23.([前]編-23)
堅牢な城壁に囲まれた辺境伯の屋敷の敷地内にある、整地され土が固められた広場。
この、少し広めの空き地のようにも見える場所が、辺境守備兵のための練兵場だ。
ここは普段、個人での鍛錬や対戦試合など、各人が自主的なトレーニングを行う際に使われている場所だ。
そう。辺境では実践に事欠かないため、辺境守備兵には訓練用の立派な設備など必要がないのだ。
そんな、辺境伯の屋敷内にある練兵場で、俺は今、少しばかり困っていた。
刃を丸めた訓練用の剣を片手に、エルズワース公子と向き合い、対峙したままの状態で...。
赤髪キラキラ俺様系イケメンである翡翠騎士団第一小隊の小隊長殿に難癖つけられ絡まれた際にパトリシア公女から呼ばれて、俺がエルズワース公子と面会したのが、昨日の午後。
エルズワース公子から、怪我も回復したので少し鍛錬をしたい、との要望を受けて練兵場の確保に一日待って頂いてから此処にお連れしたのが、小一時間ほど前。
エルズワース公子が、素振りや型の練習などを黙々と繰り返した後、何故か一緒について来ていたパトリシア公女に、少し相手をお願い、と言って慣れた様子で姉弟による対戦練習を始めそうになったのが、ほんの少し前。
パトリシア公女は、やる気満々に見えたのだが、いざ訓練用の剣を持とうとしたところでドレス姿だったため、一瞬躊躇。
そう、躊躇した。かと思うと、すぐさまニヤリと悪戯っ子の微笑みを浮かべたパトリシア公女は、俺に、舌先三寸でエルズワース公子の相手を強引に押し付けたのだった。
と。そんな経緯があっての、現状だった。
さて。困った。
「ほら、ほら。アルフレッド様、構えて、構えて」
「いや、まあ、ねえ。パトリシア公女殿下、困ります」
「まあ、まあ、良いじゃないの。少しくらい」
「アルフレッド様、是非、お願いします!」
「はあ。エルズワース公子殿下まで...」
「さあ。さあ。男は、諦めが肝心よ。ね? アルフレッド様」
「...」
仕方がない、のか?
まあ、エルズワース公子と対峙した形になっている段階で、既に手遅れと言えなくもない、のだが。
「はい、はい。では、始めますよ~」
「よろしくお願いします!」
「...」
はあ。ご隠居様に怒られたら、その時はその時、と。腹をくくる、しかないか。
そうそう、怪我をさせない、いやいや、攻撃しなければ良い、よな?
相手は、他国の国家元首のご子息様だから、ご希望に副わない訳にも行かないが、三歳も年下のお子様なので大人な対応をするのもあり、だろう。たぶん。
と、いう事で。
俺は、基本的には受けに徹し、時折は軽く打ち込む程度に誠意を見せて、お相手する事にしたのだった。
* * * * *
辺境伯の屋敷内にある練兵場で、俺は、またもや困っていた。
訓練用の剣を両手で構えたエルズワース公子と、向き合って対峙した状態で。
練兵場の周りは、ちょっとした人だかりになっていた。拙い。
俺と相対するエルズワース公子は、汗だくになり肩で息をしながらも、少し不満そうな表情で闘志を維持している。困った。
俺とエルズワース公子を側面から審判よろしく眺めているパトリシア公女は、膨れっ面をしている。ヤバイ、かも?
練兵場の周囲では、入れ替わり立ち代わり、微笑ましそうな表情やら面白がる様子やらで、見物するローズベリー伯爵家縁の皆様が出入りしていた。
つまり。ご隠居様か執事のリチャードさんにこの状況が伝わるのは、時間の問題。というか、もう知られていると思って、間違いなし。
問題は、どのように伝わっているか、だが...お説教のフルコースは覚悟しておいた方が良い、のだろうな。
とほほほ、な気分だ。
目の前のエルズワース公子には、俺の誠意が伝わっていると思いたいが、見方によっては箸にも棒にも歯牙にも掛けないといった態度に見えなくもないので、落としどころが問題、だった。
形ばかりに少しお相手すれば解放されるかと思っていたのだが、どうやら、立ち合いを終わらせるタイミングを、完全に見誤ってしまったようだ。
俺の過失、大失敗だった。
真っ直ぐに俺の方を向いて不満の意を表明しているパトリシア公女は、まあ、放置しておこう。
八方塞がり、というか進退窮まった。どうしたものか...。
俺の額を、一筋の汗が流れる。
ちなみに。暑くもないのに俺の背中は汗びっしょり、だったりもする。
「もう~。アルフレッド様、真面目にやって下さい!」
「いや、ねえ、まあ。真面目に、やってますよ?」
「ほら、ほら。疑問形になっている時点で、もうダメ駄目ですよ」
「...」
「しかも、全く息が乱れていないし」
「まあ、そこは、ね。立場上、常に鍛えているので体力十分、というか」
「ふう~ん」
「そうそう、それに。打ち込みを受ける一方だったので、あまり動いていないし」
「へえ~。受けるのに精一杯だった、とでも仰るの?」
「いや、まあ、何と言うか...そう、鍛錬のお相手だからね。受けが主体で、問題なし!」
呆れた顔の、パトリシア公女。は、まあ、一般的には可愛らしい女の子、だよね。
「あのね、アルフレッド様」
「はい。何でしょうか、パトリシア公女殿下」
俺は、精一杯、胡散臭いかもしれない、誠実な笑顔を作ってみる。
パトリシア公女の笑みが、深まった。
「ア...」
「何事だ、これは!」
芝居がかった台詞と大袈裟な態度。
ピカピカ騎士服を纏った真っ赤な髪のキラキラ俺様イケメンが、颯爽と登場した。
ここは、乙女ゲームの世界か?
攻略対象として何人ぐらいのイケメンが競演する事になるんだ?
臭いぞ、キラキラ笑顔。
ワザとらしく、前髪を掻き上げているんじゃない!
格好良いぞ、この野郎。
決めポーズもバッチリ。勿論、パトリシア公女から一番よく見える角度に計算され尽くされている。完璧だ!
と。思わず、脳内突っ込みを展開してしまった俺は、たぶん悪くないと思う。




