([後]編-31)
キャサリン王女様と侯爵令嬢シャルロットちゃんは、並んで座り、お互いの顔を見ながら楽しそうにお喋りを続ける。
まるで双子のように、正面に座る俺から見ると左右対称となるお揃いのポーズで。
これは、絶対に狙ってやっている。
入念に練習を繰り返したに違いない、と俺は心の中で力強く断言する。
ただし。残念ながら、俺には、それを声に出して彼女たちに指摘できる程の根性がない。
唯でさえ不毛な時間が、更に居心地の悪いものとなった上で大幅に延長される未来がまざまざと目に見えている、から。
その結果、当然の帰結として...。
話題の中心にいるであろう俺を置いてきぼりにしたまま、彼女たちの会話は、まだまだ続くのだった。
「ラヴィニアさん?」
「そう」
「ノーフォーク公爵令嬢の?」
「そう」
「元ロンズデール伯爵令嬢で、現在のラヴィニア・ハワードさん?」
「そうよ。アルフレッド叔父さまの、婚約者候補の筆頭の...」
「こらこら。こんな公の場で、君のような立場の人間が滅多なことを言うもんじゃないよ」
「あっ、ごめんなさい」
「そんな噂があるのはボクも知ってるけど、確か、両家の間では特にそういった話はなかった筈だよね」
「うん。何もないよ、けど...」
「キャサリン?」
「うっ、分かったわよ。シャルロットの意地悪!」
「いやいや、そういう問題じゃ...」
「ふん!」
「はいはい。で、そのラヴィニアさんがどうしたんだい?」
キャサリンちゃんとシャルロットちゃんによる仲良し二人組の会話は、止まる所を知らない。
現代日本であれば、十二歳は小学校の六年生。
まだまだお子様だけど、女の子は早熟なので、お子様扱いは厳禁だ。
レディとして扱わないと、後で酷い目にあるのは確実。
なので、無碍にできない。
けど。ホント、もう帰ってもいいよね?
「アルフレッド叔父さま、分かった?」
「...」
「あ、ボクもボクも!」
シマッタ。聞いてなかった...。
けど、聞いていなかったと訊き直せそうな雰囲気じゃない。
ぱっと見は可愛らしい女の子二人が、お目めギラギラのガブリつきモードで迫って来ている。
「あ、ああ...」
「「よっしゃー!」」
「あ、いや...」
「となれば、善は急げよね。確か、光沢ある薄桃色のストレートヘアだったわよね?」
「うん、そう。すらっとしていて姿勢の良い美人さん、だった筈」
「ま、まあ...」
「ちょっと叔父さま、真剣に探してよ!」
「そうそう。ボクからも、お願いするよ。前から一度、お話ししてみたいと思っていたんだよね」
「...」
「ラヴィニアさんって、以前にちらっと見た時には何だか御姉様で近寄りがたい雰囲気の方だったけど、きっと良い人なんだと思うの」
「そうだね。ローズベリー伯爵家が総力を挙げてバックアップしたくらいだから、知的な淑女だと思うな」
「...」
「う~ん。ここから見える範囲には、見当たらないわね」
「...そうだね。って、あれっ?」
「ん、どうしたの?」
「もしかして、そこにいるお姉さんが、そうじゃないかなぁ」
「あっ...うん、そうね。たぶん、正解だわ。ねぇ、叔父さま、そうだよね?」
二人の美少女からのお強請りは、ラヴィニアさんを紹介せよ、というものだったようだ。
まあ、紹介して減るものではないから、二人からの要望に応えること自体に問題はない。
ローズベリー伯爵家は、王家とは勿論、王家に忠誠を誓うタウンゼンド侯爵家とも友好関係にあるので、ノーフォーク公爵令嬢であるラヴィニアさんとのお付き合いに際しても、家柄として危惧されるような点など何もない。
つまりは、ノープロブレム、だ。紹介すること自体は。
問題は、今、ラヴィニアさんが何処で誰と何をしているか、なんだが...。
ラヴィニアさんは、意外とすぐ近くに居た。
ここから少し離れたテーブルの傍、相方が何処ぞのおじ様とにこやかに会話しているその横で、静かに控えていた。
そう。安定の無表情にも見える微笑みを浮かべて。
ただし。その相方に、俺は、見覚えがなかった。
というか、俺が知っている顔の方が少ないので、知らなくても何の不思議もない訳だが...。
イケメン、だった。爽やか系の紳士な御仁、のように見える。
ある意味、ラヴィニアさんとはお似合い、だ。
何となくモヤモヤというか悔しいような気がしないでもないが、本日のラヴィニアさんをエスコートしているのは、ぱっと見は人望の厚そうな若いイケメン紳士だった。
二十代前半の、高位貴族の男性。
ラヴィニアさんと並ぶと、美男美女の理想のカップルの出来上がり、だ。
うん。何だか、悔しいぞ。
「一緒にいるのは、アランデル子爵だね」
「アランデル子爵?」
「そう。ノーフォーク公爵家の嫡男で、次期当主。バーナード・ハワード氏、だよ」
「ふう~ん。アルフレッド叔父さまでは、張り合っても分が悪いわね」
「ははは。辛口な意見だね」
「だって、ねえ。普通は、年下のアルフレッド叔父さまより、年上で包容力がある大人の男性の方が良いでしょ?」
「う~ん。それは、本人次第だと思うけど、どうかな?」
「わたくしは、そう思いますわ」
「ははは。ボクは、賛同しかねるな。それに、あの二人は兄妹だよ」
「でも、ラヴィニアさんは養女なんだから、どうにでもなるでしょ?」
「まあ、そうだけどさ」
第一王女様とタウンゼンド侯爵令嬢による楽しい会話は、まだまだ続くようだ。
俺は、心の中でそっと、ため息を吐くのだった。




