41.([前]編-41)
マナーズの街中、ウォートン騎士伯家の定宿だという少し高級な宿屋の、一室。
レジーナさんとサヴァナさんが宿泊していた部屋で、俺は、困惑していた。
ちなみに、というか当然ながら、俺は別部屋で、隣の一人部屋に宿泊していたのだ。
と、まあ、余談は置いておいて。俺は、本当に困っていた。
今後の対応方針というか今後の行動について、意見が全く合わずに対立したまま膠着状態、という奴なのだ。
何と言うか、レジーナさんの意外性ある性格というかコロコロと変化する印象には、唯々唖然とするしかない俺だった。
超絶な美少女かと思えば、大雑把な親しみやすい庶民派で。運動神経抜群かと思えば、ドジっ子だった。
まだまだお子様かと思えば、バカップルの片割れだった訳だが...。
まあ、それは兎も角。
目の前の彼女は、今、融通の利かない生真面目な騎士様、だった。
そう言えば、彼女の父親にも、その片鱗が見えていたような気がする。
これぞ元祖、生真面目な騎士様。といった感じ、だったよなぁ、確かに。
いかん、いかん。また、話がズレた。
現在進行形の、今まさに直面している大変に困った状況は、レジーナさんが原因だった。
生真面目な、猪突猛進型の、直情的な行動を好む傾向にあるレジーナさん。たぶん。
そんな彼女の主張も、分からなくはない。
うん。そうしたいのは山々で、本来であれば選択肢はそれ一択になるのも分かるのだが、是非とも現実を見て欲しい。
この国は隣国からの侵略を受けている可能性が大で、主要な貴族は消息不明である恐れがあり、大公家の子供たちが荒野経由でプランタジネット王国に脱出している事実からも大公本人が行方不明となっている公算は高い。
そう。現在は、非常時であり、異常事態が継続中なのだ。
つまり、今、大公の居城でありこの国を治める中枢機関があるビーヴァー城に、正面からバカ正直に乗り込むのは、無謀な行為であり何が起こるか想像もつかない、という状況だ。
俺の考え方が悲観的過ぎる、という意見も、ある意味では尤もだ。
俺は、プランタジネット王国の王都にベアトリス公女たちが滞在しているとは伝えていない、から。
しかし。ウォートン騎士伯が隣国の騎士団と思われる精鋭の一団と交戦しており、マナーズまでの道中ではその地の領主や貴族たちを一切見かけなかった、という事実から危機感を持ち慎重に行動すべきだと主張することに違和感はない筈だ。
それにも拘わらず、レジーナさんの融通の利かなさは頑固おやじ級で、議論の余地すら見当たらなかった。
命名、生真面目な騎士殿。で、決定だよなぁ。
俺の身を心配して、といった説明でもあれば少しくらいは俺の心情も揺れ動いたかも知れないが、そんな気配など欠片もなく、ただ単純に正々堂々と正面から行くべきだ、という信念のみ。
ご立派、ではあるが困った。
仮に乱闘になったとしても、余程の不運な事態でもなければ脱出くらいは出来ると思う。たぶん。
けど。俺の立場としては、あまり目立つのは困るのだ。
そう。ついつい忘れがちだが、今の俺は、ローズベリー伯爵でありプランタジネット王国の辺境伯なのだ。しかも、この国の人たちには、素性を隠して行動している。
うん。悪目立ちするのは厳禁、だよな。
頼みの綱の、冷静沈着で理性的な判断ができるサヴァナさんは、思案顔だった。
微妙な表情をして、レジーナさんと俺の顔を交互に、不審そうに見ては何やら考え込んでいた。
と思ったのだが、キリリと、毅然とした顔になって俺を見る。
「アルフレッド様は、この後、如何される御つもりだったのですか?」
「えっと...」
「仮にも大公家の居城ですし、あのように高い城壁に囲まれた上に小高い丘の上に建っておりますので、周囲から見ても大した情報は得られないと思われますが?」
あれれ?
サヴァナさんの追及が、厳しい。
「そ、そうですね。まずは、そう、城門の様子を見に行く、かな」
「成る程。で、その後は?」
「う~ん。状況次第ですが、城壁に沿って街の中を歩いてみて、何か変った事がないか探してみる、とか」
「それだけ、でしょうか?」
「ええっと、まずは、それくらいかなぁ...」
うん。間違っても、何か心当たりがある、とは言わない。
エルズワース公子からこの国の詳細な地図を借りているので、この街の地形も良く分かってはいるが、そんな事など一切匂わさない。
勿論、初めてこの街に来たとも言ってはいないのだが、俺の様子がこの街へと頻繁に出入りしている者のようには見えないとも自覚しているので、この街に詳しいとはおくびにも出さない。
だから。まずは、自分の足で歩いて偵察、が基本だよね。
サヴァナさんが少し疑っているような視線を向けては来るが、俺は、ニッコリと笑い返す。
そんなサヴァナさんを、レジーナさんが、信じ切って期待に満ち満ちた表情で見詰めている。
サヴァナさんが、軽く溜息を吐いた。
「分かりました」
「「...」」
「お嬢様とアルフレッド様のご意見の間を取って、三人でまずは街の散策、ですね」
「はあ」
「分かったわ!」
「城門の近くまで行って、出入りの様子や付近の状況を確認する、と致しましょう」
「三人で行かなくても...」
「そうよね。通常通りだったなら、そのままお城に入れば問題なし!」
「お嬢様...」
「いやいやいや」
「ん?」
「レジーナお嬢様。もう少し慎重に、お考え下さい」
「そうそう」
「何か問題があるの?」
「責任ある立場になろうとしているのですから、何か問題がないかと考える必要があるのです」
「うんうん。安全第一は、基本だよね」
「...」
「まあ、これまで見る限りでは、武装勢力どころか我が国の兵力すら見かけない状況ですので、油断しなければ不覚を取ることもないとは思いますが」
「...」
「そうでしょ。行ってみれば分かるから、大丈夫!」
「「...」」
能天気で大雑把な、天使様の降臨、だった。
俺の目の前では、水色のサラサラなショートヘアをキラキラさせた美少女が、ニッコリと微笑んで、いそいそと街歩きへと出かける準備を始めたのだった。




