([後]編-43)
街道の周囲の、緑豊かだが一部が禿山っぽくなってしまっている箇所もある山林と山の斜面とその頂を、ゆっくりと見渡す。
なかなかに長閑な風景だ、とは思う。
目の前の、俺の視線より少し上の高さまで積み上がっている土砂と大小様々な岩による盛り土というか急ごしらえの土手のようになっている箇所を、まじまじと眺める。
まあ、人が歩いて通る分には、足元が悪いことによる多少のリスクや歩き難さもあるだろうが、特に問題は無さそうだ、などと考える。
実際のところ、この土砂崩れで埋まった個所を人が通った形跡もしっかり残っているので、人が歩いて通行する分には、たぶん大丈夫なのだろう。
ただし。重い荷物を担いで、となると相当に苦労しそうな感じだった。
人海戦術でバケツリレー的な荷物の運搬対応をすれば、どうにか成りそうな感じではあったが、この距離とこの凸凹状態だと、屈強な作業員が十人ほど居たとしても少し人手が足りない気がする。
そんな事柄など漠然と思考しながら、俺は、聴くともなしにすぐ傍で交わされていた会話を聞いていた。
若い男性二人組の方は、一人がこの先の村の若者でもう一人が頼まれて渋々応じたっぽい商人のようで、村人の方が何が何でも荷物を村まで運ばせようと奮闘しているようだ。さして潤沢とは言えない感じの交渉材料を駆使し攻める村人を、海千山千な上にあまり乗り気でない商人がノラリクラリとかわしている、といった構図だ。
中年男性と少女の親子連れっぽい二人組の方は、迂回したり諦めたりするという選択肢が無いようで、どうしようかと途方に暮れる堂々巡りな議論が譫言のように繰り返されていた。高収入な代わりに違約金ありの買い出し業務を請け負ったが、ここまで来るにも色々とトラブルに遭遇して必要な物品の確保と移動に手間取り、それでも何とかぎりぎり間に合うタイミングでここまで辿り着いたのに...といった事情のようだった。
つまり。二組で計四人中の三人までが困っている、という状況だった。
しかも、親子連れの方は、段々と話が悲惨な方向へと変化してきている。
不幸が重なり雪だるま式に借金が増えていた状況で起死回生の一発逆転を目論んだ博打である今回の輸送業務に失敗すると、父親は労役送りで娘は身売りか、などという悲観的な論調に段々となってきているのだ。
おい、おい。娘の身売りは、ダメだろう。
プランタジネット王国では、人身売買は禁止されていて罰則もある。が、連合公国やベッドフォード公国では許されているのか?
いやいや、そんな筈は無いのだが...。
まあ、確かに、痩せた農地を耕す子沢山な貧しい農家だと、幼い子供を奉公に出したり給金の前借り分を家に入れた子供がその借金を背負い働きにでる、といった事例に事欠かないとは聞いたことがある。
ただし。
ローズベリー伯爵領では、そのような行為は忌避されており、殆ど見受けられない。
プランタジネット王国内の他の領地でも、そのような行為が横行しているといった話を聞いた事はない。
全くない、とは言い切れない現実が悲しいが、俺の知る範囲内では一般的ではない筈なのだ。
だが。目の前の親子連れの会話には、切実感があった。
もしかしたら、現在のベッドフォード公国では、ありふれた話なのかも知れない。
けど。そんな話を聞いてしまうと、もはや放置は出来なかった。俺の心情的に。
と、いう事で。
俺は、諸般の事情により封印すべしと考えていた必殺技(?)を、ここで使おうと決意するのだった。
* * * * *
山間の、元は宿場町としても栄えていたであろう痕跡のある、中規模な農村。
そんな村の中心地に建つ、規模も大きく設備も充実し在りし日の栄華を窺わせる立派だが少しに草臥れた感の漂う宿屋の大食堂で、俺は、村人たちから盛大に歓待を受けていた。
ラトランド公国の中心都市であるマナーズの街とベッドフォード公国の首都であるランカスターの街を結ぶ主要街道で発生していた崖崩れは、かなり前から問題になっていたのだが、中型の荷馬車が一台程度であれば何とか無理をすれば時間は掛かるものの通れる状態であったため、長らく放置されていたのだという。
その影響で、主要な交易路のルートが変わってしまい、この村を含めた街道沿いの複数の集落では、経済的に困窮するようになった上に必要な物資も入手が困難になってきていた、らしい。
そこで、同じ境遇の近隣の村で協力し、領主や公国の上層部に瓦礫の撤去を要請するも芳しい回答は得られず、必要な物資の一括購入なども依頼を出したが反応が思わしくない状況だった、そうなのだ。
そのような事態の中で遂に、先日の豪雨により更なる崖崩れが発生して止めが刺され街道が完全に通行不可の状態となってしまって、皆で頭を抱えていたのだ、と。
しかも。苦労して手配した物資の一部が、もう少しで届こうかというタイミングで...。
そんな最中に、突如、彗星(?)の如く現れて、街道を荷馬車が通行可能な状態まで復旧させた冒険者。
という事で、大感激した親子連れの馬車にお疲れでしょうと恭しく乗せられ俺が同乗した荷馬車と大喜びの興奮状態で騒ぐ村人と冷静な商人が乗った荷馬車の計二台がこの村に着いた途端に大騒ぎとなり、俺は、飲めや歌えの大宴会の主賓へと祭り上げられたのだった。
まあ、辺境の開拓村では土木作業を特技としていた俺にかかれば、あの程度の土砂の小山など、魔法を駆使して完全に撤去することも可能だった。
が、しかし。あの崖崩れが、ここ数日で発生した問題ではなく、かなり以前から存在していたものだった、と聞いてしまうと考えざるを得ない。
そう。ラトランド公国が放置されている現状に、この街道の状況が大きく影響していた場合、下手に復旧させてしまうとベッドフォード公国からの横槍が増える可能性もある、という事だ。つまりは、安易に全面復旧させる訳にはいかない、となるのだ。
という事で、俺は、一生懸命に頑張ってある程度までは瓦礫を排除した、という態を装った。
街道の全面復旧は行わず、暫定復旧後の道幅は大型の荷馬車が通れるくらいの少し広めにはしたが、瓦礫の撤去は一直線にはせず、いくつかの大きな岩を避けた少し歪なジグザグ通路としたのだ。
ただし。残る瓦礫の壁は、垂直ではなく比較的なだらかな斜面となるようにした。
つまり、慎重に順序良くゆっくりとであれば通行可能で、崖崩れが再発しても出来るだけ暫定状態への復旧が容易なように、と配慮したのだ。
今になって考えてみると、困窮していた親子連れ(と、おまけでもう一台)だけを通すのであれば、魔法で荷馬車を持ち上げて運ぶという手もあったのだが、まあ、良しとしよう。
ここまで大勢の村人たちに大喜びされると、俺も、悪い気はしない。
ただ、まあ、少しばかり後ろ暗くはある。全面復旧も然程の手間なく実現できたのに、敢えて見送ったので...。
「さあさあ、アル殿、遠慮せず、どんどん飲んで下さい!」
「あ、いや...」
「そうそう。アル殿のお陰で、この近辺の村は、救われたのですから!」
「そ、そんな、大袈裟な...」
「本当ですとも!」
「そうだ、そうだっ!」
「アル殿に、感謝を!」
「村の救世主に、乾杯!」
「...」
宴もたけなわ、である。
結構な規模の大食堂には、大喜びする人々や、感極まって号泣している人まで居る。
ちなみに。失意のどん底まで落ち込んでいた荷馬車の親子連れは、明日の朝早くに出立するとの事で、もう、宿の部屋へと引き上げている。
父親の方が少し前まで俺に土下座せんばかりの勢いで感謝を言葉と態度で示し続けていたが、流石に娘さんの方は疲労と安堵で眠気が襲って来ていたようだったので、俺が、休むようにと言い聞かせたのだ。
報酬の方も、村長から直々にシッカリと受け取っていたので、これで大丈夫だろう。
是非とも、親子で一緒に仲良く暮らしていて欲しいものだ。
と、まあ、それは兎も角。
ベッドフォード公国に入って早々に、こっそり探索という目的から逸脱してしまった感もなきにしもあらずだが、結果オーライと言えなくもないだろう。
俺は、盛大に歓迎し親しげに声を掛けてくれる村人たちを見ながら、ほっと一息つくのだった。




