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   ([後]編-42)

 表情筋に神経を総動員して無表情を維持、心ん中では平常心平常心平常心と唱え続け、無心を心掛ける俺。

 そんな俺を、おいてけぼりにして、ランドルフ氏とヴェネッサさんの会話は続く。


「最近、代替わりして大幅に若返った、といった話だったな」

「へぇ~、そうなんだ」

「ああ。確か、今代の辺境伯は、十五歳だそうだ」

「あら、すごく若いのね。先代の生きた英雄様とは、年齢差がかなり大きいわね」

「ああ。先代は、跡取りだったご子息を亡くしている上に御息女が国王に嫁いでいたので、跡取りの目途が立たず色々と取り沙汰されていたようなのだが、ここ数年で急に話が動いたみたいだだ」

「ふぅ~ん。養子でも貰ったのかしら?」

「ああ、そうらしい」

「へぇ~。じゃあ、その今代さんは、あの有名なローズベリー伯爵の黒目黒髪、ではないのね?」

「いや。今代も、黒目黒髪らしいぞ...」


 話の流れが分からずキョトンとして頭上にハテナマークを浮かべながらもニコニコ笑顔の、レジーナさん。

 話の成り行きに注視しつつも微妙に眉間に皺を寄せている、サヴァナさん。

 そして。心なしか口元がニヤケ気味になっているランドルフ氏と、無表情なヴェネッサさん。


 茶番、だった。


 俺が何とか、平常心を保ち無関心を装っていると...更に。

 ランドルフ氏が、投げやりな態度を維持したまま、顔を背け俯き加減になってブツブツと(つぶや)いた。


 容姿、雰囲気、服装と所持品。これだけ、あからさまで、普通は見間違う訳ないだろうが。

 けど、まあ、無視むし全力スルーだ、関係ない。俺は無関係、だ。

 見なかった事にしよう、そうしよう。


 たぶん、俺とヴェネッサさんだけが微妙に聞き取れる、顔の向きと声量を工夫した呟き。

 レジーナさんには全く聞こえず、サヴァナさんには断片的にしか聞き取れない。

 そんな絶妙に調整された、ランドルフ氏の独り言。


 はてさて、これを聞かされた俺は、いったい何を期待されているのだろうか...。



 * * * * *



 腹芸は、苦手だ。

 陰謀渦巻く宮廷での、ドロドロで陰鬱でドが付く程にえげつない世界で勝ち抜く自信など欠片もない俺に、笑顔で殴り合いの騙し合い的な高度な駆け引きなど不向きなのだ。


 まあ。幸いにも今回の場合、交渉相手も世渡り上手とはお世辞にも言えない生真面目で誠意ある人物だったからこその、結果オーライではあったと思う。

 勿論、こちらには悪意もなく利己的な動機や作為も持ち合わせていなかったから事無きを得た、と言えなくもない状況ではある。

 ランドルフ氏の方はまだしも、ヴェネッサさんは、彼に不利益を齎す相手など容赦なく潰しにかかる怖い人だったようなので...。


 閑話休題。


 兎にも角にも、結果的に、最後には全て丸く収まり皆が満足するという大団円を迎えた。


 ランドルフ氏は、レジーナさんとその補佐役であるクリフォード氏という後援者にもなり得る優秀な即戦力を獲得し、国政を滞りなく運営するために既存の障害を排除して更なる効率化を可能とする新たな手段と戦力を入手できた。

 ヴェネッサさんは、激務のため実は過労死寸前にまで追い込まれようとしていたランドルフ氏に少し余裕が出来て、大満足。そこはかとないドヤ顔で満足気にランドルフ氏を揶揄しながら、どこぞにある彼女自身の持ち場へと帰っていった。

 レジーナさんは、当初の目的をほぼ()たせる事となった上に、クリフォード氏の補佐を受けながらの国政を滞りなく回すという重大任務の遂行に張り切っており、天然バカップルも満喫しながらの遣り甲斐ある仕事に元気一杯だった。


 そして、俺は。

 此処で知ることが出来る範囲内で最大限の情報を入手した結果、今後の行動について、悩んでいた。


 ウォートン騎士伯領でもそうだったのだが、ここ、大公の居城であるビーヴァー城でも同様で、唐突に現れた隣国の騎士団と思われる精鋭の一団と交戦になって公国の近衛兵部隊はほぼ壊滅、大公夫妻と公女公子は二手に分かれて敗走、大公の側近など主だった貴族は戦死もしくは命からがら敗走し城およびマナーズの街からは退去した、らしい。

 そして。大公とその側近および貴族たちが全て排除されてしまった後で、残った爵位のない下級役人たちが集められ、隣国からの指示を受けて行政を担うことになった、のだという。

 その際に、ランドルフ氏が、残っていた役人たちの中で一番高位の役職者であったために責任者とされてしまい、仕方なく、隣国からの指示を受けて庶民の日常生活に支障が出ない範囲内で最小限に行政を回すよう肩の力を抜き業務を開始した、のだそうだ。

 ところが、隣国からは指示のみで、人員の派遣は一切なし。偉そうな他国のお貴族様や、暴虐の限りを尽くすような暴君などが派遣されて来ることもなく、誰も来ない。

 当初は、隣国からの指示を記した文書が届いていたが、途中からは、それさえもない。

 そして。気付いた頃には、この国は、爵位がないか低位の爵位しか持たない下級役人によって行政が回されている状態が常態化してしまっていた、のだそうだ。

 そうなると今度は、この国の末端にある様々な場所から多種多様な要望や陳情がどんどんと上がってくるようになり、ランドルフ氏を筆頭とした執行部的な部門の人たちは業務に追われだし、その一方で一部に残る従来体制の慣例を規範とする非協力的な部門や施設との調整に人手を取られるようになり、ますます業務量が増えて人手不足が顕在化し、とうとう破綻までのカウントダウンが始まったのでは、と危機感を感じ始めた状況だったそうだ。


 そういう意味では、俺たちがここを訪れたタイミングは、ちょうど良かった。

 レジーナさん達の参画を呼び水に、実務の出来る各地方の領主やその関係者からの支援や協力が望めそうなのも朗報だった。


 と、まあ、ランドルフ氏たちから見た一連の出来事は、こんな感じだったそうだ。


 ちなみに。ランドルフ氏がこっそりと調べた限りでは、大公や主だった貴族たちの早期復帰は困難な状況、とのこと。

 最後まで抵抗した大公や忠誠心の強い貴族たちは、一命を取り留めるも重傷や重体での長い逃亡生活となったため治癒しても早期回復が困難な状態のようで、ひっそりと療養生活を送っている者が多い、そうだ。

 また、一部のあっさりと寝返った駄目ダメな貴族たちは、資産を全て取り上げられた上で追放され、名目上は犯罪者の扱いになっている、のだとか。彼らへの処分は、隣国からの初期の指示に含まれていたため、横領や不正などの犯罪履歴と共に処分内容が既に公布され、元の身分への復帰は絶望的な状況だという。


 と、まあ、この国の状況は、こんな感じだと分かった訳だが、今回の騒動の発生源である隣国が一時期から以降は全く音沙汰なしとなっている、という点が不気味だった。


 つまり。ラトランド公国は、少し目を離すと、またどのような状況に変化するか分からない、とも言えるのだ。

 どうやら、少なくとも、隣国には、ラトランド大公やその係累を根絶やしにするまでの意図は無さそうに見えるが、復権を傍観するかどうかまでは全く分からない。どちらかと言えば、俺には、阻止しそうな雲行きに見えるが...。


 となると。やっぱり、俺は、ローズベリー伯爵領の開拓村にはまだまだ帰れない、という結論になる訳なんだが...では、どうするべきか?

 それが、問題だった。


 取り敢えず、ウォートン騎士伯からの依頼は完遂したので、俺がこの城にもマナーズの街にも滞在を続ける理由はない。

 寧ろ、ただの冒険者だと押し通せたとしても、身元不詳な怪しい人物と認定された場合であっても、この城に居るべきではないのは確かだろう。

 であれば、やはり、当初の目論見通り、必要な情報を得たのでとっとととんずらする、で良いよね。

 ただし。プランタジネット王国に帰るのではなく、騒動の根本原因である隣国の状況を確かめに行く、となるパターンだ。

 はあ、残念。


 という事で。俺は、ランドルフ氏とクリフォード氏を丸め込むため、重い腰を上げた。


 まあ、これまでの話し合いでも、この二人から俺が隣国の探索に行くことを期待されている様子もちらちらと垣間見えていたので、たぶん、すんなり送り出しては貰えるだろう。

 ポイントは、どれだけの物資と支援を勝ち取るか、だよな。

 そうそう、クリフォード氏からは、これまでの報酬もしっかりと分捕らないといけないので、頑張らないとな。


 よし。と、気合いを入れて、俺は、どうやって忙しいあの二人を引き摺り出して協議の場を設け有利な交渉へと持ち込もうか、などと考えながら、二人が今居るであろうこの城の(元)謁見の間へと、ゆっくり歩いて向かうのだった。


 ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


 ブックマークと評価、ありがとうございます。もの凄く励みになります。

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 また、あちらは不定期掲載ですが、新しいお話の方も、お楽しみ頂ければ幸いです。

 ( https://ncode.syosetu.com/n4023ga/ )


 引き続き、よろしくお願い致します。


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