24.
豪華とは言えない武骨な造りではあるが、連綿と続き維持されて来た威厳のようなものが自然と滲み出ている、辺境伯の屋敷。
そんな辺境伯の屋敷の敷地内へと、頑丈さが一番の取り柄とされる重厚な正門を潜って、絢爛豪華な馬車が一台、到着した。
続いて、普通に豪華な馬車が二台。
更にその後から、派手派手しい煌びやかな制服を纏って軍馬に騎乗した集団が、整然と隊列を組んで門を潜る。
俺は、素知らぬ顔して歓迎の列に紛れ込み、リチャードさん横の指定位置に元から居たかのような顔をしてそっと立つ。
ほんのタッチの差で、王都からの賓客の到着には間に合わなかった。が、出迎えという意味では、ぎりぎりセーフだろう。
リチャードさんが横目でチラリと俺を見たが、特にコメントはなかった。ので、たぶん、セーフ。
それと。ざっと見た感じ、ご隠居様の姿は、この出迎え集団の中に無かった。
俺が領都からこの屋敷に戻って来て以来、ご隠居様は、文字通りのご隠居モードになっているので、この不在も何ら不思議な事ではない。
が。本当に体調が悪くて臥せっている時も稀にあるので、少し心配ではあったりする。
紅玉騎士団の一小隊が、ズサッという音と共に一斉に下馬し、ピシッと揃って整列した。
豪華な馬車の御者席にいた侍従が、素早く馬車から降りて回り込み、馬車の扉を丁寧に開ける。
馬車の中から、颯爽と優雅に自然な仕種で、ノーフォーク公爵ご本人が降り立った。
そして。洗練された動作で振り向くと、馬車の方へと手を差し伸べる。
そのノーフォーク公爵の手を取り、ノーフォーク公爵夫人であるオフィーリアさんが、優雅に降り立った。
俺は、リチャードさんに無言で促されて、ノーフォーク公爵ご夫妻の方へ、ゆっくりと歩み始める。
出迎え集団の中から一人、俺だけが、ノーフォーク公爵ご夫妻の方へと進みでた形になる。
俺とノーフォーク公爵の、視線があった。
ノーフォーク公爵が、俺にニヤリと笑いかけた。ような気がする。
ノーフォーク公爵は、オフィーリアさんをエスコートしたまま、少し横方向へ移動。俺から馬車の扉への続く道を、開けた。
「ローズベリー伯爵。娘のエスコートを、頼むよ」
「お願いしますね、ローズベリー伯爵」
「...承知致しました」
俺は、すっかり失念していた。
ノーフォーク公爵夫妻は、お二人揃って息ぴったりで無類の悪戯好きな方々だったのだ。
出来るだけ平然を装い、俺は、絢爛豪華な馬車の方へと近寄る。
まだ日は高く天気は快晴なので、明るい陽光と煌びやかな馬車の外装との対比で、少し暗めに見える馬車の中の様子は、俺からではよく見えない。
よくは見えないが、エスコートのため、馬車の方へと手を差し伸べる。
すると。
白くて細い少し小さくて綺麗な女の子の手が、俺の手を取った。
少し薄暗い馬車の中から明るい陽光の元へと、ラヴィニアさんが現れる。
光沢のある加減によっては銀髪にも見える薄桃色の長い髪が、陽光に照らされて、キラキラと輝く。
お、おお~。
やっぱり。綺麗、だよなぁ。
俺は、久し振りに見たそんな彼女の姿に、目を奪われてしまうのだった。
* * * * *
何度見ても神々しいまでの美しさ、というかキラキラ輝いて綺麗に見えるラヴィニアさんの登場シーンに、またもや呆けてしまった、俺。
一瞬、完全に停止して、見入ってしまった。
が、何とか誤魔化しながらもその場をやり過ごした俺は、取り敢えず、王都からの賓客を出迎えて歓迎するという役割を果たせた、と思う。
ノーフォーク公爵には生暖かい目で見られ、ノーフォーク公爵夫人にはキラキラわくわく好奇心一杯の笑顔でガン見されて、大変居心地の悪い思いをする事にはなったが...。
そんな些事は、兎も角。
辺境伯の屋敷は、王都から、王国でのホスト役を任命された高位貴族の夫妻と治癒魔法の女性使い手の一行を迎えて、一段と賑やかになったのだった。
ノーフォーク公爵夫妻とラヴィニアさんには、ラトランド公国御一行へのご挨拶をベアトリス公女の部屋で済ませた後、取り敢えず、屋敷内に用意した部屋で長旅の疲れを癒してもらう事になった。
あり余っていた辺境伯の屋敷の部屋も、流石に空きが少なくなってきたが、ラヴィニアさんには以前使っていた部屋を、ノーフォーク公爵夫妻にはラヴィニアさんの部屋と隣接する夫婦向けに続き部屋となっている二部屋を、それぞれ使ってもらう事とした。
勿論、その周囲には、同行の侍女や侍従の皆さんの部屋が割り当てられている。
当然、ラヴィニアさんの侍女であるミッシェルさんとエカテリーナさんの二人にも。
ちなみに。白猫ドラゴンのエレノアさんは、今回の滞在が短期間の予定だった事もあり、王都のノーフォーク公爵邸でお留守番をしている、のだそうだ。
懐かしい顔ぶれが全て揃わなかったのが残念、というよりは寧ろ、王都にドラゴンを単独で放置していても大丈夫なのか、といった事の方が大いに気になった。
が、今更気に病んでも仕方がない、とスッパリ諦める。
そう、それよりも。
今、俺のすぐ目の前で、現在進行形にてぶくぶくと湧き出している新たなトラブルに、頭が痛かった。
「ラヴィニアさん。私が、お供致しましょう」
「あの、わたくしは、このお屋敷に慣れておりますし、アルフレッド様も居られるので、大丈夫です」
「いえいえ。私の職務は、護衛ですから」
「あの。隊長さんには、養父様と養母様の護衛をお願いしたいのですが...」
「ノーフォーク公爵夫妻には、優秀な部下を三名ほど付けておりますので、御心配には及びませんよ」
「...」
「それに、我々の任務にはラヴィニアさんの護衛も含まれており、本日は私が担当ですので」
「...」
困惑した顔で、俺に視線を向けるラヴィニアさん。
初めて会った時に比べると、かなり、表情が豊かになったなぁ。と、感慨深い。
けど、まあ、彼女をよく知らない人から見ると、まだ、困惑しているとは分かり難い表情、なんだとは思う。
うん。たぶん、ラヴィニアさんの心情は全く伝わっていない、だろう。
どう見ても自己陶酔タイプと思われる、目の前のクール系イケメン様には...。
「ご遠慮は不要です。是非とも私に、ラヴィニアさんをエスコートさせて下さい」
「...」
豪華な装備と赤色系統の華美な装飾で統一された隊服を身に纏った、派手な出で立ちの真っ青な髪をしたイケメン様。
これまた、アレクとクリスのダブル解説によると、某伯爵家の跡継ぎで子爵位を持つ、婚活中の肉食系男子、らしい。
更に。クリスの追加情報によると、家に箔が付く嫁を探している野心家で、自己陶酔タイプの危ない男、なのだそうだ。
まあ。婚活中だとか、野心家であるとか、自己陶酔タイプであるかどうかの真偽は、横に置いておくとしても。出来るだけ関わり合いになりたくない、と普通の青少年が心の底から思ってしまうタイプの御仁、ではある。
勿論。俺も、叶う事なら、是非とも、関わり合いになりたくはなかった。
が。それも儚い夢、だったようだ。残念。
「ウィリアム・ウォルドグレイヴ殿」
「...」
はあ。
ワザと聞こえないフリのスルー、か?
俺は、ラヴィニアさんに目配せして俺の方へ少し移動して貰い、ラヴィニアさんと青髪クールなイケメン様との間へと体を割り込ませて、正面から対峙する。
「ウィリアム・ウォルドグレイヴ殿。ノーフォーク公爵令嬢のお相手は、私が勤めさせて頂きますので、持ち場にお戻り下さい」
「ローズベリー伯爵はよくご存じないのかもしれませんが、ノーフォーク公爵令嬢の護衛も我々の任務に含まれておりますので...」
「当家の屋敷内で、当家の者がお側に付いている時は、当家の者にお任せ下さい」
「しかし。私も、職務ですから」
「ノーフォーク公爵にご確認頂いても構いませんが、公爵令嬢のお相手は、護衛という意味も含めて私が承っております。ウィリアム・ウォルドグレイヴ殿には、ご遠慮頂きたい」
「...」
「では、ラヴィニアさん。参りましょうか」
「はい」
よくよく見れば何とか分るレベルで微かに嬉し気な笑みを浮かべたラヴィニアさんが、頷く。
俺は、青髪のクール系イケメン様の一見すると無表情にも見えるギラギラした眼差しに見送られながら、ラヴィニアさんをエスコートして、この場を離れるのだった。




