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   ([中]編-38)

 ウォートン騎士伯のお屋敷は、何と言うか、町中の武家屋敷、のような構造の建物だった。


 屋敷の敷地内が見えないよう壁で囲われてはいるが、大きな槌でも用意すれば破壊できる強度しかなさそうな土壁。

 立派な門構えの正門はあるが、火をかければ簡単に燃え落ちるであろう木造建造物。

 少し豪華な日本庭園っぽい庭と稽古場らしき広場はあるが、建屋はポツンと建つ一軒の母屋(おもや)のみ。


 そう。基本的に、戦闘や籠城戦を想定した建物ではない、普通のお屋敷、だった。

 まあ、確かに。これでは、大規模な武装集団に襲われれば一溜まりもない、よね。

 と言うか、よく原状を維持したままの状態で屋敷が残っていたものだ、と思う。

 そういえば、この屋敷がある町も、特に火災や破壊の後が見当たらなかったので、襲撃された際も上手に戦場を町の外へと誘導して被害を抑えたのだろうか...。

 ウォートン騎士伯さんは、なかなかの切れ者、というか人格者、なのかもしれない。

 流石は、この娘さんを育て上げた親御さん、といったところだろうか。


 俺とレジーナさんとサヴァナさんの三人は、周囲の状況や視線に注意しながらも素知らぬ顔をし、特に門前でご挨拶などもせずに当然の如くといった態度で、そんなウォートン騎士伯のお屋敷の門をくぐった。


 レジーナさんの侍女であるサヴァナさんの説明によると、ラトランド公国の大公の居城があるマナーズの街で公国の官僚を目指して勉強中だったという彼女の兄が戻って来ている、のだそうだ。

 そのサヴァナさんの兄は、ウォートン騎士伯家の従士長の息子であり、彼女と同様にレジーナさんの幼馴染でもある、という話だった。

 ちなみに。ウォートン騎士伯家の従士長は、強面でバリバリの武闘派だそうなのだが、サヴァナさんは母親似で、その兄も母親似なので優し気な風貌で線の細い優男(やさおとこ)なのだ、という。

 そして。

 そんなクリフォード氏は、サヴァナさん曰く、武芸は不得手だが頭脳明晰な腹黒男で、いけ好かない野郎、らしい。

 レジーナさん至上主義で、サヴァナさんはその余波でいつも酷い目にあわされていた、とか。

 レジーナさんには甘々で、口から砂糖を吐きそうになる程に甘々な言動を平然と繰り返す迷惑千万な輩なのだとか...。


 あ~、うん。全く、嫌な予感しかしないよね。

 これは、もう、俺はレジーナさんと別行動をする、で良いのではないだろうか。


 そう。クリフォード氏は、どう考えても武芸以外の道でウォートン騎士伯家の役に立つべくマナーズの街にて自身を鍛えていた、のだろう。

 そのクリフォード氏が、急遽、この町に帰って来た。という事は、十中八九と言うかほぼ百パーセントの確率でレジーナさんのため、と考えて間違いない。

 だから。俺は、馬に蹴られる前にこの場から遁走したい、と切実に思う。是非とも、速やかに。


「えっと...」

「あっ、クリフォード兄さぁ~ん!」


 レジーナさんが唐突に得物を投げ出し、号泣しながら爆走していった。

 そして。その先には...イケメン。

 レジーナさんを(いと)おしげな表情で見詰める、スラっとした甘いマスクの優男。


 イケメンな優男であるクリフォード氏は、ウォートン騎士伯のお屋敷の玄関から一歩出た所で立ち止まり、激突して来たレジーナさんを受け止めた。

 笑顔で、ピクリともせずその場で泰然と立ったまま、猛烈な勢いで突っ走って飛び込んできたレジーナさんを優しく受け止めている。

 どうやら、クリフォード氏は、細マッチョだったようだ。

 武芸が不得手という周囲からの風評も、かなり割り引いて考える必要がありそうな雲行きだった。


「う、うわぁ~ん、ク、クリフォードにいさぁ~ん...」

「よく頑張ったね、レジーナお嬢様」

「うん、うん、私、頑張ったよ。う、わぁ~ん...」


 レジーナさんの中では頼りになる兄貴分として分類されているクリフォード氏と再会し、緊張の糸が切れ、号泣となった模様。

 そんなレジーナさんを、優しくあやす、金髪碧眼で甘いマスクを持つスラリとした体格のイケメン。

 さらさらストレートの光沢ある水色の髪をショートヘアにした美少女との組合せは、一幅の絵画のような光景ではあるが...。


 時折、クリフォード氏から周囲に漏れ出てくる鋭い視線や苛烈な威圧の気配に、俺は今、少しばかり色々と後悔し始めていた。


 例えば。ラトランド公国と荒野との境界を守護する石積みの城壁に対して黒猫ドラゴンのダリウス氏に付与して貰った魔物除けの魔法は、拙かったかも。

 効果が持続する期間の短縮か、効果の範囲や強度の縮小か、何か追加で少しばかり細工を施した方が良いかもしれない。

 頭脳明晰で腹黒な御仁に、特殊な能力や規格外の性能など余計なものを俺と関連付けて見せるのは拙いのでは、とつい今しがた思い至った。

 そう。クリフォード氏とは下手に関わらない方が良い、と俺の第六感が(しき)りと警告しているのだ。

 警報が俺の頭の中で盛大に鳴り響いている、のだが...(とき)既に遅し、の感も漂っていた。


 馬に蹴られ、身包み剥がされ、強制的に顎でこき使われる未来になど、遭遇したくない。

 という事で。無い知恵絞るために性能限界の最大速度で我が頭脳をフル回転させ、今後の展開を大急ぎで再検討する俺だった。



 * * * * *



 レジーナさんとクリフォード氏が腑抜けている間に、サヴァナさんがテキパキと情報整理と段取りを差配してくれたお陰で、俺たちは(つつが)無くウォートン騎士伯のお屋敷に迎え入れられ、ウォートン騎士伯と対面する事となった。


 所々に巻かれた包帯が痛々しい若い従士と何やら一言二言交わしたサヴァナさんが、厳しい表情をしたかと思うと俺たちを促し、廊下をスタスタと歩いて直ぐ近くの部屋の前まで移動、扉をノック。

 返事を待たずに扉を開け、サヴァナさんが俺たちに、その部屋の中へと入るよう無言で促す。

 成り行きで部屋の中へと視線を向けると、そこには、満身創痍の状態でソファーに座る偉丈夫がいた。ウォートン騎士伯で、間違いないだろう。


 レジーナさんは、父親であるウォートン騎士伯と対面した瞬間に、絶句、茫然と立ち尽くし、静かに倒れた。


 そう。ウォートン騎士伯の姿は、彼女にとっても大変ショッキングな状態だったのだ。

 利き腕を失い、利き足にも明らかに歩行が困難だと分かる程の大怪我をし、ソファーに深く凭れ掛かるように座っていたウォートン騎士伯。

 顔色も悪く、満身創痍の状態で、早急に休養が必要だと分かる状態だった。

 が、しかし。

 ウォートン騎士伯は、卒倒してクリフォード氏に抱えられ退出するレジーナさんを無言で見送り、俺を一瞥してから、サヴァナさんに状況説明を求めた。


 いつの間にかクリフォード氏が現れ、暫くしてレジーナさんが青い顔のままで戻って来るまで、サヴァナさんとウォートン騎士伯のぼそぼそとした小声での会話が続く。


 俺は、そんな様子を、ウォートン騎士伯の向かいのソファーに座って静観していた。

 勿論、大きな声でなくとも、すぐ目の前で堂々と交わされている会話の内容は全て俺にも聞こえており、ウォートン騎士伯にも隠す気がないは明白だった。

 途中で戻って来たクリフォード氏は一瞬、不本意そうな表情を見せたが、最後まで口を挟まずに黙って控えていた。


 満身創痍で今にも倒れそうな状態に見えてはいても、ウォートン騎士伯が、その威圧感と威厳でこの場を支配しているのは見間違えようのない事実だった。


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