36.
少し寂れた農村の、村で一番立派な家屋である村長さん宅。
その家の中でも一番広い部屋だという食堂の、大きな食卓。
そんな場所にて、俺は、腹部というか胴体部分にぐるぐるとサラシを巻かれた状態で、食卓備え付けの椅子に座って食事をご馳走になっていた。
それらは、質素で素朴な料理ではあるが、心尽くしの食材を気前よく大盤振る舞いして供された物であろうことは、俺にもすぐに分かった。
広々としたテーブルの上には数多くの料理が並べられているのだが、一緒にテーブルを囲む人々は笑顔で料理を勧めるだけで、決して自らは手を出そうとしないのだ。
目が覚めた俺は、魔獣の襲撃からの救世主、で尚且つ、自身は大怪我をしてまで他に犠牲者が出ないよう大立ち回りをした英雄、として扱われていた。
いや、まあ。結果的に、俺以外には怪我人がでなくて良かった、よかった。うん、本当に。
そう。最終的には締まりのない形での退場となってしまった点については大変不本意ではあるが、お役に立てて何よりだった、とは思っているのだ。
けど。現状は、よろしくない。
無理をしてまで接待して貰うのは、俺の本意ではないのだ。
う~ん。俺の外見はそれ程は厳めしくないと思うのだが、身に付けていた衣服や装備が良い物だとはちょっと見れば分かっただろうから...委縮されてしまった、かな。
俺は少しばかり熱がでた影響もあって二日ほど寝込んでしまっていたようなのだが、どうやら、その間に村人さん達が悪い方向へと想像を膨らませてしまった、と推測される状況に陥っていた。
明るく広々とした食堂に、妙な緊張感が漂う。
さて、どうしたものか。
と。俺は、正面の席に落ち着かなさげに座っている少女の方へと、視線を向けた。
のだが...しかし、まあ、何と言うか。
意識が戻った瞬間にも、まじまじと見て思ったものだが...やはり、美少女さん、だよな。
水色の光沢あるストレートでさらさらな髪をワンレングスカットにしているので、ぱっと見には大人びて見えるのだが、暫く接してみて感じる雰囲気は、元気溌剌な女の子、だった。
まあ、実際、薙刀のような武器を縦横無尽に振り回して舞うように魔物を狩っていた訳だから、かなりのお転婆娘、なのだろう。
そのお転婆な美少女さんは、視線を右往左往させて、どう話を切り出すべきか悩んでいるようだった。
まあ。確かに、話題に困る、よねぇ。
俺が目覚めてから、彼女が色々とテンパっている間に、優秀な侍女さんが何やかやと動き回り、あれよあれよという間にこの場が準備されて、ろくに会話も交わさないままに此処まで来てしまったからなぁ。
と、いう事で。
「お嬢さんのお名前を、お聞きしても良いかな?」
「えっ...」
「俺は、アルフレッド。まあ、色々と事情があるのだが、取り敢えず現時点では冒険者、という事にしておいて貰えると助かるな」
「あっ...はい」
「で。お嬢さんのお名前は?」
「レジーナ・ウォートン」
「レジーナさん、ね」
「はい。この近辺、公国と荒野の境界を守護するお役目を授かっているウォートン騎士伯の娘です」
「そうかぁ。では、レジーナお嬢様、とお呼びした方が良いのかな」
「い、いえ。お嬢様という程の者では...」
「そうなんだ。では、レジーナさん」
「はい」
「いきなりで申し訳ないのだが。まずは、一つ、お願いがあるんだ」
「な、何でしょうか?」
「うん。あそこに見え隠れしているお子様たちを、このテーブルに座らせて貰えないかな?」
「えっと...」
「その上で、子供たちと一緒に、この御馳走を美味しく頂きたいのだが」
「は、はぁ...」
「良いよね?」
「...」
「何か、問題がある?」
「い、いえ...」
「そう。それは、良かった」
「...」
「じゃあ、遠慮なく。おーい、君たち、こっちにおいで!」
「「「...」」」
笑顔でぎこちなく固まった美少女と、その隣に並んで座る戸惑い顔したこの村のお偉方は、放置。
俺は、先程から、ちょろちょろと食堂の入り口付近から覗き込んでは隠れていた数人のお子様たちに、手招きする。
と、同時に。こっそり魔力を練って、魔法を発動。
一瞬硬直してから脱兎の如く逃走しようとしていた数人の小さなお子様たちとそのお仲間たちの背中を、やんわり且つがっしりと風で捕らえて、食堂の中へと強引に押し込んだ。
「「う、わわわわわ?」」
「「「ええっ?」」」
俺は、素早く静かに席を立ち、目を白黒させて戸惑っているお子様たちの傍らへと移動。
全員まとめて両手で抱え込みながら、テーブルの方へと戻ってくる。
そして。一人づつ持ち上げて、空いてる椅子の上へと配置していき、全員を着席させてから、俺も元の席へと戻り座った。
「さあ。それでは、食事にしよう」
「「「...」」」
「責任は全て、お兄さんが取るので、遠慮なく食べて良し!」
子供たちは全員揃って、一瞬、フリーズした後、ぎこちなく、俺の方を見た。
続いて、広々とした食卓の上に並ぶ沢山のお皿に盛られた料理を、恐る恐る見る。
そして。ゴクリと、唾を飲み込んだ。
うん。良い子たちだ。
俺は、そんな子供たちにニッコリと微笑み、大袈裟な身振りで勧める。
「さあ、召し上がれ」
「「「「「い、いただきます!」」」」」
こうして、俺は。
ラトランド公国にある小さな農村の村長宅にて、美少女と村人さん達とお子様たちと一緒に、賑やかな食事を頂く事となったのだった。




