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39.

 ラトランド公国の辺境を守護するウォートン騎士伯のお屋敷がある町の、郊外。

 町から大公の居城があるというマナーズの街へと向かう街道の、ど真ん中。

 そんな公衆の面前で、周囲の目を(はばか)ることなく堂々と、当事者二人だけのお熱い世界が展開されていた。


 自分以外の男が彼女に近付くことをその死角で激烈に牽制し威嚇する優男と、武闘派ながらも素直に育った天然な美少女との、逢瀬というか暫しの別れを惜しむ熱々なシーン。


 そんな当事者以外には三文芝居でしかない劇の主演は、言わずと知れた話題の二人、クリフォード氏とレジーナさんだった。

 レジーナさんを(いと)おしげな表情で見詰める、スラっとした体格に甘いマスクの優男。

 クリフォード氏だけを視野に入れて微笑む、光沢あるストレートでさらさらな水色の髪をワンレングスカットにしたショートヘアの美少女。


 ピンポイントにその限定された特定の範囲内のみが、激烈に甘く、見守ることを強要されている者の口から砂糖が怒涛の勢いで流れでて来きそうな程に甘々な、傍迷惑の空間へと成り下がっていた。


 そんな現状を正確に把握していながら周囲の迷惑顔は完全に無視し、少女の美貌に惹かれる男どもをその視線で威嚇し威圧し撃退する、傍迷惑な性格をした金髪碧眼の優男。

 悪意や敵意が含まれていないが為か周囲の視線や状況に全く気付かず、唯々自身に向けられる優しい眼差しに脳内お花畑状態となっている、水色ショートヘアの美少女。


 この二人の対比とギャップは、ある意味では何とも微笑ましい光景ではあったが、巻き込まれた者にとっては(たま)ったものではなかった。

 そう。レジーナさんに同行するため旅装となっているサヴァナさんは、己が兄の所業には(あきら)めの境地に至り、魂の抜けた表情で遥か彼方の遠い景色を見詰めていた。

 そして。青天の霹靂で急遽、レジーナさんの同行者となってしまった俺は、この先の事柄をあれこれ考えて周囲の目を気にしながら、猛烈に居心地の悪い思いをしている。


 良い迷惑である。


 離れるに離れられず、至近距離からは激アマな雰囲気に当てられ、周囲からはブリザード級の冷たい視線に晒され、ヒシヒシと肩身の狭い思いを味わう。

 諸悪の根源からは、無視されている。アウト、オブ、眼中。

 周囲の無関係な皆様からは、冷やかに注がれ続ける、関係者は速やかに改善せよ、という圧を持った視線。


 何の罰ゲームだろうか...。


 じっと我慢、唯々忍耐を強いられる時間が、超スローペースで過ぎていく。


 まだ、だろうか。

 もう、良い?

 あと少し、かな。

 もう流石に、良いよね?

 そう。誰が決めるか知らないが、別れの儀式の規定時間は経過した、と認定!


 俺の忍耐は、思ったよりも持久力がなかった。


 クリフォード氏が威嚇のために周囲に放出している黒いオーラも、きっぱりと無視。

 レジーナさんの脳内状況や都合など考慮しない。

 空気を読まず強引に、俺は、式次第を次のステップへと押し進める。


「さあ、レジーナさん。行きますよ」

「あ、えっと...はい」

「サヴァナさん、忘れ物はないですか?」

「大丈夫です」

「クリフォードさん」

「...チっ」

「ク、リ、フォード、さん?」

「はい」

「それでは、お約束通り、レジーナさんをマナーズの街までお連れ致しますね」

「よろしくお願いします」

「私が請け負うのは、マナーズの街にお連れするまで、です」

「...」

「ですから。その後の手配は、そちらでお願いしますよ」

「はい。あと数日もあれば、確実に根回しは完了しますから、大丈夫です」

「そうですか」

「はい。帰りは必ず、マナーズの街まで私がお迎えに参りますので、御心配には及びません」

「はあ。では、行きもそうすれば良いのでは?」

「残念ながら。本当に残念なのですが、ウォートン騎士伯様のご指示を最速で実現するには、アルフレッド殿のご尽力が必要なのです」

「左様ですか...」

「はい。ご迷惑をお掛けして大変恐縮ですが、ここは乗りかかった舟と、もう暫くお付き合い下さい」

「さいですか」

「是非とも」

「はあ、仕方がないですね。では、美女と美少女のお供が出来るとポジティブに考え、存分に旅を楽しませて頂くことにします」


 俺は、殆ど自棄(やけ)になって精一杯の皮肉を言ってみた。

 が、即座に後悔する。


 俺の目の前には、笑顔なのに憤怒のオーラが怒涛の勢いで噴出するという器用な表情をしたクリフォード氏が、微動だにせず立っていた。


「ははははは...」

「どうか、レジーナお嬢様を、よろしくお願い致します」


 深々と頭を下げた、怒れるクリフォード氏。

 そんなクリフォード氏に合わせて、俺に頭を下げる見送りの人々。

 ただし。周囲の人たちには、クリフォード氏の発する黒いオーラは見えていないようだったが...。


 レジーナさんとサヴァナさんと俺は、クリフォード氏と数名の家人たちに見送られて、ウォートン騎士伯家が用意した小型で質素だが元は高級そうな造りの馬車へと乗り込む。

 レジーナさんとサヴァナさんが客室に入るのを見届け、俺は、馬車の御者台へと登ってその手綱を取った。

 そして。俺たちは、ラトランド大公の居城であるビーヴァー城があるマナーズの街に向かって、出発するのだった。


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