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29.

 プランタジネット王国の王都、その中心にある王宮にほど近い一角。

 貴族たちの豪華な屋敷が立ち並ぶ街並みからは少し外れた場所にある、ローズベリー伯爵家の王都邸宅。

 ローズベリー伯爵家は辺境伯としての役割もあって通例的に王都での社交は免除されている事もあり、普段は物静かなこの邸宅も、昨日からは息を吹き返したかのように活気づいていた。


 辺境の屋敷で久方ぶりの休日を寛いでいた俺は、恒例となりつつあるご隠居様の鶴の一声で、急遽の王都行きが決定したため、お馴染みの弾丸ツアーでアレクと二人、昨日の昼前にヘロヘロとなりながらも無事に王都入りを果たしていた。

 俺とアレクが王都のローズベリー伯爵家の邸宅に到着するや否や、待ち構えていた熟練の家臣団の皆様によって少し忙しない昼食を挟みながらも国王陛下との謁見準備が超特急で整えられて、あれよあれよという間に王宮へと送り届けられてしまった。

 そして。王宮で、昨日の午後、国王陛下に謁見した訳だが...。


 ローズベリー伯爵もしくは辺境伯を呼び出した筈の国王陛下は、暫し待て、と無言になり用件をなかなか切り出されない。

 何やら言いたそうな表情でこちらを窺い見る、だけ。

 結局は、翌日の王家主催の夜会に出るように、とのみ厳命されて俺はお役御免となったのだった。


 何が何やらさっぱり分からない事態の連続で、何を如何(どう)したら良いのやら全くもって理解不能ではあったが、招待客として王家主催の夜会に出席する、という課題が降って湧いてきた事だけは分かった。

 夜会、晩餐会、舞踏会。そう、武道会ではない。

 そんなものに俺が出て役に立つのか、というか、出席しても大丈夫なのか?

 表面的に和やかな会話をしつつ嫌味の応酬や腹の探り合いを繰り広げる、などといった芸当は、俺には無理。本当に。

 ん?

 もしかして、ダンスを踊る必要もある、のだろうか?

 任意の参加?

 いやいや。誘われたら、断ってはいけないって奴では?

 けど。俺は、ダンスなんか踊れないぞ。

 そう。入門編だけ座学レベルで軽く習っただけで、放置したままだった。

 俺は、たらーと垂れる冷や汗を感じながらおおいに焦って、少しばかり周囲への警戒が薄れた状態のまま、王宮内の庭園に面した渡り廊下を通った。ために、第二の災害に捕まってしまった。


 見ため双子な美少女たちによる私的なお茶会、への強制参加。


 結局は、日暮れ前になって漸く王女様と侯爵令嬢から解放され、王宮からローズベリー伯爵家の邸宅に戻れた頃には既に遅い時間となっていたため、昨日は何も出来ないままにベッドへとダイブして泥のように眠り、今現在を迎えている。

 そう。俺は、課題山積みのまま、何の準備も出来ていない状態で、清々しい朝を迎えていた。

 うん。王都の邸宅を受け持つ皆さんは、相変わらず良い仕事をする。

 今朝も、落ちついた過ごしやすい部屋の快適なベッドの上で、気持ちよく目覚めることが出来たのだった。


 さて。どうしようか...。



 * * * * *



 俺は、今、仕事が出来るベテラン侍女であり当家の家臣団を構成する主力メンバーでもある女性陣と、順番に、ダンスを踊っていた。


 現在のお相手は、恐れ多くも、アレクの伯母さまであり当家のメイド長でもあるジャネットさん。

 ラグラン男爵夫人として王都の社交界でも活躍されてる、現役バリバリのベテラン貴婦人だ。

 キビキビとした華麗な踊りで、俺をリードしてくれた。


 次に待ち構えるのは...。


 曲が終わり、ジャネットさんに一礼をしたところで、俺は、足を絡ませてしまいギブアップ申告。


「す、すいません。もう無理、です...」

「おほほほほ。よく頑張った方、かしらね?」

「そうですわね。皆、三曲ずつくらいは、踊れたかしら?」

「あ、ありがとうございます!」

「いえいえ。久し振りに、難しいステップをガンガン責めることが出来て楽しかったですわ」

「そうですわね。最近は、軟弱な殿方が増えましたし、体力バカなアーチボルド様たちの世代の強者は表舞台に出て来なくなりましたからねぇ」

「まあまあ、若者にはお手柔らかに、ね。過去ばかり美化していると、年寄り扱いされますわよ」

「ほほほほほ。まあ、実際、もう若くはありませんから、良いのではありませんか?」

「そうかしら。どうも、これといって目立つ若手が居ないので、まだまだ引退した気になれませんのよね」

「そうですわね。確かに、これからの第一王女様世代と既婚のベテラン世代との間が、少し寂しいかしら」

「でも、ノーフォーク公爵令嬢には、期待できるのでは?」

「そうね。期待の星、ではあるわね。けど、ご本人はあまり目立つことを好まれないようなのよね」

「う~ん」

「とは言っても、周囲が放っておかないのではないかしら?」

「そうよね。あの容姿で公式にはお相手が決まっていない公爵令嬢ともなると、虎視眈々と狙っている殿方が沢山でてくるでしょうね」

「まあ、ローズベリー伯爵閣下次第、かしらね?」

「へ?」

「あら、まあ、アルフレッド様。もう、休憩は十分ですか?」

「あ、いや...」

「は~い。では、次は、誰がアルフレッド様のお相手をされますか?」

「「「はい!」」」

「...」

「冗談は、さておき。これだけ踊れれば、今日の夜会は大丈夫でしょう」

「...」

「では、皆さま。解散!」


 メイド長であるジャネットの一声で、ローズベリー伯爵家を支える優秀な家臣団の主戦力である女性陣が、パッと散会する。

 優雅でかつ迅速に、余計な音は一切たてず、流れるように自然な動作で、各人の持ち場へと戻って行く。

 皆さん、突然のダンス指導のお願いにも嫌な顔一つせず、にこやかに楽しみながらキビキビとスパルタな内容の濃い実践的なカリキュラムを組んでくれた上で臨機応変な軌道修正も行い、長時間に渡ってお付き合いしてくれた。

 本当に、有難いことだと思う。

 皆さんには王都へ来る度にお世話になりっぱなしなのだが、今回というか今日も、大概だったと思う。


 俺は、思わず、彼女たちの後ろ姿に、心の中で深々と頭を下げる。


 お陰様で、本日一番の頭が痛い課題であったダンスについては、何とかなりそうだ。

 しかも、幸いなことに俺は男性だから、女性のようにドレスと靴や装身具の準備に始まって事前の念入りなエステまでのフルコースも必要ないので、あとはアレクに付き合ってもらって貴族年鑑の復習かつ総浚いをささっと片付ける、だけの筈。

 だから、王宮に出発するまでの残り少ない時間でも、大丈夫だろう。たぶん。


 今日の朝、ベッドの上で目覚めた時には、どうなる事かと途方に暮れたものだが、取り敢えずは、何とかなりそうな状況にまでもって来れたようだ。

 いや~、よかった良かった。

 俺は、ひとまず安堵して、ホッと胸を撫で下ろすのだった。


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