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   ([後]編-38)

 俺は、サヴァナさんの口から語られる、レジーナさん主観のゆるふわな認識をサヴァナさんの独自解釈でバッサリとドライに矯正された俺の行動に関する説明に、じんわりとした冷や汗を秘かに掻いていた。

 別に(やま)しいことも恥ずべきことも後ろ暗く感じることも何も無いのだが、隠したり誤魔化したり見なかった事にして目を(つぶ)った形になっている事案は色々あったりするので、少しばかり居心地が悪い。

 俺側の諸々な事情についてはバレたらバレたで仕方がないと元から開き直っているし、仮に決裂してしまった場合でも俺一人であれば逃げ切る自信はあったので、卑屈になるような事など全く無かったのだが、何だか丸裸にされているような感じがして落ち着かなかったのだ。


 うん。俺は何も悪くない、たぶん。


 そう。何気にお間抜けな道化に関する説明がなされているようにも聞こえるが、気のせいだ。

 だから。黒猫ドラゴンが関わるエピソードの話などは詐欺師か喜劇役者による茶番がレポートされているかのようではあったが、そんな不審人物が俺の正体だと認識されてなどいない、と思いたい。


 信じる者は救われる。


 いや、まあ。信仰心に(あつ)いという程ではないが、俺は信じる。信じている。

 大丈夫、だ。たぶん。と、静観する。

 サヴァナさんから話を聞き終えたウォートン騎士伯は、口を(つぐ)んで目を(つむ)り、自らの思考に深く(ふけ)っているようだ。

 知り得た情報を整理し、今後の行動を決定するため、様々な可能性を考慮しているのだろう。

 時折、ウォートン騎士伯の眉間に、細かな皺が寄る。

 不快という感じには見えないが、色々と悩ましい懸念事項が存在することは想像に難くない。

 俺は、思わず自己弁護のための発言を行いたくなったが、グッと堪えて、何とか静観を継続。


 緊張感漂う、静謐な空気に包まれた時間が、静かに流れる。


 そして。

 暫くの静寂の後、ウォートン騎士伯が(おもむろ)に口を開いた。


「相分かった」

「「「「...」」」」


「アルフレッド殿。我が娘へのご助力、感謝する」

「いえ。当然の事をしたまで、です」

「貴公にとってはそうかも知れぬが、当家としては大変有難いことだ。感謝する」

「そうですか。お役に立ったのであれば、幸いです」


「レジーナ」

「はい。お父様」

「苦労を掛けて、すまなかった」

「いえ、私は...」

「不甲斐ない父で、申し訳ない」

「そ、そんな事はありません!」

「...」

「お父様は、私の自慢の父親です」

「そうか」

「はい!」


「レジーナを、ウォートン騎士伯の代理とし、全ての権限を委譲する」

「お父様...」

「クリフォード」

「はっ」

「速やかに、レジーナを正式なウォートン騎士伯とすべく、手続きを進めろ」

「承知致しました」


「サヴァナ」

「はい」

「当面の間、そなたを家令代理とする。レジーナを支えてやってくれ」

「...承知致しました」

「緊急事態を受けた異例の登用と見做されるであろうから、色々と苦労を掛けることになるだろう。申し訳ない」

「お任せ下さい」

「ああ。レジーナを、よろしく頼む」


 ウォートン騎士伯は、居住まいを正し、全員に対して軽く頭を下げた。

 そして。倒れ込むかのように、ソファーに深く凭れ掛かり、目を閉じたのだった。



 * * * * *



 昼間は騒然となり多くの人々が右往左往していたウォートン騎士伯の屋敷も、日が暮れてから時間も経った今は、落ち着いた佇まいを見せていた。


 騎士伯家として必要な今後の方針と人員配置を示し、必要な権限の委譲と指示を行った後は、流石に体力も尽きたようで、ウォートン騎士伯は数人の従士たちにより寝室へと運び込まれていった。

 利き腕を失い利き足にも大怪我を負ったままの状態で敵の襲撃を警戒して潜伏し、十分な手当ても受けられず体力もかなり消耗していたため、当面の間、ウォートン騎士伯は絶対安静となった。

 ちなみに、強面でバリバリの武闘派だというウォートン騎士伯家の従士長も、前回の戦いで重傷を負っており、現在も重体で自宅にて療養中、との話だった。


 つまり、細マッチョな腹黒優男なクリフォード氏は、従士長の代理でウォートン騎士伯家の代表として対外的な交渉を一手に引き受けながらレジーナさんへの騎士伯の継承手続きと根回しを行い、仕事の出来る綺麗なお姉さんであるサヴァナさんは、家令代理としてウォートン騎士伯家の中を切り盛りしてレジーナさんの補佐をする、という体制で物事が動き出していた。

 そんな中で、俺は、次期当主であるレジーナさんを苦難から救った恩人としてウォートン騎士伯家にて歓待を受けている、といった立ち位置に据えられて、ウォートン騎士伯のお屋敷で一番豪華な客間に滞在中だ。

 まあ、滞在中と言うよりは、逃げ遅れて鹵獲された間抜けな獲物状態、と言えるかもしれない。

 俺の方には特に是といってこの屋敷に滞在する用事も意義も無かったのだが、成り行きもありなし崩し的にそのまま滞在、となってしまっていた。

 何気に要所要所で意外に(したた)かなクリフォード氏からさり気無く邪魔をされ、俺は、そのまま静かにフェードアウトしてウォートン騎士伯のお屋敷から辞去するという応対が出来なかったのだ。

 そこはかとなく嫌な予感がするものの、それ程の危機感は感じられないので、大丈夫だと思うのだが...。


 この客間へと案内される直前に、レジーナさんからは後程一緒に夕食を、と言われていたので、ぼちぼち準備でもするか、と考えて俺は起き上がる事にする。

 特にする事も無かったので、少し行儀が悪いかとは思ったのだが、俺はこのお屋敷を訪れた際の服装のままで客間の立派なベッドに寝っ転がっていたのだ


 よっこらしょ。


 と、俺がベットの上で起き上がり、更にその勢いを活かしてベットから飛び降りて部屋の床へとストっと着地。

 軽く体を(ほぐ)そうと、伸びをしたところで。


 コンコンコン。


 部屋の扉が、ノックされた。

 俺は、軽く身嗜みをチェックし、手櫛で髪型を簡単に整えてから、口を開く。


「はい、どうぞ」

「失礼する」


 そう断って、この部屋の中に入って来たのは、クリフォード氏だった。

 ん?

 夕食に案内するため、メイドのおばさんが来たのかと思ったのだが...。


「アルフレッド殿」

「はい、何でしょうか?」

「大変恐縮なのですが、お願いがございます」

「...」

「レジーナお嬢様と一緒に、マナーズのビーヴァー城まで行って来て頂けませんか?」


 俺の前には、真剣な表情をしたクリフォード氏。

 そんなクリフォード氏の口から、唐突に、予想外な申し出が告げられたのだった。


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