34.([前]編-34)
青い空、白い雲。そして、目も前に広がる、だだっ広い不毛の大地。そして、地平線。
俺は今、辺境の砦に設えらえた物見台の上から、荒野を眺めていた。
ご隠居様の企みに嵌められて王都に出向き、王宮で国王陛下と謁見し、翌日の夜会に強制参加させられて社交界の空気を肌で感じた後、俺は、御前会議で王国の重鎮たちと対峙した。
その結果、ラトランド公国の内情を探ると、いう王命を受ける事となった。
王宮から退去する際には、ラトランド公国の公子様から強制割込みでの密談に持ち込まれたが便宜を図られて先行きを少し明るいものとし、キャサリン王女様の親友であるタウンゼンド侯爵令嬢からは強引なお誘いを受けて設けられた席での交渉を成立させ後顧の憂いを絶った。
その直後に王都から領都を経由して速やかに撤退し迅速に辺境の屋敷へと戻り、これらの結果と成果と得た情報を俎上に載せた上で、ご隠居様と執事のリチャードさんとアレクにも加わって貰っての対策協議を何度も何度も繰り返した。
そうして得た結論が、これ。荒野に旅立とうとして冒険者の出で立ちとなった俺、だった。
まあ、普段から俺は、辺境伯になったからといって派手派手しい格好をしていた訳ではない。が、見た目は大事だ。
だから、ここ暫くは、俺の感覚では馬子にも衣裳の状態が続いていたと言えなくもないのだが、果たして周囲からはどのように思われていたのやら...。
しかし。実用性重視の、魔物と対峙すること前提に整えた装備と長期間の屋外活動を想定した装いは、やっぱり、しっくり来るものがあるなぁ、と実感する。
そう。俺は、単身、荒野を経由してラトランド公国に入国し、大公の居城があるというマナーズの街を目指す事になったのだ。
* * * * *
俺は、間違いなく仏頂面であろうご隠居様と、苦虫を噛み潰したような表情をしている筈のアレクに、声をかけるべく向き直る。
「それではご隠居様、行って参ります」
「うむ」
「アレク、面倒をかけて申し訳ないが、後を頼むよ」
「...」
うん。予想通りの二人、だった。
かなり渋い顔をしたご隠居様と、盛大に苦虫を噛み潰したような表情のアレク。
一方で。二人と一緒に見送りに来てくれていたリチャードさんは、終始無言、だった。
心情を窺わせない厳格な雰囲気を漂わせた無表情のままで口を噤み、ジッと俺を見ている。
リチャードさんに見詰められて、俺は今、物凄く居心地が悪い。
睨まれている訳ではない、と思いたいが、他の二人と同様に、あまり好意的とは言い難い表情だった。
さて、どう声をかけるべきか。
などと、俺が悩んでいると...。
リチャードさんが、ずいっと、一歩前に出た。
「アルフレッド様。今回の探索行の目的を、お忘れにならないようご注意ください」
「あ、ああ。分かっている」
「無理する必要は全く御座いません。必ず、安全第一で行動して下さい」
「分かった」
「ご自身が抜ける穴を綺麗に塞いで最善の策をご準備された手腕については、感服致しました」
「あ、ああ」
「しかし。ご自身でお引き受けになった責務を安易に放り出す者だと評されても良しとする姿勢については、承服致しかねます。大変遺憾です」
「...」
「アーチボルド様も仰っておられましたが、伯爵位の継承をそのように軽く扱うものではございません」
「そうだぞ、アルフレッド」
仏頂面のご隠居様が、横から口を挟む。
その顔には、大変遺憾である、という心情がデカデカと大書きされていた。
「...はい。申し訳ありません、ご隠居様」
「万が一の際のプランの一つとして、カトリーナの子供たちの降嫁や養子縁組を検討していなかったとは言わんが、お前を中継ぎの使い捨てなどと考えたことは一度もない」
「はい。分かっております」
「本当に分かっておるのか?」
「はい」
「そうか。であれば、良い」
「ありがとうございます。ただ、タウンゼンド侯爵家の意向か、そのご令嬢の独断かまでは見抜けませんでしたが、得られる協力は早めに取り付けておくに越したことはない、と思いましたので」
「うむ。その点については、良い判断だが...」
「ローズベリー伯爵家の公爵位への陞爵と辺境伯の分家化は、国内貴族の力関係と今後のことを考慮すると、必要な処置かと愚考致します」
「う~む。選択肢の一つであることは認めるが、儂は賛成しかねるな」
「そうですか」
俺は、思わず、不満げに顔を顰めるご隠居様から視線を逸らす。
逸らした視線が、冷静に静観するリチャードさんと合った。
ので、問い掛けてみる。
「リチャードは、どう考える?」
「有力な手段の一つであることは認めますが、最適解とは言い難いですね」
「そうか」
「ええ。現段階で動くのは、時期尚早かと」
「...」
「ただ、今回の王命を受けての対応など、総合的な観点から考えると、決して間違いではございません」
「...」
「間違いではございませんが、アルフレッド様がそのような結論に至った点については、大変遺憾です」
「そうだ。儂も、大変不本意だ」
「...」
「そうです。全く納得がいきません!」
アレクが咆える。
常に冷静沈着だったアレクが、熱くなっていた。
「何故、私が、留守番な上に、辺境伯の代理と後継になど指名されているのですか?」
「ん?」
「意味が分かりません!」
「アレクなら、出来るだろ?」
「そういう問題では...」
「出来るだろ?」
「...」
俺が淡々と畳み掛けると、ある意味で生真面目なアレクは、ついつい冷静に考え込んでしまって少しクールダウン。
そんなアレクの様子を見て、俺は、冷静かつ論理的に語りかけて丸め込んでしまう事にした。




