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   ([後]編-30)

 キャサリン王女様が、可愛らしく小首を傾げて、俺に微笑んでいる。

 ぱっと見は、天使のようだ。

 ただし。その()は、全く笑っていない。

 そう。彼女の心の声が、ダダ洩れ、だった。

 とっとと追っ払え、という台詞が、聞こえてきたような気がする。


 キャサリン王女様は、唯々俺だけを見ていて、ラトランド公国の第一公女であるベアトリス殿下の方は完全に無視。

 一方のベアトリス公女殿下は、ニッコリと笑って、俺からの返事を待つ姿勢を保っている。

 間に挟まれた俺は、またもや、タラリと冷や汗を流していた。


 さて。何と言って、この場から逃げようか...。


「あ~、申し訳ない」

「「...」」

「私も、ご挨拶の為に立ち寄っただけでして、王女殿下は、ここでご学友と待ち合わせされているそうなんですよ」

「まあ」

「王女殿下、お邪魔致しました。また、後程、お話しをお聞かせ下さい」

「ええ、よろしくってよ」

「では、失礼致します」


 俺は、スッと席から立ち上がり、キャサリン王女様に一礼する。

 そして。

 キャサリン王女様が座るテーブルから離れ、ベアトリス公女殿下と少し離れた位置で向き合う。


「ベアトリス公女殿下は、少しご休憩されますか?」

「いいえ」

「であれば...ん?」

「わたくし、ローズベリー伯爵様をお見かけして、こちらに参りましたの」

「さ、左様でしたか」

「ええ。辺境のお屋敷では、あまりお話しできなかったので、良い機会かと思いまして」

「...」

「ところで。ローズベリー伯爵様は、もうダンスを踊られましたか?」

「い、いえ、まだですが」

「あら、いけませんわね。それでは、わたくしと一曲、如何でしょうか?」


 ははははは。逃亡に、失敗した。

 しかも、心なしか周囲の空気が重い、ような...。


「...」


 ニッコリと怪しい微笑みを浮かべる、ベアトリス公女殿下。

 この人、こんなキャラだったっけ?

 何となく、蛇に睨まれた蛙のような気分になってきた。

 しかも。周囲を漂う、キナ臭い空気。

 どうやら、俺は、何かの地雷を思いっきり踏み抜いてしまったようだ。


 これは同意したら拙いパターンだ、と俺の第六感が、強烈に警告を発している。

 頭の中ではサイレンが鳴り響いている訳だが、肝心な思考の方は空回り。

 けど。これ以上は、返答を保留しておけるような猶予も無さそうだ。


「えっと...」


「お待たせ。アルフレッド様」

「...」

「遅くなって申し訳ない。これでも、ボクは、色々と忙しくてね」

「あ、いや」

「キャサリンも待たせたままなので、もうちょっと、待って貰えるかな」

「あ、ああ」

「すまないね。あ、そうそう、ベアトリス公女殿下」

「はい。何でしょうか、タウンゼンド侯爵令嬢様」

「聞いての通り、アルフレッド様には僕との先約があるんだ。申し訳ないが、またの機会にして頂けないかな?」

「そうですの?」

「あ、はい。申し訳ない」

「...そうですか。残念ですが、仕方ないですわね」


 ベアトリス公女殿下は、さも残念そうな表情をした。

 ただ。見る角度によっては、悔しそうな顔にも見えた。のは、たぶん、俺の気のせいでないと思う。

 しかも。一瞬、タウンゼンド侯爵令嬢であるシャルロットちゃんを睨みつけた、ようにも見えた。


 ひえ~、恐い怖い。

 けど。ベアトリスさんは本当に、こんなキャラだったのだろうか。

 再び、そんな違和感を感じた。

 辺境伯の屋敷に滞在していた頃は、もっと穏やかな美人さんだった、ように思うのだが。

 長女としての責任感もあって、自国の様子が気になり少しアグレッシブになっているのか?

 それとも。王都の社交界って実は、俺が考えているよりもずっと怖ろしい場所だったりするのだろうか...。


 などと。また、取り留めもない思考に浸ってしまう、俺。

 そんな俺にはお構いなしに、女性陣は、それぞれの思惑での行動を継続する。

 シャルロットちゃんは、キャサリンちゃんと何やら二言三言の会話を交わしてから、戻って来た。

 キャサリンちゃんは、詰まらなそうな表情をしてそのままテーブルに陣取り、デザートをつついている。

 ベアトリスさんは、既に何処かへ行ってしまったようで、俺からは姿が見えなくなっていた。


「お待たせ、アルフレッド様」

「いや、私は全く問題ないけど。キャサリン王女様の方は、良かったのかな?」

「仕方ないよ。背に腹は代えられない、って奴でしょ」

「そ、そうなの?」

「ええ。おじ様をあっちに取られると、色々と都合が悪いの」

「は、はあ。そうなんだ」

「まあ、ボクとしては、別の意味でも都合が良いので、一石二鳥だしね」


 そう言ってニッコリ笑ったシャルロットちゃんは、侯爵令嬢らしく優雅に、手を差し出した。


 そう。エスコートせよ、という俺への無言の要求だ。

 どうやら、俺には、このままフェードアウトするという選択肢は用意されていなかったようだ。


 まだまだお子様とはいえ、将来有望な一方で独特の感性を持つことである意味有名なシャルロットちゃんと、(おおやけ)の場でダンスを踊る。

 俺は、それが意味するところと今後の影響について、考えようとして...やめた。

 彼女が俺に救いの手を差し伸べてくれたのは事実だし、彼女にもこの場で俺とダンスを踊ることにメリットがあるとの自己申告もあった。

 よって。ここは、堂々と踊るべき。

 そう判断して腹を括り、俺は、背筋をピンと伸ばし姿勢を正した。


 そして。

 俺は、練習の成果を遺憾なく発揮すべく、タウンゼンド侯爵令嬢であるシャルロットちゃんの手を取ってエスコートし、ダンスフロアの中央へと向かって進むのだった。


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