42.([前]編-42)
広々とした立派な部屋であった謁見の間のお隣りに位置する、事務官の控室的な感じのする小ぢんまりした質実剛健な雰囲気の部屋。
そんな部屋に備え付けられた応接セットのソファーに、俺とレジーナさんとサヴァナさんが並んでちょこんと座り、その対面にはランドルフ氏が深々と沈み込むように座っていた。
すったもんだの末に、俺は、怠惰なおっさん改めランドルフ氏を説き伏せ、別室でのお話し合いへと持ち込んだのだ。
ちなみに。
彼は、行政長官補佐代理という役職に就いているらしいのだが...微妙だ。
偉いのか偉くないのか、権限があるのか無いのか、判断に迷う中途半端さだ。
ただ、その辺は本人にも自覚があるようで、やさぐれた投げやりで無気力な態度が垣間見えてはいるのだが、現実問題として現在のこの街にいる役人の中で一番高位の役職者であることに間違いはない、という話だった。
うん。こんな面倒な立場など譲れるものなら譲りたかった、とヤル気無さげにボソリと呟くランドルフ氏を疑う理由など何もない、と俺は思う。
彼は立派に、厭世的な官僚というアイデンティティを、確立している。
これまでも色々と不遇な境遇に辛苦を舐めて耐えながらも根が真面目な為に仕事に手を抜けず優秀であったが為に貧乏くじを引き続けて現状に至る、といった経緯が目に浮かぶようだ。
頑張れ、ランドルフ氏。応援するぞ。
という訳で、俺は、ランドルフ氏にレジーナさんを進呈しようと考えていた。
公国で辺境を守護するウォートン騎士伯の後継者にして女性であるという絶妙な立ち位置、頭脳明晰で優秀な侍女さんが直ぐ傍に常時ついているが故の抜群な安定感、そして、暫くすれば更に権謀術数にも長じた腹黒で高性能なレジーナさん第一主義を体現する幼馴染氏も合流し一緒になるという好条件。
うん、お役に立つこと間違いなし、だと思う。
という事で。
俺は、現在のこの国における一番の事情通であろうランドルフ氏に恩を売り、レジーナさんの目的である手続きも円滑に進めつつ、ラトランド公国に何が起こって現在はどうなっているのかを解明し、必要な情報を得たらとっとととんずらしよう、と考えていた。
うん、完璧。
思わず、俺の頬も緩む。
今回のミッションは、怪我をするわ二度も気を失うわ眼福な美少女がバカップルに変化するわ、なかなかに不運の連続だった。
が。ここからは、大丈夫。たぶん...。
トン、トン。
カタン。
と。部屋の扉がノックされたかと思うと、間髪入れずに開かれて。
「ヴェネッサ。適当に並べたら、下がって...」
「はい、はい。ご一緒させて頂くわよ」
「いや、そうではなくてだな...」
「うん、うん。私がいた方が良いでしょ?」
「おい、お前なら分かっているだろうが...」
「そう、そう。頼って良いわよ、いつも通り」
「はぁ。分かっているのか、相手は...」
「はい、はい。まあ、私とあなたじゃ、どう足掻いても瞬殺されるだけだと思うけどね」
「...」
昼食として軽食の皿と紅茶のカップを人数分載せたカートを押してこの部屋に入ってきた、年齢不詳な感じの鋭利な雰囲気を持つ美人さん。
そう。ここでも、美人さん。
厭世的な官僚というイメージを地で行くランドルフ氏も、よくよく見ると年若く、たぶん二十代後半から三十代の前半の間だと思うのだが、こちらの美人さんも、たぶん、同じくらいの年齢。
ヴェネッサと親しげに呼ばれた一見すると年齢不詳で冷たい感じの美人さんは、ランドルフ氏には微妙にデレているようで、彼を見る視線だけは少し優しい、ような気がする。
はあ。またもや、バカップルの登場だろうか...。
などと、俺がお馬鹿なことを考えている間に、ヴェネッサさんは、軽い昼食一式のセッティングを終え、ランドルフ氏の横のソファーへと優雅に座った。当然、という表情をして。
「さあ、皆さま。冷めないうちに、お召し上がり下さいな」
「ヴェネッサ。お前なぁ...」
「ほらほら、ランドルフも。午後からも、山盛り仕事のお片付けがあるんでしょ」
「はぁ...」
「で。ウォートン騎士伯のお嬢様と、その侍女さんと、護衛の冒険者さん、でしたっけ?」
「ああ」
俺たちにも視線を向けつつも微妙においてけぼりを食わせながら、ヴェネッサさんが、ランドルフ氏との会話を展開する。
微妙に悪い予感がするので、割り込んで話の主導権を握りたいところなんだが...つけ入るスキが見当たらない、完璧な阿吽の呼吸で二人の会話が続く。
「用件は、ウォートン騎士伯の継承、ね」
「ああ」
「書類に不備はなくて、基本は届け出制の案件だから、問題はないのよね?」
「ああ。ただし、最終の決裁には大公様の公印が必要だから、受理は出来ても発行は出来ないな」
「あら、そうなの?」
「ああ」
「であれば、条件次第で、受理の事務手続きを済ませてから大公様の決裁待ち書類の山の中でも急ぎ案件が集められた山の比較的上の方にでも置いてあげる、って感じかしら?」
「まあ、そうなるな」
一見すると希望通りの展開に、レジーナさんはニコニコ笑顔。サヴァナさんは、無表情をキープ。
そんな二人を、意味ありげに見るヴェネッサさん。
ランドルフ氏は、ソッポを向いている。
「ふぅ~ん。成る程ね」
「...」
「ところで」
「ああ」
「同じ辺境の守護役ってことで、たまたま思い出したのだけど。プランタジネット王国の辺境伯も、代替わりしたのよね?」
「ああ、そう聞いている」
ランドルフ氏とヴェネッサさんが、チラリとこちらを見る。
俺は、微妙に視線を逸らして無関心を装い、護衛として同席しているという態度を貫いた。




