31.([前]編-31)
豪勢なシャンデリアによって眩しいくらいに煌々と照らし出された、王宮のメインホール。
その中央付近には、全方位からビシバシと人々の強烈な視線が集まってくる。
俺は、そんな視線の数々に気後れしないよう姿勢正しく背筋を伸ばして、颯爽と歩く。
そして。不本意ながらも選択の余地がないため、別の意味で秘かな注目を集めている喫茶飲食兼休憩ゾーンに設けられたテーブル席の一つへと、憂鬱な気分を隠蔽しつつ向かうのだった。
そこでは、見ためは優雅にデザートを楽しんでいるようでありながらも微妙に不機嫌なオーラを纏った美少女その一が、俺たちを無言で待っていた。
俺は、隣で可愛らしく微笑む美少女その二の影響もあってか、少し前からずっと、純粋な好奇心から嫉妬や悪意の混じったものに至るまで多種多様な視線に晒され続けてきた。
そんな状況に心底うんざりしながらも、俺は、どう考えても間違いなく不機嫌であろう美少女その一に挨拶するため、多少引き攣り加減となっている笑顔を苦労して何とか維持する。
そして、重い口を開こうと...。
「ごめんよ、キャサリン。一人にして」
「シャルロットの所為じゃないし、私も、あれは良い判断だったと思うもの。仕方ないわ」
「ありがと。流石は、出来る王女様だよね」
「ふふん。褒めても何も出ないわよ」
「ええ~。ボク、だいぶ頑張ったんだけどなぁ」
俺は、またもや、置いてきぼり。蚊帳の外、だった。
デジャブー、という奴だ。
目の前には、ぱっと見はそっくりな、よく見ると全く異なるタイプの美少女が二人。
第一王女であるキャサリンちゃんと侯爵令嬢であるシャルロットちゃんは、俺などこの場に存在しないかのように二人の世界をつくっている。
ただ、まあ。今回は、俺の方に瑕疵というか大きな借りがある立場なので、文句を言える筋合いではないのだが...。
「ところで、シャルロット。アルフレッド叔父さんの歯応えはどうだった?」
「う~ん、そうだねぇ」
「やっぱり、ダメ駄目?」
「いや。半日での急造仕立てにしては、よく頑張っていた方かな」
「あら、そうなの?」
「うん。結構、ハードに攻めてみたけど、何とか反応していたよ」
「シャルロットがそう言うなら、なかなかの技量、なんだね。意外だわ」
「ははは。ただ、まあ、残念ながら、周囲の状況を把握しながらの牽制や情報収集などに暗躍できる程の余裕はなかったようだけどね」
「そうなの?」
「ああ。引き攣りながらも笑顔を維持するので精一杯、って感じだったかな」
「ふふふ。それは、見てみたかったわ」
「けど、まあ、何も知らない周囲の大人たちには、大暴れする元気なお子様を相手に苦笑い、といった感じで微笑ましく見られていたのじゃないかな?」
「ええ~、それは失礼だわ」
「そうかな?」
「そうよ。シャルロットは、立派なレディよ」
「ありがと。でも、ボク達はまだ未成年で十二歳のお子様、だからね。仕方がないよ」
クスクスと、楽しそうに笑い合う二人の女の子。
だが。
どこが可愛いお子様だ!
と、俺は、声を大にして言いたい。
確かに、シャルロットちゃんは、ダンスが上手だ。優雅に踊る。
けど。必要もないのに、露骨に、高度な技を駆使して次々と攻めたてて来るのだ。
俺は、足を踏まないよう、見苦しくならないよう、何とか踊り続けるだけで精一杯。
当然ながら、ダンス中は、シャルロットちゃんからの容赦ない突っ込み発言に、答える余裕など一切なし。
思わず、好意から助け舟を出してくれたのか、これ幸いと自らの欲求に従って気紛れに行動しただけだったのか、真剣に悩んでしまったくらいに苛烈だった。
そう。今、二人が繰り広げている会話のような、のほほ~んとしたものでは断じてなかった。
踊りながら言葉の駆け引きができないようでは駄目だね、などと駄目だしをされたが、そんな余裕などない状態に追い込んだ張本人から言われるのは、大変遺憾だ。
ただ、まあ。踊り終えてから、ダンスについては及第点を貰えたのは、悔しいけど少し嬉しかった。
けど、まあ。最後に、この調子で精進するように、などと申し渡されたのには憮然としてしまったが...。
* * * * *
見た目は可愛らしい双子と見紛う程によく似た二人の少女が、和気あいあいと仲良くお喋りを楽しんでいる。
ただし。その外見に反して、二人が交わす会話の内容には容赦がない。
俺は、遠い目をして惚けっと、そんな少女たちと同じテーブルに座っていた。
はぁ。もう、帰って良いよね。
うん。陛下から出されたお題は、クリアしたんだ。問題ない。
そうだ。何の問題も無いんだから、帰ろう。今日は王都の邸宅、明日は領都の領館、明後日は辺境の屋敷に。
あ、いや。確か、明日も陛下に呼ばれていたような気がする。
用件は教えて頂けなかったが、確か、何やら非公式に参加者限定での会議がある、とか。
はあ~。まだ、帰れないのか、辺境には...。
「ちょっと!」
「まあ、まあ、落ち着いて。キャサリン」
「ねえ、アルフレッド叔父さま!」
「ははは。目が死んでるね」
「アルフレッド叔父さま、ってば、聞いてます?」
「...ん、何だい?」
「もう。しっかりしてよ、まだまだ若いんだから」
「そうそう。ボク達と、三つしか違わないんだから、まだまだ若者だよね」
「...」
「で、聞いていたの?」
「...はて、何をだい?」
「ホントに、もう。ラヴィニアさんのことよ!」
「へ?」
我が国の第一王女様は、満開の笑顔で、更なる無理難題を吹っ掛けてくるつもりのようだ。
もう勘弁して欲しい、と心の底から願う俺だった。




