30.([前]編-30)
煌びやかな照明に照らし出される豪華絢爛な調度品と、広々としたホール。そして、そこに集う着飾った人々。
王宮の一角にある王国で一番豪華なホールにて催されている、王家主催の夜会。
プランタジネット王国は、歴史はそこそこあるが小国でも大国でもない程々な規模の国家であり、王家と公爵家の他には三つの侯爵家と十二の伯爵家と百に満たない男爵家で構成される貴族たちによって統治されている、比較的アットホームな感じの王国だ。
だから、王家主催の夜会であっても、贅を尽くした途方もない規模、といったものではない。
が。やはり、王家が主催するものなので、格式に則った豪華で煌びやかなイベントではある。
そんな華やかな夜会の様子を、俺は、人混みから外れた壁際の隅っこ席から一人、眺めていた。
そう、一人で。
俺は、会場への入場時にパートナーが必須ということをすっかり忘れていたのだが、アレクや当家の皆さんは、てっきり俺が既にラヴィニアさんに依頼済みだと誤解していたのだ。
アレクたちが何故に相手をラヴィニアさんに限定していたのか、と疑問に思ったことは脇に置いておくとして。まあ、そのような理由で、本日の俺にはパートナーがいない。
しかし、一方で。夜会には、パートナーなしで正面から堂々と入場することが出来ない。
まあ、出来ないこともないというか不可能ではないらしいのだが、現実的でない。
変な意味での注目を浴びて居た堪れなくなる上に、後日やそれ以降にもあることないこと色々と噂されて酷い目にあう、らしい。
よって。仕方なく。俺は、一人でこっそりと会場入りしていた。
あまり褒められた行動ではないが、こういう会場には化粧室や休憩室から戻ったりする際に使用するための別の出入り口が必ずあるそうで、アレクに少しばかり骨を折ってもらい、俺はそちらから何食わぬ顔をして会場入りしたのだ。
国王陛下から賜ったご指示は、この夜会に出席すること。
入り口での名乗りを上げての堂々の入場ではなかったが、参加はしたのだから良いだろう。
そう勝手に解釈しておく。
拙かったかなぁ、と少しばかりビクビクしつつも、済んだことは仕方がない、と開き直ることにした。
うん。仕方がないよね。
俺は、出来るだけ目立たないように、壁の花ならぬ壁のシミ、というか景色の一部として会場に溶け込むようにと先程から心掛けていた。
紳士淑女の皆さんはあまり食事にがっつかないからか会場内では比較的人口密度が低くなっている喫茶飲食ゾーンで、目立たぬように大人しくしておこう、と思う。
ただ、まあ、折角なので、少しばかり気配を殺して不自然にならない程度の隠密モードを発動し、我が国で最高レベルを誇る食べ物の数々や飲み物を吟味しつつ、周囲の会話に耳を傾けて情報収集に精を出すことにした。
美味しい料理に舌鼓を打ちつつも、ご隠居様というかローズベリー伯爵家に仕える皆さんの料理への造詣レベルも相当に高かったのだなぁ、と改めて認識する。
うん。確かに、ここの料理は美味だ。
頬っぺたが落ちそう、といっても過言ではない。
けど。料理によっては、ローズベリー伯爵家で供されるものの方が微妙に美味しい、と思う。
もしかして、ご隠居様は、美食家だったのか?
いやいや、リチャードさんの方が実はグルメなのだ、といった線の方が濃いかなぁ...。
などと、王宮の料理を堪能しつつもお馬鹿な事を考えながら、俺は、周囲の会話に耳を傾けていた。のだが、残念ながら、他家の貴族の皆さんが交わす会話からは、あまり得るものが無かった。
というか、話題がゴシップばっかりなのには呆れてしまう。
それでも。何か少しでも有益な情報はないか、と諦めずに聞き耳を立て続けてみる。
けど、ダメ駄目だった。
たまたま陣取った場所が悪かった、という事だろうか?
はあ~、仕方がない、よな。もう少し、アンテナを伸ばしてみるとしますか...。
慎重に魔力を練って、この部屋の備品というか景色の一部として認識されるレベルまで意識阻害をこそっと強化。
周囲の会話に耳を傾けながら、のんびりと、テーブルからテーブルへと渡り歩く。
紳士淑女の皆さんが繰り広げる、見た目は楽し気な会話の数々。
うふふ、おほほ、あはは。
噂話にも貴重な情報が紛れ込んでいる、とは頭で理解はしていても、やはり、人には向き不向きがあると思うのだ。うん。
結局。こりゃ駄目だ、と俺は、匙を投げる事となった。
権謀術数が蠢く貴族社会、という程に高度な情報戦が展開されているとも思えず、俺は、早々にゴシップ満載の噂話からの情報収集を断念したのだった。
準備に四苦八苦し、家人の皆様にも色々とお世話になり、苦労の末に何とか参加まで漕ぎ着けた折角の王家主催の夜会なんだから。と、少しばかり頑張ってみようと思ってはいたのだが、参加したこと以外に是といった収穫なし、で終わりそうな雲行きだった。
俺は、ほけっと、テーブルに備え付けられていたソファーの様な豪華な椅子に座り、シャンパンの入ったグラスを片手に、未練がましく耳をそばだてて...。
ガシッと、いきなり背後から、両肩を掴まれそうになる。
慌てて、スイっと避け、そのまま横の椅子へと移動。背後を横目に見れる姿勢で、座り直す。
内心では冷や汗を盛大にかきながらも、表面上は余裕の態度を維持。
表情が多少は引き攣っていたかもしれないが、何食わぬ顔して、避けて当然の態を誇示する。
が。そんな行動には、あまり意味がなかった。
そう、そこには。
両手を腰に当てたお怒りポーズのキャサリンちゃんが、盛大に、こちらを睨んでいたのだった。
「何で、夜会に一人で来ているのよ!」
「...」
「無視しない!」
「いや、パートナーを頼める女性が居なかったもので...」
「はぁ?」
「...」
「嘘おっしゃい!」
「...」
「しかも、こっそり入場するって、どういう了見よ!」
「...」
「返事は?」
「...いや、まあ、参加さえすれば良いかと」
「んな訳、あるかぁ~!」
「ははははは...」
キャサリン・プランタジネット、十二歳。
我が国の第一王女様は、なかなかに、楽しい方だ。




