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   ([後]編-41)

 マナーズの街から、ラトランド大公の居城であるビーヴァー城の城門を眺める、俺たち。

 予想外の光景に、レジーナさんもサヴァナさんも俺も、目を点にして先程からずっと固まっていた。


 街のほぼ中心部にあった宿から、普通に人通りのある裕福な商人たちが居住するエリアを通り、閑散とした貴族の邸宅が少し続くエリアを抜け、この国の(まつりごと)の中心地であるビーヴァー城へと至る立派な正門へと、俺たちは、物見遊山的な雰囲気を醸し出しながら徒歩でやって来た。

 そう。御上(おのぼ)りさん、という奴である。

 実際に、田舎というか辺境の地からある意味で都会であるこの街を訪れているので、事実と言えば事実ではあるが、別に、しげしげと阿保づら晒して見る程に物珍しい訳ではない。少なくとも、俺とサヴァナさんにとっては。


 若干一名ほど興味津々でマナーズの街並みを熱心に見回している感のある少女はいたが、まあ、それ程は珍しい物や事態などもなく、敢えて言えば下っ端ぽいお役人さんの行き来が多いなぁと感じたくらいで、俺たちは、何事もなくビーヴァー城の城門の前までは辿り着いた。

 そう。立派な城門が視野に入る場所にまで、少しばかり前に、俺たちは辿り着いた訳だが...。


 大きな馬車が並んで通れる程に立派な大門も、その左右にある多くの人が横並びで通れるサイズの豪華な一般向けの門も、更にその横にある少し小さめだが貫禄のある通用門も、全て、開け放たれていた。

 しかも。警備する騎士や兵士や門番が、誰一人として居ない、完全な解放状態で、単なる通り道と化していたのだ。

 そして。そんな大小様々な門を通って、多くの人々が、忙しいそうな雰囲気を纏う多数のお役人さん達が、早足で行き来していた。


 これは一体、どういう事だろうか...。

 お城が解放され、庶民の憩いの場、公園と化している?

 いやいや。庶民というより疲れた公務員的なお役人さんが、目立っているよな。

 って事は、ここはお役所前の広場、の扱いなのか?

 まあまあ。少し、落ち着こう。

 公女様と公子様がプランタジネット王国の王都に滞在中で、大公夫妻がこの城に居ないのならば、警備は不要という判断になった、とか...。


「わぁ~。これだと、お城には出入り自由、って感じだね」

「「...」」

「じゃあ、遠慮は不要、という事だよね」

「「...」」

「うん。であれば、さっさと用事を済ませて、お家に帰ろう!」


 俺の前を、猛烈な勢いで、水色の人型らしき物体が走り去って行った。


「あっ、お嬢様!」

「...おい、おい」


 レジーナさんが、お城の中心部に向かって一直線。

 その後を、慌てて、サヴァナさんが追いかけて行く。


 はあ。

 なるようになる、のかな。

 と、俺は、諦めの境地へと達し、気を取り直す。


 取り敢えず、追い掛けますかね。はぁあ。


 エルズワース公子から預かった地図によると、城門から大公の執務室と謁見の間までは一本道。

 つまりは、素直に道なりに歩いて行けば目的地へと辿り着くので、レジーナさんを見失う事もない、筈だ。たぶん。

 と、開き直って、てくてくと歩いて城門を潜り、坂道を只管にテクテクと歩き、城内に入って一番広い廊下をてくてく歩き続けて、終点というか一段と立派で巨大な部屋に到着した。

 そう。やはり、ここまでに至る門や扉も、この部屋の重厚で立派な両開きの扉も、(ことごと)く開け放たれていて出入り自由の状態だった。ので、俺も、勝手に中までお邪魔してしまったのだ。

 俺がここに辿り着くまでに、途中で多くのお役人さんと思しき人たちとは擦れ違ったのだが、結局、レジーナさんとサヴァナさんには追いつけなかった。

 けど、まあ。今、俺の目の前で、ちょっとした大行列の中ほどに並んで大人しく待っているようなので、良しとしよう。結果オーライ、だ。


 しかし。この行列は、何なんだろう?


 広々とした謁見の間と思われる玉座もある立派な部屋のド真ん中に、見るからに事務机然とした頑丈そうな木製の机が不自然にドカドカと数台ほど乱雑に並べられていて、その中でひときわ大きな机の前を先頭として、主にお役人さん達で構成される行列が出来ていた。

 ただし。この行列の消化され具合は、見事な程に速い。

 列の先頭の人物が、書類を渡して何やら一言二言話し掛ける。と、その書類を受け取った人物が、ささっと書類を捲って確認したかと思うと突き返して何やら一言二言コメントしながら他の机の一つを指差す。と、書類を返された人物が、指示された机の方へと速やかに向かう。といったやり取りが、先程から延々と繰り返されているのだ。

 効率的な作業分担と高速回転する流れ作業、という優れモノ。

 お見事、としか言いようがない。


 のだが...その中心人物が、この場の雰囲気からクッキリと浮き上がっていた。

 作業効率は断トツで、遅滞なく行列をテキパキと捌いている、のだが...見た目にやる気の無さが滲み出ている、というよりか寧ろ、倦怠感を強烈に放出している。

 嫌々感が、半端ないのだ。

 ある意味で、これまたお見事、としか言いようがない。

 何とも、ギャップの激しい御仁が、この場を取り仕切っていた。


 などと。俺が、この場所で繰り広げられている中々に見ものな光景を、興味深く拝見していると、当然の帰結として、行列が進んで、レジーナさん達の順番がやってきた。

 巨大な事務机に備え付けの座り心地良さそうな椅子に深々と沈み込むように座っている、全身でやる気の無さを主張している御仁と、満面の笑顔を浮かべたレジーナさんの視線が合う。

 一瞬、その男の目が眇められた、ような気がしたが...錯覚だったかも知れない。


 と、思ったが。

 いきなり、厭世的な官僚といった態のその男が、立ち上がった。


 パン、パン、パン。


 と、手を叩いたかと思うと、相変わらずヤル気の無さ丸出しの態度で、周囲を見回す。


「あ~、午前の部は終わり、だ。休憩に入ってくれ」

「なっ」


 口をパクパクとして呆気にとられる、レジーナさん。

 そんなレジーナさんなど居ないかのように振る舞う、怠惰な態度の男。

 そんな男に対し、冷静な態度は維持しつつも額に青筋を浮かべながら口を開こうとする、サヴァナさん。


 カラン、カラン、カラ~ン。


 遠くで、時を告げる鐘の音が、鳴り響いた。

 そして。

 鐘の音の余韻が消えると、広々としていて音が響き易いこの部屋に、喧騒が戻って来る。


 気勢を削がれ、言葉を飲み込んでしまったサヴァナさん。

 そんなサヴァナさんを見て、目を白黒させるレジーナさん。

 目の前で愉快な反応を見せる二人の存在を無視して、踵を返す太々(ふてぶて)しい態度の男。


「あ~、悪いけど、そこのおじさん。少し、お付き合い頂けるかな?」


 レジーナさんとサヴァナさんとは少し離れて様子見をしていた俺は、意図的に、辺りに響き渡る音量の声で注目を集めそうな言い回しを選んで、話し掛けた。

 そして。不機嫌そうな様子を隠そうともせず立ち止まってこちらを振り返り睨んでいる、この場の責任者であろうその男に、俺は、笑いながら近寄って行くのだった。


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