([後]編-34)
俺は、真面目な顔を取り繕い、アレクを諭すように語りかける。
「ローズベリー伯爵家を継ぐには、俺の養子か兄弟姉妹になる必要があるけど、アシュバートン男爵家が伯爵に陞爵して辺境伯を継承することに、問題はない筈だよ」
「しかし...」
「リチャードさんの功績を考えるとそれ程は不自然でもないし、アシュバートン男爵家をアレクが継ぐのは既定路線だろ?」
「そうですが...」
「であれば、アレクが辺境伯の代理と後継者になっても、何の問題もないさ」
「...」
「実務面でも、俺よりはアレクの方が詳しいくらいだからなぁ」
「...」
って。おい、おい、アレク。ここは、透かさず反論するところだろ!
無言で納得顔のアレクに、俺は、思わず顔を顰める。
この反応は、想定外。
自分で言っておきながらも、ちょっと落ち込む。悲しいぞ。
...けど。まあ、そう。
うん、事実、ではあるよな...はは、ははは。
が。敢えて、ここは惚けよう。
「まあ、冗談はさておき」
「「「...」」」
な、なに。この、冷たい反応。
しかも。三人揃って、漂うシラケた雰囲気。
おい、こら。本気で、泣くぞ!
「ああ。勿論、分かっていますよ、アル」
「そ、そうか...」
「で?」
アレクには口調で、ご隠居様とリチャードさんには目線で、続きを促された。
俺は、一瞬、言葉に詰まる。
少し呆れた表情でアレクが、再び、口を開いた。
「続きを、どうぞ」
「あ、ああ。キャサリン王女の親友でもあるタウンゼンド侯爵令嬢からの申し出があったので、渡りに船とばかりに密約を結びはしましたが、ローズベリー伯爵家の当主をキャサリン王女に譲るのは、あくまでも条件付き」
「...」
「直近については万が一の場合に限定した保険みたいなもので、将来についてはキャサリン王女ご本人の意向や状況次第で優先順位を上げるといった程度の約束なので、現実問題として弊害はなし」
「...」
「そう考えると、私が不在の間における当面の危機対応に際してタウンゼンド侯爵令嬢からの全面的な協力を得られる、というメリットのみで、特にデメリットは何もありません」
「...」
「それに。当然、私は、ここに戻って来るつもり、ですから」
そう。
この世界で、俺の、アルフレッド・プリムローズの、帰ってくる場所は、ここ。
ローズベリー伯爵領にある開拓村であり、辺境伯の屋敷、なのだ。
そもそも、俺に、帰らぬ人となるつもりなど毛頭ない。
それに、ご隠居様がお若い頃にやらかしたと語り継がれている無茶に比べれば大した事ではない、と思うのだ。たぶん。
そう。それ程は大袈裟に騒ぐような事でない、筈なのだ。
まあ、確かに。少しばかり、タイミングよく色々と気になっていた事を片付ける機会があったので、これ幸いと自分に都合の良い処置を施した、と言えなくもない。
けど、まあ。ご隠居様たちの強引さに比べれば、可愛いもの、だ。
そう。ちょっとばかし、俺の意思を反映させたところで、大勢に影響はないだろう。
だから、少しばかり皆への恩返しを盛り込んでおいても良い、と思うのだ。
それに。聞くところによると、ご隠居様も孫にはデレデレ、らしいので...。
それは兎も角。
後顧の憂いもなく、久し振りに晴れ晴れとした気分で、新たな冒険へと踏み出すことになった。
しかも。快くとまではいかなくとも、渋々ながらであっても、皆、見送りに来てくれている。
という事で。
「では、行って参ります!」
俺は、辺境の砦から荒野へ、物見台の上から風の魔法を補助に使って勢いよく飛び出した。
ストンと綺麗な姿勢で着地、荷物が入った頭陀袋を肩に担ぎ直し、砦の物見台を振り返って大きく丁寧に一礼してから、荒野へと最初の一歩を踏み出す。
こうして。俺は、荒野の一人旅へと、出発したのだった。
* * * * *
無人の荒野を、一人で進む。
既に、後方を振り返っても、辺境の砦は見えなくなっていた。
とは言え。まだまだ、通常業務で荒野を巡回する際に歩き慣れている範囲内ではある。
この後の予定として、俺は、もう少し荒野の奥地に入り込んだ所で方向転換し、隣国と荒野の境界から距離を取ったルートで西へと向かい、ある程度までラトランド公国の側に移動してから進路を変え、荒野からラトランド公国へと秘密裏に入り込みたい、などと考えている。
ので。当面は、のんびりと、荒野の散歩を楽しむことになる見込みだ。
ただし。当然ながら、それ程は魔物が出没しない場所の移動であっても、警戒は怠らない。
薄く広く全方向に探査の魔法を照射して、魔物に限らず全ての生き物の動向を把握中、だ。
勿論、その警戒対象には、人間も含まれている。
が。現実問題として、現在の荒野に怪しい人物や集団が暗躍している恐れは全くない、筈だった。
荒野の巡回路も見直して平常時の警戒態勢も強化済みだし、王都に滞在中のノーフォーク公爵邸への訪問でラヴィニアさんと会った際に一緒にいた白猫ドラゴンのエレノアさんから仕入れた情報によると現在の荒野は秩序が維持された状態にあるそうなので。
まあ。荒野の秩序がどの様に維持されているかについての、詳細は不明、なんだが...。
どうやら、エレノアさんが顎で扱き使えるパシリ的な立場にある何ものかに何らかの手段で指示を出し、何やら画策して色々と細工を施しているようなのだ。
残念ながら、外見が無邪気な白猫であるエレノアさんを念話で問い詰めるのは至難の業なため、本人に惚けられてしまうと全く御手上げで、それ以上は何も分からない。
けど、まあ。エレノアさんがあれだけ自信たっぷりに断言するのだから、大丈夫なのだろう。
という事で。俺が展開する警戒網に何かが引っ掛かるような事態は発生せず、荒野は今日も平和だ。
そうなると、特にすることもない俺は、取り留めのない思索へと嵌り込んでしまうのだった。
そう。後顧の憂いなし、などと大口を叩いてしまったが、何か、忘れているような...。
あっ。
そう、そう。
ドジっ子メイドの侍女見習いであるグレンダさん、放置したまま、だった。
田舎育ちのほのぼの令嬢という設定を死守しながら医療の勉強に励んでいるジェシカさんの方は、期限までに村に戻すように手配済み、なので大丈夫。メイド長のジャネットさんにも、アレクにも、キチンと言ってある、筈。
ジェシカさんは、予定通り、五ヶ月後には一旦、叔母である村長夫人のロレッタさんの出産に備えて故郷に戻っていることだろう。
けど。グレンダさんの方は、どこまで話をして手配して貰っていたんだったっけ...。
侍女見習いの修行を卒業後にはアレクの専属にする、という件はどこまで合意を得ていたんだったか、思い出せない。
教育係を快く引き受けてくれたジャネットさんにも、確か、笑って許して貰っていたような記憶があるのだが、気のせいや妄想じゃないよな。うん、たぶん、大丈夫。
どうやら、グレンダさんは、アレクとの相性が良いようなんだよな。
いっそのこと、アレクの嫁にもらうか?
彼女は平民の孤児で間違いない、と思うけど、調査は必要だよな。
まあ、例え間違いなく平民だったとしても、適当な貴族家に養女として入って貰えば問題なし、かな?
そう。この世界と言うか、この国は、その辺が割と緩いようなのだ。
俺の際も、いきなり辺境伯の後継、だったもんなぁ。
勿論、本人たちの意向が最優先なので、あくまでも、そのような話になった場合には、だが。
ん?
もしかして、実は俺も経歴がロンダリングされていて知らないのは本人だけ、だとか。
いやいや、隠し子路線なんだからそんな細工はしていない、よなぁ。たぶん。
はあ。念のために一度はキチンと聞いておかないと、今後、何かの際にボロが出そうだ。
大変残念なことに、俺は、どうしても、嘘や誤魔化しで塗り固めた虚構に基づく対応が巧く出来ない。
たぶん、間違いなく、観察眼が鋭く頭の回る人間が相手になれば、俺の考えている事や思惑などお見通し、といった状況になるだろう。
現実世界というか現代日本でも、レベルの違う頭脳の持ち主って奴は存在した。
今の俺の近辺であれば、リチャードさんやご隠居様がそれに該当しそうだが、いやいや、ご隠居さんは頭脳派と言うよりは野生の超直感派か...じゃなくて。
この国の知識レベルや識字率などの裾野を考えると、この国には裏の裏があって超ハイレベルな何でも見通すような天才がゴロゴロといて高度な覇権争いが繰り広げられている、といったことは無い、と思う。
だから。時たま出会う普通に頭の切れる人たちと、正直かつ誠実なお付き合いさえしておけば何とかなる、と思いたいのだが...。
まあ、何だ。多少考えたくらいで結論を出るような話ではない、よな。
今考えても仕方がなさそうな諸々の事項については、全て片付けて辺境伯の屋敷に戻ってから、ゆっくりと考えることにしよう。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
ブックマークと評価、本当にありがとうございます。もの凄く、励みになります。
また、的確で親切な誤字脱字のご指摘には、感謝です。ありがとうございます。
よろしければ、まだの方は、この下の辺りにある「ブックマークに追加」をポチっとしておいて頂けると嬉しいです。
引き続き、よろしくお願い致します。




