([中]編-25)
辺境伯の屋敷には、女手が足りない。というか、当主の母親や妻もしくは姉妹など屋敷を取り仕切る立場にある女性が、一人も居ないのだ。
だから。どうしても、ガサツになってしまう傾向がある。
ただし。
ここ暫くの間に限ると、ローズベリー伯爵家のエキスパートな侍女とメイドの各種スキルを極めたベテラン勢が大集結しているので、そんな心配は無用な状態となっている。
しかも。立派な公女様が二人も滞在しているので、その近辺は華やかだ。
更に。ノーフォーク公爵夫妻とご令嬢が滞在するようになった数日前からは、ご隠居様がノーフォーク公爵夫人とご令嬢に屋敷内の装飾等に関して全権委任してしまったので、屋敷全体が加速度的に華やかさを増してきている。
うん。殆ど別世界、という奴だ。
別に改装や調度品の追加調達などした訳ではないのだが、変われば変わるものだと唯々感心するばかりの今日この頃だった。
そんな今の辺境伯の屋敷をある意味で象徴するのが、ここ、ベアトリス公女の部屋、だ。
華やかで可愛らしい女性的な雰囲気の調度品で揃えられた、陽光が差し込む明るい部屋。
表情が明るくなった金髪碧眼の美少女二人と、ニコニコ笑顔の美少年。
陽光を浴びて薄桃色の長い髪がキラキラと輝いて見える、お馴染みの少し釣り目気味で神秘的な美人さん。
そんな美少女たちと美少年が、にこやかに談笑している、明るく和やかな空間。
うん。眼福、だ。
私服なのに何故だか青色系統の色で揃えた華美な装飾でキラキラしい衣装を纏った、真っ赤な髪をしたキラキラ俺様タイプのワイルド系イケメン様。
私服なのに何故だか赤色系統の色で揃えた華美な装飾でキラキラしい衣装を纏った、真っ青な髪をした自己陶酔する唯我独尊なクール系イケメン様。
どちらもキラキラ笑顔を大盤振る舞いし、ワザとらしく前髪を掻き上げるなど決めポーズもバッチリだ。
しかも。全ての仕種が、ベアトリス公女とラヴィニアさんから一番格好良く見える角度で、完璧に計算され尽くされている。
ドン引き、だった。
なに、この、天国と地獄が同居している摩訶不思議空間。
というか、冷静に考えてみる、と。何故にこの二人のイケメン様に対して俺に此処までの拒絶反応が出ているのか、不思議だった。
勿論、朧気に残っているような気がする俺の現代日本での記憶にも、欧米系のきらきらイケメンとの忌まわしき思い出など無い、と思う。
この手のキャラクターが多数出演するという乙女ゲームとやらにも、恨みはない、筈だ。
仮にイケメンというカテゴリを日本のアイドルグループにまで広げたとしても、そのような記憶に心当たりは、全くない。たぶん。
まあ。残念ながら、俺の記憶は定かではないので、もしかしたら、という可能性も否定できなくは無いのだが、今のところ、この二人以外には特に過剰な拒絶反応が沸き起こる兆しはない、ようだ。
つまりは、この二人さえどうにか出来れば、問題なし。
という事で。騎士団のお相手は、クリスを担当として割り振って基本的には全て彼に任せていた。
のだが、何故か。今回もイケメン様の方から、しかも二人揃って、こちらへ接近して来たのだった。解せん。
美少女さん達と美少年が微笑む天国に視線を向けていても、ギラギラ眩しいイケメン灼熱地獄が右側から強引に視界の中へと侵入して来る。
俺は、そんな状況の繰り返しに、顔面の右半分が引き攣りそうになりながらも、辛うじて笑顔をキープして耐えていた。
そう。かなり頑張った、と思う。
このイケメン攻撃が始まって、そろそろ三十分。
もう、そろそろ、この場をお開きにしても良い、頃合いだよね。
俺が、ベアトリス公女とアイコンタクトを取り、了承の意思を確認してから、口を開こうと...。
「それは聞き捨てなりませんな、チュートン子爵殿」
「何か問題でもありますか、アイザックス騎士伯殿」
「勿論、問題あり、だ。氷雪の騎士という異名をお持ちの貴殿が加わったところで、翡翠騎士団が紅玉騎士団に負ける事など、あり得ない」
「そうでしょうか。紅蓮の騎士という異名をお持ちの貴殿が翡翠騎士団にいたとしても、紅玉騎士団の勝利に揺るぎはない、と確信しておりますが」
なに、この、茶番。
そこはかとなく漏れ出ている態とらしさと、俺の方を意識していると言わんばかりの露骨な目配せ。
うわ~。勘弁して欲しい。
「何だと。それは、俺に対する挑戦か?」
「いや、特にそのような意図はない。が、ご要望であれば受けて立ちますよ」
「ふん。ならば、勝負だ。三人の中で誰が一番強いか、ハッキリさせようじゃないか」
「よろしいでしょう。受けて立ちましょう」
「おうおう、二人とも、表へ出やがれ」
頭が痛い。
なに、これ。何の脈略もない、強引な展開。
三流映画でも、もう少し真面な論理構成をしようと努力しているよ。たぶん。
「はあ。勝手に、私を巻き込まないで頂きたい」
「おや。当代のローズベリー伯爵殿は、己が剣に自信がない、と?」
「ふん。そんな腰抜け、俺たちの敵ではないな」
「いや、まあ、別に争う心算など元から無いので、どちらでも良いのですが...」
イケメン二人が、少し、鼻白む。
しめしめ。これで、有耶無耶に...。
「アルフレッド様は、お強いですよ」
ラヴィニアさんが、場外から爆弾を投げ込んだ。
お転婆娘パトリシア公女の瞳が、キラリと光る。
「そうですよね。エルズワースは、全く歯が立たなかったものね」
「姉さま、酷いです。アルフレッド様は、現役の辺境伯閣下なんですから、僕より強いに決まっているじゃないですか」
「えへへ。ごめんごめん」
「わたくしは、アルフレッド様と荒野でご一緒したことが御座いますが、自我を失い凶暴化したドラゴンとも互角に対峙しておられましたよ」
「まあ、それは凄いですわね」
「へえ。って事は、アルフレッド様って、ドラゴンスレイヤー?」
「いいえ。退治ではなく保護しましたので、スレイヤーではないですね」
「あの、ラヴィニアさん。その話は...」
「あら、いけませんわ。ドラゴンさんのお話は、出来ないのでした」
「ええ~、聞きたいなあ」
「ごめんなさい。ただ、まあ、アルフレッド様がお強いのは確かですわ」
「「「...」」」
ラヴィニアさんの気持ちは、嬉しい。
けど、白猫ドラゴンのエレノアさんに関しては、部外者には秘密でお願いします。
どさくさに紛れてラヴィニアさんのお守りとして王都に送り込んでしまったんだけど、拙かったかなぁ。
いや、いや。ご隠居様にも、リチャードさんにも、キチンと説明して特にお叱りを受けなかったので問題なし、の筈。
けど。少し、心配になってきた。
ラヴィニアさんには、改めて後で念押しをして、ご隠居様に、何か追加で手を打つべきかどうか再度の相談を後でしよう。そうしよう。必ず、忘れないように。




