([後]編-04)
俺の目の前で、ニコニコと楽しそうにお話されている、王妃様。カトリーナさん。
濃いブルーの髪に、濃いグリーンの瞳の、儚げな感じの美人さん。
ただし。見た目に反して、元はかなりのお転婆娘だったそうで、シャキシャキと話す親しみやすいタイプのお姉さま、だ。
王妃様と、お茶会。
貴族に成りたてホヤホヤで一般人としての生活が長い俺に、いきなりの高いハードルだ。
思わず、この場から遁走したくなるも、グッと我慢。
ご隠居様も、ローズベリー伯爵家に関わる皆さんも、なかなかにスパルタだった。
しかも。この場には、想定外の更なる困難が、聳え立っていた。
王妃様の横にお行儀よくちょこんと座りながらも、何故だかガルルと今にも唸り出しそうな勢いで俺をずっと睨みつけている、王女様。キャサリンちゃん。
俺と同色とは思えない程に光沢のある深い黒色の髪と、光の加減によっては茶色っぽくも見える綺麗な黒い瞳の、美人さんだ。
まさに大和撫子といった感じで、ストレートの長髪と前髪パッツンな可愛らしい美少女。
日本人形のようだ。が、まあ、この世界ではこの表現は封印だな。
この世界に日本という国はたぶん存在しないのだろうし、大和撫子といった表現はそもそものイメージの元となるモデルが居ない筈だから。
まあ、誰かが概念だけ持ち込んでる、といった可能性もなくは無いが...。
などと。思わず、現実逃避してしまった俺は、悪くないと思う。
しかし。何故に、俺は最初からずっと王女様に睨まれているのだろうか?
王妃様によると、俺より三つ歳下の十二歳で、三人兄弟の長女。少し歳の離れた弟と妹がいる、しっかり者のお姉ちゃん、という話だったのだが...。
「お母さま!」
「なあに、キャサリンちゃん」
「...あの、お母さま。わたくしは、もう、ちゃん付けで呼ばれるような年齢ではありませんわ」
「まあ、まあ。娘はいつまでも、ちゃん付けで呼んで良いのですよ。お爺さまだって、今でもわたくしの事をカトリーナちゃんと...呼ばないわね」
「もう。お母さまったら」
「ほほほほほ。まあ、まあ、良いじゃないの、キャサリンちゃん」
「...」
「ねえ、アルくん。うちのキャサリンちゃんは、可愛いでしょ?」
「え、ええ。そうですね」
「これからも、仲良くしてあげてね」
「は、はあ。まあ」
「お母さま!」
「なあに、キャサリンちゃん」
「わたくしは、まだ、この方の事を認めた訳ではありませんわ!」
「あら、まあ」
「アルフレッド様、勝負よ!」
「...」
「どちらがお爺さまの後継者として相応しいか、勝負ですわ!」
「...」
「あら、あら、キャサリンちゃん。大人は、子供を相手に勝負など出来ないわよ」
「わたくしは、もう十二歳です。子供ではありません!」
「あら、いやだわ。キャサリンちゃんは、まだまだ子供よ」
「そんな事、ありませんわ」
「そうかしら?」
「そうですわ!」
「まあ、まあ、それはそうとして。キャサリンちゃんは、辺境伯になるつもりだったのね」
「はい、お母さま。お爺さまの後を継いで、ダニエルとパトリシアが安心して王都で暮らせるように、わたくしが辺境の守りを固めるのです」
「う~ん。なにもキャサリンちゃんが辺境に行かなくても、良いんじゃないかしら?」
「いいえ。お爺さまが辺境に居られるからこそ、この国は安泰なのです。辺境の守りは、重要な役割なんですわ」
「でも、辺境では美味しいお菓子を食べれないわよ?」
「えっ」
「瑞々しい果物も、あまり多くはないわねぇ」
「うっ」
「綺麗で甘くて美味しいデザートも、可愛いドレスやアクセサリーも、楽しい演劇を上演する劇場も、なあ~んにも、無いわよ?」
「...」
「それに、辺境から王都までは遠いから、お父様やダニエルやパトリシアにも滅多に会えなくなるわねぇ」
「ううぅ~...そうですわ。王都から優秀なお菓子職人や料理人をいっぱい連れて行って、辺境と王都の間の道を整備すれば、良いのです」
「まあ、まあ。解決策を直ぐに考えられるようになったのは偉いですけど、よく考えてね?」
「大丈夫、ですわ。たぶん」
「あら、あら。本当に?」
「うっ」
「どうして、優秀なお菓子職人や料理人は、王都に居るのかしら?」
「そ、それは」
「どうして、王都と辺境の間の道は、整備されていないのかしら?」
「...」
「キャサリンちゃん。よお~く、考えてね」
「...はい」
「うん、良い子ね。だから、当然、良い子のキャサリンちゃんは、さっきまでの良くなかった態度を、アルくんに、ちゃんと謝れるわよね」
「ううぅ~。わたくしは、悪くないです」
「あら、まあ、キャサリンちゃん?」
「だ、だってぇ。わたくしが、ずうっと狙ってた獲物を横から掻っ攫っていったんですもの。少しくらい不機嫌になってお爺さまの後継者として本当に相応しいかどうか試そうとしても、良いと思うの」
「うん。そうだね」
「あら、あら、アルくん?」
「いえ、私自身も、急な話だったもので戸惑っておりますから、キャサリン様のように不審に思う方がおられるのも当然だと思うのです」
「えっ、そうなの?」
「はい。そうなんです。ですから、色々とご指摘して頂けると助かります」
「そ、そうなのね。分かったわ。よろしくってよ」
「是非、色々と忌憚のないご意見を聞かせて下さい」
「あらあら」
「ただ。試練の方は、ご隠居様や周囲の方々からあり余る程の数を随時ご提供頂いているので、どうか遠慮させて下さい」
「...」
「ほほほほほ。お上手、ね。アルくんは」
「いえいえ、滅相もない」
「キャサリンちゃんも少しは気が済んだようだから、今日の所は良しとしておきますけど。随分と前から用意周到に外堀を埋められていたのに気付いていないようでは、先が思いやられますわよ」
「うっ」
「ほほほほほ。二人とも、まだまだ、ですわね」
「「...」」
「お父様も、これでは、当分はご隠居生活をのんびりと過ごせまそうにはありませんわね。まあ、その御つもりも無いようですけど...」
* * * * *
王妃様と王女様とのお茶会は、ご隠居様という共通の話題もあり、何とか恙無く終える事が出来た。と思う、たぶん。
素直になってくれるとキャサリンちゃんも可愛らしい女の子なので、妹が出来たようで楽しかった。
流石は、ご隠居様の孫であり、カトリーナさんの娘であり、この国の王女様、だ。
頭の回転も速く周囲をよく見ているし、話し上手で聞き上手な、将来が楽しみな女の子だった。
カトリーナさんの方は、まあ、あの親にしてこの娘あり、なんだろうなぁ。
俺ではとても太刀打ちできない、と実感した。
これからも、義理のお姉さまとしてお立てして、敬っておこう。と、俺は心に深く刻み込んだのだった。
これにて、王都で処理すべき予定は、全て完了。
忙しなかった王都での二日間の日程を何とか無事に終えた俺は、とっととローズベリー伯爵領へ、辺境の開拓村へと戻ることにしたのだった。