([後]編-33)
俺とアレクは、仕方なくその部屋へと入り、勧められた見るからに高級そうなソファーに座る。
と同時に、部屋の扉が丁寧に閉められた。
そして。その瞬間、外の喧騒が遮断される。
静かに移動する侍女さんの微かな気配のみが、この部屋でその存在を主張する。
ピリッとした緊張感と静寂が、然程は広くないが品の良い高価そうな調度品で揃えられた部屋を満たす。
「まあ、まあ。そんなに警戒しなくても、タウンゼンド侯爵家は王家に忠誠を誓う穏健派に属しているので、ローズベリー伯爵家と敵対することはないよ」
「「...」」
シャルロットちゃんが、先日の夜会と同様に、フレンドリーな態度で接して来る。
が、その発言を言葉通りに受け取るのは、現時点では少し難しそうだった。
アレクに、警戒態勢を解く気配が全くないのだ。
「ははは。強引過ぎて、従者さんからの信用を損なっちゃったか」
「...」
「では、もう一押し、だね。ボクは、キャサリン王女の幼馴染であり親友だから、彼女の信頼を裏切るようなことは絶対にしないと誓うよ」
「...良いでしょう」
「ありがとう。流石にボクも、ローズベリー伯爵家を敵には回したくないので、信じて貰えてうれしいよ」
アレクが渋い顔をして、シャルロットちゃんを見た後、侍女さんを睨む。
そんなアレクを見て、シャルロットちゃんは苦笑い。
「マリー。お茶を、用意して貰えないかな?」
「承知致しました、シャルロット様」
マリーと呼ばれて微笑んだ鋭利な雰囲気を漂わせるキラキラ美女の侍女さんが、洗練された滑らか所作で茶器など準備し、三人の前にお茶と茶菓子を給仕する。
その一挙手一投足を、アレクは鋭い視線で見分する。
そんな様子を、シャルロットちゃんは、苦笑いで黙って見ている。
そして、俺は、そんなアレクと彼女たちを特に何も考えずに惚けっと見ていた。
うん。もう、何だか、どうでも良くなった。
すっと出されたお茶を一口飲み、お茶菓子の皿からクッキーを一つ摘んで口に放り込む。
「彼女は、ローズマリー・ウォルドグレイヴ。ボクの侍女で、護衛も兼ねてる」
「「...」」
「ウォルドグレイヴ伯爵家は、中立派で部門の家柄だから、仕える主家を裏切ることはないし、ボクとも長い付き合いだから信用できるよ」
「...まあ、貴女にとってはそうでしょうね」
「...」
「ははは。流石、アレクサンダー・ベアリング氏。隙がないね」
アレクとシャルロットちゃんが、表面上は和やかに水面下で火花を飛ばしながら、歓談中。
俺は、取り敢えず、シャルロットちゃんとの前哨戦をアレクに任せて、ほけっとお茶を味わうことに専念する。うん、美味しい。
けど。ウォルドグレイヴって、何処かで聞いた事があるような...。
「ああ、アルフレッド様。貴方は、マリーのお兄さんとは仲良しだそうですね?」
「...」
「容姿はよく似ているから、初見で気付いていたかな?」
「ま、まあ?」
「そう。マリーは、紅玉騎士団のウィリアム隊長の妹だよ」
げっ。クール系イケメン様の妹、だったか...。
世間は狭い、と言うか、我が国の貴族は少なくもないがそれ程多い訳でもないので、知り合いが増えれば自然と繋がっていくのも道理、だ。
が、あまりお近づきになりたくないカテゴリの人々もいるんだよなぁ。
微妙な表情の俺と、瞳から絶対零度の視線を出しながら微笑むアレク。
そんな俺たちを、何故だか嬉しそうに見るシャルロットちゃん。
はあ。もう帰っても良いだろうか...。
「まあ、彼の武勇もそれなりに有名だけど、マリーの方が強いんだよね」
「「...」」
「では。ローズベリー伯爵家の皆様もお忙しいだろうから、本題に入るよ」
「いや。少し、お待ち頂きたい」
「何だい、アレクサンダー・ベアリング殿?」
「経緯から考えて、当家にとっても機微な話題を扱うと思われるので、申し訳ないが、侍女殿には席を外して頂きたい」
「はあ、困ったな。これでもボク、一応は侯爵令嬢なので、殿方だけと密室で過ごすのは外聞が悪いんだよね」
「...」
「そうだ。アルフレッド様、遮音の魔法を使えますか?」
「...へ?」
「貴族が密談する際には、割とメジャーで便利な魔法なんだけど」
「う~ん。仕組みが分かれば出来そうな気もするけど、使ったことは無いなぁ」
「では、仕方がない。ボクの持っている魔道具を使わせて貰って良いですか?」
「ああ」
「ただ、二個しかないので、ボクとアルフレッド様の二人だけでの会談となるけど。良いよね?」
ニッコリと微笑むシャルロットちゃんと、渋い顔をするアレク。
何となく、シャルロットちゃんの掌の上で転がされているような感じがする。
たぶん、気の所為ではない、と思う。
しかし、まあ。アレクが駆け引きで押し負けるなんて、本当に珍しい。
シャルロットちゃんの見た目に騙された、のだろうか...。
まあ。十二歳の前髪パッツンで大和撫子にも見える可愛らしい女の子が、ここまで辣腕だとは思わないわなぁ。
腹芸が得意で大のおとなを自由自在に転がす小学六年生の女子。
うわぁ~。冷静に考えると、嫌だな。近寄りたくない。
腹黒美少女シャルロットちゃんが、無邪気な表情をして、手のひらサイズで円錐形の綺麗な魔石を差し出した。
「アルフレッド様。今、何か失礼なこと、考えていませんでしたか?」
「あはははは。そんな訳、ないだろ」
「そうかな。まあ、良いけど」
「...」
「アレクサンダー・ベアリング殿。これで、よろしいか?」
「いや。侍女殿からアルフレッド様の顔が見えるのは、駄目だ。読唇術を使われても困る」
「ははは。ホント、厳しいね」
「...」
「仕方ない。マリー、壁側を向いていて」
「承知致しました」
シャルロットちゃんの後ろに控えていた紅玉騎士団のクール系イケメンである第一小隊の小隊長さんにも引けを取らない腕前という女傑が、素直に、背中を見せて直立不動となる。
何だか、背中にも目が付いてそうな気もするが、アレクはそれで納得したようだ。
俺は、厳しい表情ながらも頷いたアレクを見てから、シャルロットちゃんから受け取った手のひらサイズの盗聴防止の魔道具を右手に取って軽く握る。
俺とシャルロットちゃんの周りで空気が騒めき、緩い膜で囲まれたような状態となった。
ただし、膜の内外で、空気の入れ替えは緩やかに行われている。
音、即ち空気の振動のみ、この膜がキャンセルしているようだ。
勿論、目で見える訳ではなく、探知魔法の応用で周囲を確認した結果だが...。
成る程。面白いね。
けど。この魔道具、触れている箇所から魔力をチョロチョロと引っ張っていくので、誰にでも使える物でもないよな。
便利だけど使用者を選ぶ、限定された用途のための魔道具、だよね。
まあ。こんな物、何かと隠し事の多い貴族以外に大金を投じて求める人もいない、とは思うが。
「では。本題に入ろうかな」
「ああ。話を聞こう」
こうして。紆余曲折の末に、やっと、この場が設けられた本題となる。
心持ち表情を引き締めて真剣な態度に改めたシャルロットちゃんとの、真面目なお話し合いが始まるのだった。




