([後]編-37)
目の前の非常識でファンタジーな生き物を、俺は、まじまじと見詰める。
ジトっとした目付きで、その生き物と視線を合わせ、じっくりと見る。
うん。これは、あり得ないな。
「アホか、お前は!」
『...』
「人間サイズの猫など、いる訳ないだろうが!」
『ふん。お前は、冗談の分からない奴だな』
「はあ?」
ポンッ。
再び、効果音(?)が鳴り、何処からともなく湧いて出てきた白煙が、大きな黒猫を包んで消える。
と。
その後には、巨体で厳ついがイケメンなおっさんが一人、立っていた。
ただし。
外観上は人類の範疇の大きさに収まっているが、その醸し出す威圧感や違和感は半端なく、実際の重量やサイズがちょっとした一軒家ほどあるままで変化していないと本能的に感じ取れてしまうような存在、だった。
俺は、思わず、溜め息をつく。
「おい、こら。視覚だけ誤魔化しても、これじゃあ露骨に怪しいだろうが...」
『はあ、面倒な』
「おい」
『見た目だけで良い、と言ったのは其方ではないか』
「...」
『これだから、低能な輩は嫌なんだ。よく考えて、ものを言って欲しいよな』
「...」
『最初から、触らないと分からないレベルまで誤魔化せ、と言えば良いものを』
「...」
『はあ、仕方ないな』
そんな露骨に馬鹿にした発言をかました、その瞬間。目の前の人物(?)から放出されていた強烈で強大な存在感が、すうっと一気に収まった。
そして。
俺の目の前には、普通に、巨体で厳ついがイケメンなおっさんが一人、立っているのだった。
* * * * *
俺は再び、長閑な農村から荒野へと向かう寂れて人手の入っていない荒地の中を通る一本道を、レジーナさんと並んで歩いていた。
巨大な黒猫改め厳ついイケメンおっさんについては、人騒がせな幻影使い、と追い払ってしまってからレジーナさんには簡潔に説明をしておいた。
本人(竜)曰く、あくまでも見た目だけの変化なので、握手などしようとして近付けば巨大黒猫サイズのゴツゴツしたドラゴンの体に途中で激突することになる、との説明だったので、知り合いの人間として紹介する訳にもいかなかったのだ。
しかも、何故に急に現れたのかだとか、どうして紹介もせずに追っ払ったのか、などなどについて大変苦しい言い訳をせざるを得ず、俺は、レジーナさんの前で盛大に冷や汗をかく事となった。
良い迷惑、である。本当に。
白猫ドラゴンのエレノアさんもそうだったが、現在は厳ついおっさんと化している黒猫ドラゴン氏も、人語は喋れない、らしい。ドラゴンの身体構造に起因して、人語の発音が容易ではないのだそうだ。
つまり。必然的に、意思の疎通は、念話によるものとなる。
まあ、ある意味、他人にも聞かれず、視界に入れば多少の距離があっても支障なく意思疎通ができる念話は、便利であり、人外の存在との会話にはうってつけの手段だ。
好都合と言っても良いのだが、一方で、人里にいると他人と喋れない人物というのは色々と困る。
喋れない厳ついおっさんと会話もなく完璧に意思の疎通ができる俺が、周囲からどのような目で見られる事になるかなど、想像したくもない。
変な誤解を受けたり不審な目で見られたりするのは、是非とも、避けたい。
よって。おっさんとは、必要に迫られて他に選択肢がない事態へと陥らない限り、当面の間は行動を共にしない事とした。
あっ。ちなみに、今後は厳ついイケメンおっさんとして出没することとなった黒猫ドラゴン氏の名前は、ダリウス、と言うらしい。
まあ、どうでも良いのだが...。
閑話休題。
騎士伯の一人娘だから責任があると一人気負うレジーナさんからお世話になった村長宅で食事をしながら聞いた話によると、この辺り一帯の荒野に面した地域はレジーナさんの父親である騎士伯が治めている領地であり、騎士伯の役割には荒野の魔物対策も含まれている、のだそうだ。
その騎士伯本人と対荒野の魔物防衛部隊である兵士たちは、いきなり現れた隣国の騎士団と思われる精鋭の一団と交戦になってほぼ壊滅、現在は行方不明になっている、のだと言う。
だから、レジーナさんは、荒野から侵入した魔物の駆除と、荒野からの魔物の侵入を阻止するための処置を行った上で、父親である騎士伯の行方を捜したい、らしい。
血の繋がった彼女にとって優しく厳しい大切な父親だという家族の捜索よりも、騎士伯としてのお役目を優先する生真面目さには、色々と思う処もあったのだが、俺は、乗りかかった舟だと割り切って彼女のお手伝いをする事にした。
よって、今、一時的に意味不明で妙な割込みがあったものの、綺麗さっぱり忘れて気を取り直し、荒野と領地の境界地帯の状況を確認すべく現地へと向かっているのだった。
ちなみに。荒野から侵入した魔物は、この近辺には一匹もいないことをサクッと確認済みで、それとなく、レジーナさんには伝えてある。
それと。
黒猫ドラゴンならぬ黒いドラゴンだと自己申告のあったダリウス氏については、俺とは腐れ縁の同じギルドに所属する冒険者であり、先程のおバカな行為を反省させるという趣旨もあって荒野からの魔物の侵入を防ぐ仕掛けを準備させている、とも伝えてある。
具体的な方法については冒険者スキルであり俺たちの秘密だと誤魔化し、その維持もダリウスに任せるから彼とは暫く会うことも無いと言い切った。
俺の好感度が低下する上に隠し事が更に増えたので怪しさ倍増となってしまったが、背に腹は代えられず致し方ない。と、割り切るしかなかった。
甚だ不本意、だ。
チラリ、とレジーナさんの方を窺う。
と、彼女と目が合った。
「あ、あの。アルフレッドさん?」
「はい。何ですか?」
俺は、人畜無害で誠実な人間に見えるよう、意識的に、ニッコリと満面の笑みを浮かべて、レジーナさんの顔を見る。
目と目を合わせて、真面目で誠実な人間に見える様な雰囲気を意図的に醸し出す。
何となく、レジーナさんが一瞬怯んだようにも見えた。が、気にせず、誠実な人間ですよと主張する圧を、ググっと更に掛ける。
「あの。先程の方ですが...」
「はい?」
何故か、ぽっ、と少し赤くなるレジーナさん。
へ?
「この後、いつ、お会いできるのでしょうか?」
「は?」
筋肉イケメン親父が、彼女の好みド真ん中?
などと思わず考え込んでしまった俺は、一瞬呆けて...間抜け面、に。
「立派な筋肉、だったもので」
「...」
「一度お手合わせをと...キャー、なに言わすんですか、恥ずかしい!」
無防備な俺に、俺の右横に立ち右手に薙刀を持つレジーナさんの突っ込みが、炸裂した。
物理的には、彼女が持つ薙刀の柄が高速でブンと半回転し、見事に俺の腹部を直撃。更に、その薙刀の柄は勢いを維持し、俺を引っ掻けたまま、気前よく残りの半回転も決行して猛然と振りぬかれる。
俺は、見事に、ぶっ飛ばされた。
俺の人生で(たぶん)初の、女性から物理的にぶっ飛ばされるというレアな経験。
なされるがままの自然体で、俺は、放物線を描いて宙を飛ぶ。
俺の意識としては、ふんわりと。現実には、猛烈な勢いで。
のほほお~んと馬鹿面を晒して俺は、気分的には結構な時間の、現実的にはほぼ一瞬の、斬新な空の旅を満喫する。
あっ、腹部の傷が開いた。
おっ。後方に大木がある。
「キャー。すいません、すいません!」
そんな遠ざかって行くレジーナさんの声をBGMに、俺は、結構固い大木の幹へと激突した。
そして。またしても、俺は、この国に来て既に二度目となる、気絶という大変不本意な状態異常へと陥る事になるのだった。




