32.([前]編-32)
結局、俺は、二人の高位貴族であるご令嬢からの熱いご要望とかなり強引な後押しを受け、先方のご迷惑にならないタイミングを慎重に見計らった上で声を掛けて間を取り持つこととなった。
それ行けやれ行け今すぐ行けと追い立てられ続けながらも、辛抱強く押し留めて踏ん張り、何とか不自然にならないタイミングを捉えて、さりげなく声を掛ける。
そして。多少の社交的なやり取りを行った後には、女の子二人に女性一人が引っ張られていく形となり、俺は晴れてお役御免となった。
ラヴィニアさんも最初は戸惑っていたようだが、キャサリンちゃんとシャルロットちゃんの少し押しの強い懐き具合にもすぐに慣れ、今は三人でわいわいきゃいきゃいと賑やかに談笑している。
そんな光景を、俺は、少し離れた位置で微笑ましく眺めていた。
そう。何故か、というか当然の帰結として、俺の横に佇むバーナード・ハワード氏と二人で。
「申し訳ありませんね、アランデル子爵殿」
「いいえ。私も、ローズベリー伯爵殿とは一度、お話ししてみたいと思っておりましたので、丁度良かったですよ」
「ははははは。それは、また、光栄ですね」
「何かと話題のローズベリー伯爵殿ですし、ラヴィニアの事についてもジックリとお話を伺いたいと思っておりましたので」
「...」
う~ん。気不味い。
ノーフォーク公爵夫妻とは、何度もお会いして親睦を深めたので良好な関係を保てている、と思う。
けど。その嫡男であり、ラヴィニアさんの兄という立場になったバーナード氏とは、初対面だった。
確か、普段は王宮勤めをしている二十代前半の独身男性、と聞いたような気がする。
俺がノーフォーク公爵家を訪れた際にはいつも不在だったため、今まで顔を合わす機会もなかった訳だが、機会があれば話したかったかと言うと特にはそんな事もなかったので、この状況はかなり微妙だ。
バーナード氏の方は、ラヴィニアさんを置いて帰る訳にもいかないであろうから、このまま待機、となるのだろう。
となると、やはり、俺が動くまではこのまま、だよな。
であれば。漸く、王女様とボクっ子侯爵令嬢から開放されたのだから、この夜会から撤退する良いタイミングが到来した、と捉えるべきだよね。
という事で、どのように話を切り出して自然なフェードアウトを実現しようか、と頭を捻る。
俺はご婦人ではないから疲れたというのでは理由にならないし、この後に予定があると言うのも少し無理があるかな...。
「ローズベリー伯爵殿は、アーチボルド閣下から、辺境伯の地位も一緒に継承されましたよね?」
「はい。先代から、公的な立場は全て引き継ぎました」
「であれば、お役目柄、この手の催しへの出席は免除されていたかと思うのですが...」
「ああ、そうですね。今回はたまたま、というか陛下からのご指示があっての参加です」
「陛下からのご指示、ですか?」
「はい。明確にはお聞きしていないのですが、ラトランド公国の皆様のこともあるので、王都の状況を把握しておくべし、といったご配慮かと思います」
「ああ。あの方々、ですね」
バーナード氏は、何とも言えない微妙な表情になった。
敢えての表明なのか、自然と漏れてしまったものなのか。
その意図については判断に迷うところではあるが、少なくとも、ベアトリス公女たちの評判が芳しくない、というのは間違えようのない事実だったようだ。
「王命により当家でお世話をさせて頂いておりますが、正直、対応には苦慮している状況です」
「やはり、左様ですか」
「ええ。残念ながら、我が国にはラトランド公国に関する情報があまり入って来ないので、祖国の状況が分からず不安になられている、という心情は理解できなくもないのですが...」
憂い顔になる、バーナード氏。
爽やか系のイケメン紳士が浮かべる憂い顔に、周囲から黄色い声が聞こえてきそうだ。
が、まあ、それは兎も角。
我が国としても、彼女たちを取り込むのか、外交のカードとして切るのか、はたまた飼い殺しにするのか、悩ましい問題だとは思う。
ご隠居様のお話では、今代の陛下には領土拡大の野心はないため、自然災害や魔物に対する備えなどを優先して内政の整備と国力の底上げを目指す、のが現在の我が国における基本方針なのだそうだ。
俺も、その方針に全く異存はないし、辺境伯としての実際の執務に際してもその方向性は何となく感じ取っていたので、違和感もない。
そして。我が国は、他国との国交が活発とは言えないが、周辺国との間で特に諍い等もなく、隣国とも領土に関する揉めごとは発生していない、という現状なのだ。
そんな状況下で、突然に降って湧いたかのように発覚した、隣国内での紛争の気配。
しかも。隣国である連合公国に属する一つの公国から、その正統な後継者と思われる面々が魔物が跋扈する危険な荒野に逃げ込んでいた、という異常事態は、看過することの出来ない問題だ。
その一方で、あくまでも隣国内の内政問題と言えなくもないので、取り扱いが難しい微妙な問題とも言える。
そして。通常であれば、情報収集を行って様子見に徹するところではあるが、現状はそれが許されない状況に陥っている。
そう。人道的には当然の対処ではあったのだが、辺境伯であるローズベリー伯爵本人が、ラトランド公国の貴人御一行様を救出した為に。
しかも、所属を示すものは何も身に付けていなかったとはいえ明かに軍属と思われる集団を相手に、小競り合い程度ではあったが戦端を開いた上での救出劇となってしまった。
勿論、国家間の戦闘ではない、と知らぬ存ぜぬでしらを切り通すことは可能なのだが、その際には、我が国で保護しているベアトリス公女たちの言動にも注意が必要となる。
当然、我が国のベアトリス公女たちに対する処遇についても、論点になり得る訳だが...。
「ベアトリス公女殿下が活発に活動されているのは分りましたが、パトリシア公女殿下やエルズワース公子殿下も同様なのですか?」
「ええ。皆さん、精力的に活動されていますね」
「そうですか...」
「他のお二方には年齢による制限もありますので、ベアトリス公女殿下ほどは表舞台に出てきていません。ですが、王都の社交界に着々と足掛かりを築いておられる、といった状況ですね」
「う~ん。これは、当家も少し対策を練り直した方が良さそうですね」
「...」
「さて、どうしたものか...」
「アーチボルド閣下やアシュバートン男爵殿からは、何か聞かれておられませんか?」
ご隠居様と、アシュバートン男爵...って、ああ、リチャードさんか。
まあ、王国内では英雄視されているご隠居様や、当家の敏腕執事であり名参謀としても有名なリチャードさんの動向や意向を気にするのは、当然か。
けど。なぁ~んにも、聞かされていないんだよなぁ。悲しいかな、いつも通りに、事前の説明など全く無かったのだ。
「...いえ。現時点では、特に何も」
「そうですか」
「ええ。ただ、ご隠居...じゃなく先代の事ですから、ノーフォーク公爵ご本人とは直接、何かご相談されているかもしれません」
「そ、そう、ですね」
「たぶん、先代とあのリチャードさんの事ですから、何やら暗躍してそうです」
「ほう、そうなんですか?」
「ええ。今回も、何の事前説明もなく唐突に王都行きを申し渡されて、酷い目にあいましたから」
「はあ...」
「陛下から翌日の夜会に出るよう指示されるなど、想定外にも程がありますよ」
「...」
「大慌てで準備するために王宮を辞去しようとすれば、キャサリン王女殿下に捕獲されて振り回されるし」
「...」
「何とか準備が間に合ったと思ったら、直前になってパートナーの手配が漏れていると気付くし」
「...」
「どうにかして会場に潜り込めば、またもや、キャサリン王女殿下に捕まるし」
「...」
「更には、とどめとばかりに、ベアトリス公女殿下から罠を仕掛けられましたから」
「...」
「絶対に、何か仕込まれてますよね。仄かな悪意すら、感じます」
「...」
「養父殿かリチャードさんが、裏で手を回しているに違いありません。まあ、半分は愉快犯で、残り半分に深慮遠謀が含まれているのでしょうが...」
思わず遠い目をしてしまった俺を、同情の眼差しで見るバーナード氏。
すぐ傍で美少女三人が賑やかに談笑しているテーブルの明るい雰囲気とは対称的に、見た目の色合いも空気も唯々ひたすらにドンヨリと暗くなっていると感じてしまうのは、決して俺の気のせいではないと思う。




