3. ([前]編-03)
ローズベリー伯爵であるアーチボルド・プリムローズ閣下から、伯爵の爵位と辺境伯の地位を継承してくるようにと申し渡された俺、アルフレッド・プリムローズ。
未だにしっくりこないフルネームに慣れる猶予も与えられないまま、次代の執事であり友人でもあるアレクことアレクサンダー・ベアリングと二人、王都へと向かう伯爵家の馬車の中へと放り込まれた。
いや、まあ。勿論、御者と護衛も兼ねた従僕が数人ほど同行してはいるが、豪華な馬車の中は二人だけ。
馬車が一台と、騎馬が三頭。
辺境の名もない開拓村から一路、ローズベリー伯爵領の領都であるローズベリーの街へと向かってひた走る。
何故だか、問答無用の全力疾走、だった。
まあ、仕方がない、とも言える。
朝食直後の朝も早い時間に発ったとはいえ、辺境の開拓村から領都ローズベリーの街までは、遠い。
遠いのだが、それ以前の問題として...。
ローズベリー伯爵閣下からのご指示は、明日の午後に王都の王宮で爵位継承のための謁見が予定されているので、本日中にローズベリーの街にある領主館に入るように、というものだったのだ。
土地勘の無い俺にでも分かる。無茶苦茶、だった。
高級な造りで豪華な装備が備え付けられた伯爵家の馬車の中なのに話をすると舌を噛んでしまいそうになる状況の中、なんとかアレクから聞いた話によると、開拓村からローズベリーの街まで通常であれば馬車で二日程かかる、というのだ。
ちなみに、ローズベリーの街から王都までは馬車で約一日の距離、だそうだ。
明らかに、無茶振りな、強行軍。
流石、ローズベリー伯爵閣下。容赦がない。
もう少しお手柔らかにお願いしたい、と思うのは、俺だけではないだろう。
這う這うの体で、というのとは少し違う気もするが、ヘロヘロになって何とか、その日の夜遅くにローズベリーの街にある領主館へと到着した。
御者と護衛と馬たちは、冗談抜きで本当に倒れ込むようにして何とか俺とアレクを領主館の玄関前で降ろすと、宿舎の方へとよろよろと去って行った。
お疲れ様、の一言に尽きる。
が、しかし。俺とアレクの方は、そのまま休ませては貰えなかった。
汗を流せと風呂に放り込まれ、サッパリして風呂から出ると其処にはベテラン侍女のお姉さま方が多数待ち構えていて散髪と整髪と身体に香油(?)を練り込むマッサージなどなどの強制施術で揉みくちゃにされ、残り少なかった体力と気力をごっそりと持っていかれた。
半分以上は朦朧として寝てしまいそうになりながらも根性で何とか夕食を取り、半分うわの空で明日の予定を聞いた後、ほぼ深夜も明け方に近くなってからベッドへと倒れ込んだ。
寝付いたと思った次の瞬間、俺は、王都の屋敷から今回の王都での対応の為に迎えに来てくれていた補佐役の紳士に、笑顔で叩き起こされていた。
まだ、真っ暗。夜明け前、だった。
「アルフレッド様。お急ぎ下さい」
「あ、ああ」
「アレク殿はもう起きられておられて、準備中ですぞ」
「申し訳ない」
「いえいえ。アーチボルド様の立てる計画は、いつも強行軍ですからな」
「...」
「さあさあ、お急ぎ下され。王都の伯爵邸まで、また馬車を飛ばすことになりますぞ」
「そ、そうですね」
「まずは、朝食を。腹が減っては戦は出来ぬ、です」
俺は、昨晩に聞いた筈だがどうしても名前を思い出せない王都での補佐役の紳士な御仁の説明を聞きながら、最短で身嗜みを整え、食堂へと向かう。
既に食事を始めていたアレクの向かいに座り、慌てて朝食をかきこんだ。ただし、マナーは死守。
そして、また。馬車の中の人、となる。
今度は流石に外聞もあるし、王都への道は交通量もそこそこあって道も整備されているので、昨日のように馬車が盛大に揺れる事はなかった。
非常識ではない程度で尚且つ可能な限り優雅にかっ飛ばしている馬車の中で、改めて本日の詳細な打ち合わせを行いながら、俺たちは王都へと向かうのだった。
* * * * *
ふう~。
俺は今、王都のローズベリー伯爵邸で割り当てられた自室に併設された浴室で、湯船に浸かって寛いでいた。
いや~。怒涛の一日、というか二日間、だった。
ホント、疲れた。やれやれ、だ。
無事に終わって、本当によかった、良かった。
午前中は早朝から馬車に揺られて移動したのだが、移動中はアレクと補佐役の紳士な御仁から王宮での国王陛下との謁見での爵位を継承する為の儀式的な手続きの段取りやら作法やらを叩き込まれた。
王都の伯爵邸に到着すると、何処からともなく現れた侍女さんやら侍従さん達やらに、物凄い勢いで着替えと着付けと飾り付けと身嗜みを整えられたかと思うと、すぐ様また馬車に放り込まれて、王宮へと出発。
王宮の門を通り抜けると、広大な庭園の中の道を進み、王宮の建物の前で馬車を降ろされた。
王宮の建物に入って、静々と歩き、静々と歩き、静々と歩き続けて、だだっ広い待合所的な部屋で長らく待たされたかと思うと、またまた延々と歩いた後、豪華な控室に通されて待ち、する事もなく気が遠くなるほど更に待たされてから、国王陛下への謁見となった。
国王陛下と王国の重鎮の皆さまの前で、アレクに叩き込まれた作法の通りに、緊張でガチガチになっている事を悟られないよう澄まし笑顔を顔面に張り付けたまま、儀式的な受け答えをやり遂げた。
優雅に前を向き、陛下への不敬とならないように気を付けながらも周囲の王国重鎮の面々に軽んじられる事がないよう堂々と振る舞うことに集中したので、陛下を含めて参列者の面々の顔を全く覚えていない。
覚えてはいないが、国王陛下からの、ローズベリー伯爵および辺境伯としての爵位の継承を承認する、というお言葉はしっかりと承ったので、問題なし。
無事役割を終えて謁見の間から下がると、控室に案内役の侍女さんと近衛兵のペアが待っていて、別室へと案内された。
案内されたその部屋で、待機していたアレクと王都での補佐役の紳士な御仁であるペンブルック伯爵と合流し、用意されていた軽食とお茶を頂いて暫く待機。
そして、そのまま、王宮でその日の夜に開催された舞踏会に、爵位継承のお披露目も兼ねての強制参加と相成った。
アレクとペンブルック伯爵に両脇を固めて貰い、貴族特有の高度なトラップや受け答え難度が高い難癖の処理はお任せしてしまい、笑顔でひたすら挨拶のみを繰り返すという苦行を数時間ほど続けた後、頃合いを見て這う這うの体で王都のローズベリー伯爵邸へと撤退して来たのだった。
本当に今日は良く働いた。よく頑張った、俺。
思わず、自分で自分を労う。
何とか失敗もなく、ローズベリー伯爵閣下というか養父殿からのミッションは完了できた、と思う。
たぶん、大丈夫。うん。大きな失敗はしていない、筈。だよなぁ...。
まあ、無我夢中だったので、失敗していても気付けていない可能性は多々あるが、少なくとも大きなトラブルは無かった。ので、大丈夫に違いない。
俺は、そう思うことに決めて、長々と入っていた風呂から出るため、溜息を一つ吐いてから立ち上がるのだった。