27.
開拓村の朝は、早い。日没後に遊ぶ場所があまり無く、夜も早いので...。
辺境伯の屋敷では、夜もそれなりの時間までは煌々と明かりが灯っているが、やはり、就寝時間は王都や領都に比べると少しばかり早くなりがちだ。
だから、朝をのんびりと過ごしてしまうと、一日があっという間に終わってしまう。
つまり。折角の美少女さん達と美少年に囲まれた眼福な昼下がりを過ごしていた一日も、イケメン二人との嫌々なお相手に時間を取られた上に日没まで迎えてしまうと、悪い印象の方が強烈に残ってしまうのだ。
諸行無常、って奴だな。たぶん。
そして。
楽しい一日の終わりに俺だけ貧乏くじを引いてしまった感のあるその翌日は、これまた、怒涛の勢いで一日が終わったのだった。
俺が、ほぼ日課となっている荒野の見回りに出かける準備と指示をしていた所に、あまり存在感の無かった騎士団の副長が二人、申し訳なさそうな様子で申し出をしてきたのだ。
彼ら曰く、紅玉と翡翠の両騎士団から数名ずつ、荒野巡回に同行したい、と。
騎士団で鍛える対人戦と辺境での対魔物の戦闘は全く違うものなので怪我でもされて問題になると困る、と渋ってみたのだが、あくまでも同行するのみで自分達の身は自分達で守って迷惑はかけないと低姿勢で、その旨を予め一筆書いておいても良いとまで言うものだから、仕方なく受け入れた。
まあ。騎士団としても良い経験と有意義な訓練になるだろう、と内心では思っていたので。
とはいえ。やはり、騎士団のメンバーもある意味ではお客様なので、それなりには気を使い、通常よりも時間をかけて広範囲を巡回し、魔物の退治にも万全を期してあたったのだった。疲れた。
最初は腰が引け気味だった騎士たちも、途中からは慣れてコツもつかみ、ガッツリと魔物退治を満喫して貰えたので、まあ、良かったとは思う。
流石は武芸の道に進んだ者たちだけはあり、例の小隊長さん二人は別としても、王国の剣としての自覚を持ち戦闘訓練にも真面目に取り組む姿勢は、気持ちが良いものだった。まあ、俺は疲れたけど。
そして。今日、これから。
紅玉騎士団の第一小隊と、翡翠騎士団の第一小隊は、それぞれの任務で、王都へと戻る。
紅玉騎士団は、王都に戻るノーフォーク公爵夫妻とラヴィニアさんを護衛して。
翡翠騎士団は、王都に招待するラトランド公国の公女二人と公子を護衛して。
当然、ローズベリー伯爵家からも、ラトランド公国からの賓客のお世話をするために、王都までは熟練スタッフをそのまま同行させる。
と、いう事で。辺境伯の屋敷から、大口の団体さんが、出発しようとしていた。
* * * * *
武骨で頑丈さが唯一の取柄とされる重厚な、辺境伯屋敷の正門。
そんな門が開け放たれ、その門を望む屋敷の玄関前の広場には、派手派手しい煌びやかな制服を纏って軍馬に騎乗した集団が、整列している。
その傍らには、絢爛豪華な馬車が、二台。と、それなりに豪華な馬車が、三台。など、など。
今日も、良い天気だった。
俺は、ローズベリー伯爵家の執事であるリチャードさんと補佐役のアレクを従え、見送りの列の指定位置に待機していた。
屋敷の中から、ノーフォーク公爵が夫人を伴い、優雅に足を運んで進みでて来て、俺の前で一旦立ち止まる。
ノーフォーク公爵とノーフォーク公爵夫人は、意味ありげに微笑み、一瞬、屋敷の方へと視線を向ける。
「ローズベリー伯爵殿、世話になった。最後に、もう一度、娘のエスコートを頼むよ」
「承知致しました」
俺は、ノーフォーク公爵夫妻に一礼する。
思わず苦笑しそうになったが、堪えて平然とした自然な態度を維持、屋敷の玄関へと向かう。
すると。
ちょうど、ラヴィニアさんが、日差しの中に現れた。
光沢のある加減によっては銀髪にも見える薄桃色の長い髪が、陽光に照らされて、キラキラと輝く。
やっぱり。綺麗、だよな。
と感嘆しつつも、流石に今回は、見惚れて惚けたりせずに、手を差し伸べてエスコート役を果たすべく行動する。
ラヴィニアさんの手を取り、視線が合う。と、ラヴィニアさんが、花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
ナニコレ、可愛い。
ラヴィニアさんの反則技に撃沈した俺は、またもや呆けて、皆の笑いものとなるのだった。
合掌。
けど。俺も多少は学習して耐性も出来てきた(と思う)ので、停止したのは一瞬の筈。たぶん。
ノーフォーク公爵夫妻のドヤ顔が、腹立たしい。
リチャードさんの冷たい眼差しが、痛い。
アレクの呆れ顔が、憎らしい。
ラヴィニアさんの後ろにいた侍女二人組のしてやったりというニヤケ顔に、思わず、デコピンを喰らわせたくなった。が、グッと我慢。
ローズベリー伯爵家の熟練スタッフの皆さんからの生暖かい視線に、居心地の悪い思いをする。ホント、勘弁して欲しかった。
それは兎も角。
どうにか誤魔化して、ラヴィニアさんを、ノーフォーク公爵家の馬車までエスコートする。
「ありがとうございました」
「お気を付けて」
ラヴィニアさんと小さな声で簡単な挨拶を交わし、馬車の扉を閉じる。
そして。
周囲の視線を浴びながら、俺は、泰然とした態度を保ってキビキビと歩き、見送りの列の中へと戻るのだった。
俺が、見送りの列における指定位置へと着き、何食わぬ顔して姿勢を正した。
と同時に、屋敷の中から、ラトランド公国の公女様たちと公子様の御一行が現れる。
すっかり怪我も治り、人前に出ることに躊躇しなくなったベアトリス公女が、にこやかに微笑みながら、俺に声を掛けてくる。
「ローズベリー伯爵さま。わたくし共に救いの手を差し伸べて下さり、ありがとうございました」
「元気になられて、良かったですね」
「はい。このご恩は、決して忘れません」
「私も、ラトランド公国と我が国の友好関係が、末永く続くことを期待しております」
「そうですね」
「はい」
「それと。パトリシアが色々とご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」
「...」
「わたくしから厳しく叱っておきましたので、ご容赦下さいませ」
ベアトリス公女は、俺に軽く目礼した後、チラリとパトリシア公女を見てから、前へ進み馬車へと乗り込んだ。
パトリシア公女は、神妙な顔をして静々とその後を歩いて続き、無言で馬車に乗り込む。
続いて。エルズワース公子がニコニコと俺に目礼をしてから馬車に乗り込み、馬車の扉が丁寧に閉じられる。
そして。騎士団に護衛された馬車の列が一斉に、辺境伯の屋敷を出発していった。
こうして。一気に、辺境伯の屋敷は、静かになったのだった。
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引き続き、気長にお付き合い頂ければ幸いです。よろしくお願い致します。




