹木の伐採は問題ないんですけどね」
「そうですか。では...」
「ええ。村長さんが音頭を取って、所々で木を間引くような感じに少しずつ伐採するよう調整されては如何ですか?」
「ご助言、ありがとうございます。今後は、そのように取り計らうよう致します」
「是非、そうして下さい」
「はい。アル殿もそう言っておられたと皆に伝えれば、納得してくれると思います」
晴れやかな、安堵の表情をして朗らかに笑う、この村の村長であるハロルド氏。
俺は、そんなハロルド氏から、このような事態となった諸般の事情や経緯などについてポツリポツリとされる話を聞きながら、宿屋へと戻るべく来た時とは別経路を選んで元の方角へと向かいゆっくりと歩いていた。
人間、追い詰められて自暴自虐になると、とんでもない行動に出てしまうものだ。
ハロルドさんの話を聞いていると、俺は、そう思わざるを得なかった。
本来は、規律を正して厳しく取り締まる立場であり権限を持つ、領主や国のトップとその代理である行政の執行者たち。それらが、ある時期から以降は、全く何の反応も示さなくなって存在感が薄れ、自身の生活圏やその周囲の環境が徐々に荒れ果てて朽ちて行くばかり。
そんな状況に陥ると、人々は、より一層に追い詰められた感じが酷くなってしまうようだ。
この国全体が同様の状況なのか、この近隣の村のみが陥った特殊なケースなのか。
現時点ではまだ、俺にも判断することが出来なかったのだが、これは、余り好ましくない傾向だと思う。
この村の住民たちも、昨晩の歓待してくれた際の様子を見る限りでは、朴訥な農民らしく気さくな人々だった。ので、何らかの契機さえあれば正気に戻ることが出来る、ようではあったが...。
取り敢えず、この村は、村長さんの立場や地位も比較的安定しているようだし、一番の懸念事項であった街道が当面は制限が多少残るもののそれなりに安定して稼働できる目途が立っているので、大丈夫だと思いたい。
まあ、少なくとも、無闇な山林の伐採で自らの首を絞めるような事態は、今後なくなるだろう。たぶん。
などと考え込みながら、他に俺がお役に立てる事柄はないかと村の風景を見ながら歩き続けていると、気が付いた時にはもう、村の中心部にまで戻って来ていた。
俺は、案内してくれた厚意にお礼を述べてからハロルドさんと別れ、まだ少し早いが、宿屋へと戻ることにする。
日が暮れるまでには、まだ少し時間がある。のだが、夕食というか俺の送別会を兼ねた大宴会第二弾の開始時間までの間、今後の方針などについて、自室で寛ぎながら少し落ち着いてじっくり考えてたい。
ちなみに。
この後の宴会については、そこまでの歓待は必要ないというか過分だ、と一応は申し出てみたのだが、ハロルドさんや宿の女将さんなど多くの方々から、折角の機会でもあるので是非とも村人たちの気分転換に協力して欲しいとまで言われてしまい、渋々ながらも了承してしまったが為に開催される事となっていた。
俺の本意ではないが、致し方ない。
まあ、個人的には少しばかり大袈裟すぎて居心地が悪いのは我慢して、皆様のお役に立てるのならば良しとしよう、とは思っている。
それに。たぶん、昨晩よりはテンションが少し落ち着いた食事会的なものになるだろうから、色々と有意義な話を聞けるかもしれない、といった期待もあるので...。
「あら、アル様。もう、お戻りになられたのですか?」
「...」
いつの間にか、俺は、宿の前まで戻って来ていたようだった。
宿屋の玄関前にて、女将さんに声を掛けられ、そう気付く。
「どうかされました?」
「いえ」
「?」
「あ、ああ。部屋で少し、やりたい事が出来まして...」
「そうですか」
「はい。では...」
「えっと、その、あの、アル様。今、少しばかり、お時間を頂けませんか?」
「...」
思わず俺は、まじまじと、女将さんの顔を見る。
女将さんは、困ったような表情で、モジモジしている。
ははははは。可愛らしい、って言うのは是だ、といった見本のような仕草だった。
「いえ、その、アル様とお話しをしたいという方が、来ておられまして...」
「私に、ですか?」
「はい。ここから少し離れた所にある村の者、なんですが」
「はあ」
「あのっ、身元は私が保証致します!」
「えっと...」
「私も良く知る、私が生まれ育った村の者なんです!」
「女将さんの実家がある村、ですか?」
「はい!」
「であれば...」
「あの、お時間は取らせませんので、話だけでも聞いてあげて貰えないでしょうか?」
「あ、はい」
「相手は、私も面識がある、村長の息子なんです。申し訳ないのですが、是非!」
「え、ええ」
「私の方からもお礼はさせて頂きますので、どうかお願いします!」
「別に、お礼など...」
「そうですよね。やっぱり先に、何を謝礼として差し上げるのかお伝えすべき、ですよね」
「いえ、ですから...」
「ただ、何もない農村ですし、最近は不作続きで余裕もないと聞いているので...」
「えっと、女将さん?」
「...あ、ああ。すいません。お礼の話、でしたよね」
「いえいえ、そうではなくて」
「すいません。この宿にいつでも無料でお泊めして出来る限りの御もてなしをする、でお許し頂けませんか?」
「女将さん、女将さん。お礼は不要ですから!」
何やらまだ、あーだこーだと言っている宿の女将さんを宥めて、俺は、女将さんの実家があるという農村の村長さんの息子さんから話を聞くべく、宿の食堂へと向かうのだった。




