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40.

 次期ウォートン騎士伯であるレジーナさんと、その幼馴染であり侍女で家令代理でもあるサヴァナさんと、偶然にも居合わせてしまった冒険者というのが表向きの立場である俺。

 そんな三人が乗るウォートン騎士伯家が用意した二頭立ての小型馬車は、一路、ラトランド大公の居城であるビーヴァー城があるというマナーズの街へと向かって、馬車馬の足並みも軽やかに進んでいた。

 俺は、当然の帰結というか回避不能な状況に追い込まれた結果として、あまり経験豊富とは言えないにも拘らず、馬車の手綱を握って御者の役目を粛々と務めている。


 馬車の小さな客室の中で、女性二人の間にどのような会話が交わされ、女性二人がどのように過ごしているのかなどは、俺の(あずか)り知らぬことだ。

 と、俺は、自身の心の平安を保つため、思い込むことにした。

 後で、クリフォード氏からネチネチと因縁を付けられるのも嫌だし、美少女からお惚気話を聞かされても困るので。その辺りは、経験豊富なサヴァナさんが、よしなに取り計らってくれる、と信じておくことにする。

 美人で仕事の出来るお姉さんに、乞うご期待。

 頑張れ、サヴァナさん。どうか、よろしくお願いします。


 などなど、と。俺は、魂を遠くに飛ばして忘我の域に達し、少し前に遭遇した悪夢のような記憶は振り払い、唯々に平穏な馬車の旅を堪能することに専念していた。

 そう。他国の侵略を受けているとは思えない程に、この国は、平穏なのだった。



 * * * * *



 ウォートン騎士伯のお屋敷がある町を出発して、三日が経った。

 俺たち三人の旅は、平穏無事に恙無く、これといったトラブルに巻き込まれる事もなく、順調に進んでいた。

 そして。目の前には、立派な城壁に囲まれ、丘の上に建つ要塞のような城へ寄り添うように広がる立派な都市、マナーズの街が見えていた。


 そう。まずは、あの街で宿を取って一泊してから、準備万端を整えた上で翌朝にでも登城し、騎士伯の継承の申請を申し出れば、任務完了。な、訳は無いよなぁ。


 はてさて、どうしたものだろう...。


 この街に来るまでに、何かあるだろうと思っていたのだが、何もトラブルは発生しなかった。

 平穏で、表面的には民衆の生活に変化は無さげで、隣国の兵士など不審な武装勢力を見かける事も一切なかったのだ。

 その一方で。途中の町には、領主などラトランド公国の貴族たちが全く見当たらず、遭遇することも皆無だった。が、平民っぽい雰囲気の役人さん達が忙しそうに働いている姿は、やたらと目に付いた。

 つまり。この国は、大公家に(ゆかり)ある者や貴族など国を統治する立場にある身分の高い人間が不在な状態でありながら通常の行政機能が問題なく維持されている、ようにも見えたのだ。

 まあ、官僚主導の民主主義国家である現代日本を知っている俺からすると、ある意味では不思議でも何でもない状況ではあるが、この国の在り方としては異常事態、なのだろうと思う。

 一見すると平穏で庶民の生活には特に問題など発生していないが、公国というこの国の在り方を考えると明らかな異常事態、というのが現状なのだろう。


 まあ、それが理解できたところで、この後、俺たちが何をどうすれば良いかなど分かる訳もないが...さて、如何したものか。

 俺は、ホケっと取り留めもなく考えを巡らせながらも泰然と手綱を取って御者台に座り、人影の疎らな街道をマナーズの街へと向かって、ポクポクと馬車を進める。


 マナーズの街がだんだんと近付いてきて、城壁が間近へと迫り、頑丈な城門が見上げる様な威容を示すようになってきた。


 徐々に接近することで鮮明に見えるようになってきた城門の傍では、衛兵というよりは役人っぽい感じの人たちが大勢、通門を求める人々の通行証や身分証を改めテキパキと手続きを進めている様子が見てとれる。

 どうやら、不審者を弾くというよりは、この街に出入りする人々の素性を正確に記録する、という点に主眼を置いているようで、提示した書類に不備や齟齬がある場合には、一言二言と何やら理由らしき事を述べて書類を突き返した上で改善後に列の最後尾へもう一度並び直すようにと指示している、ように見えた。

 俺たちが用意してきた通行証は、ウォートン騎士伯であるレジーナさんの父親が用意した正式なものであり、俺たちの素性等についても特に誤魔化している訳ではないので、問題なさそうだ。

 俺は、そっと胸を撫で下ろし、マナーズの街へと続く城門を抜けるため、順番待ちの列の最後尾に馬車をつけた。


 列が進む度に、止まって手持ち無沙汰にしていた馬を促し数歩ほど前進、前へと詰める。

 そうやって大して長くもなかった列の中で順調に順番が繰り上がって行き、それ程は待つことなく、俺たちの番が来た。


「はい、こんにちは」

「どうも」

「通行証か身分証を、ご提示頂けませんか?」

「はい、どうぞ。ご確認ください」

「ありがとうございます。拝見致しますね」


 俺たちの担当となった割と若そうなお役人さんが、俺が渡した通行証を確認、その記載内容を見ながら何やら手元の書類に書き込む。

 そして。背後に控えていた同じくお役人らしい二名を振り返って視線で指示を出すと、馬車の方へとやって来た。


「馬車の中に居られるのが、ウォートン騎士伯のお嬢様と、その侍女さん」

「はい」

「そして、御者をしている貴方が、その護衛を請け負っている冒険者さん」

「はい」

「書類に問題はありません。申し訳ありませんが、馬車の中を改めさせて頂きますね」

「はい。私が、馬車の扉を開けましょうか?」

「はい、お願いします。こちらの二名が、中を改めさせて頂きます」


 俺は、お役人さん三人に軽く会釈をしてから、馬車の扉を軽くノックする。


「お嬢様、宜しいですか?」

「はい、何でしょうか?」

「お役人様が、馬車の中を改めたいとの事ですので、扉を開けさせて頂きますね」

「分かりました。どうぞ」

「失礼致します」


 俺が、馬車の扉を開けると、無言で控えていた二人のお役人さんが軽く中を覗き込み、手際よく不審物がないか等のチェックを行う。

 俺の応対をしていたお役人さんは、レジーナさんとサヴァナさんに軽く会釈しながらも素早く、実際の人物と書類の内容とに齟齬がないか確認したようだ。

 さささっといった感じで一連のチェックを済ませると、三人のお役人さん達は、お互いに頷き合ってから元の位置へと戻る。


「ご協力、ありがとうございました。特に、問題はございません」

「ありがとうございます」

「最後に、お手数ですが、こちらに、それぞれご本人様が署名をして頂けませんか?」

「え?」

「ご協力を、お願い致します」

「は、はあ。代表で私が、ではなく、三名がそれぞれに、ですか?」

「はい。申し訳ありませんが、ご協力をお願い致します」


 何じゃそりゃ、と思った。

 が、周囲を見まわしてみると、皆さん素直に署名をしているようだった。

 ので、これまでに経験のない前代未聞な要求に今一つ納得はいかなかったのだが、お役人さんから書類を受け取り、俺の名前が記載されていた横の指定箇所に署名して、その書類をサヴァナさんへと手渡した。

 レジーナさんも、サヴァナさんも、不審そうな表情にはなっていたが、指定された箇所に署名する。

 三人とも、首を捻り、お互いに目を見合わせて、肩を(すく)める。

 そして。俺は、サヴァナさんから書類を受け取り、さっと内容を再確認してから、お役人さんへと返却した。


「ご協力ありがとうございました。それでは、こちらから、城門をお通り下さい」


 俺の応対をした若そうな感じのお役人さんが、馬車を先導してくれる。

 城門を潜り抜け、馬車が街中に入ったところで、お役人さんが立ち止まり軽く会釈をした。


「ようこそ、マナーズへ」


 こうして。城門での見慣れぬ手続きに戸惑い困惑はしたものの、取り敢えず、俺たちは、無事にマナーズの街へと到着したのだった。


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