20.
仕事の出来る熟練のメイド長でありアレクの伯母様でもあるジャネットさんに後を託して、俺とアレクは、王都を発った。
ジャネットさんは、ノーフォーク公爵家とも行き来する事があるそうなので、田舎育ちのほのぼの令嬢と化しているジェシカさんをラヴィニアさんによる治癒魔法の実技基礎講習に連れて行く、という役割もお願いした。
まあ。俺がそのまま王都に滞在したとしても、ノーフォーク公爵家へと何度も足を運ぶ口実には困ったのだろうから、正直助かった。
勿論。ドジっ子メイドの侍女見習いであるグレンダさんへのスパルタ教育も、ジャネットさんにお任せ、だ。
本当に、ローズベリー伯爵家のスタッフの皆さんは、ハイスペックだ。
何から何までお任せとなってしまい大変恐縮なんだが、有難い限りだった。
俺とアレクは、王都から領都まで馬車で移動し、領都から辺境伯の屋敷までは馬で駆けることにした。
早朝に、王都を出発。見苦しくない程度に、馬車の馬には早駆けをさせた。
領都からは、ローズベリー伯爵家自慢の駿馬を二頭、遠慮なく疾走させた。
そのお陰で。領都と辺境の開拓村との中継地点の町に、ぎりぎり夕食時には辿り着いた。
この町は、近隣では一番大きな集落ではあるのだが、村に毛が生えた程度の規模しかない。
そして。当然ながら、宿屋も一軒だけ。
その一軒だけの宿屋の、ローズベリー伯爵家が維持費を負担している賓客向けの部屋の一つを、俺とアレクで使わせて貰おうと思い訪れたところ...。
「ん?」
「あっ。こんばんは、アルフレッド様」
「おや、まあ、セドリックさん。こんな所で、って事は、開拓村に向かう途中ですか...」
今頃は王都でほのぼの令嬢として悪戦苦闘しているであろうジェシカさんの兄であり、あの村から開拓村へと移住する若者たちの取り纏め役でもあるセドリックさん。
約一週間ぶりの再会、となった。
そんなセドリックさんがここに居る、という事は...。
セドリックさんの後ろを覗くと、小さな町で唯一の居酒屋的な飲食店も兼ねている宿の食堂に、こちらを不安げに伺う若者たちが見えた。その数、六名。
あの村から、開拓村へと入植するために向かう、若者たち。
今日も早朝からずっと歩いて来た筈なので、皆、疲れているのだろうが、テーブルの上を見ると簡単な食事のみ。質素に済ませるつもり、のようだった。
あまり評判が良いとは言えない未知の場所へと出向く訳だから、途中で散財したり陽気に騒ぐ気分になれない、のだろう。
けど、まあ。ここで会ったのも何かのご縁、という事で。一杯の寝酒と多少のツマミくらい進呈したいところ、なんだけど問題ないかな?
いや、まあ。領主としては、依怙贔屓しては駄目、だからなぁ。
うん。俺が後から来て同じ宿に泊まることになったので、少し窮屈な思いをさせてしまう事に対するお詫び、という理由があれば良いよね。
という事で、俺は、俺の横で静かに控えていたアレクに、視線で合図。
アレクが、スッと寄って来たので、小声でお願い事をする。
「部屋は予定通りに確保、俺たちの食事は部屋で。あと、彼らにワインかエールを各一杯と多めのツマミを。で、手配を頼む」
「畏まりました、アルフレッド様」
アレクが、スッと離れて行き、宿の主を捉まえて周囲に聞こえない音量での会話しているのを横目で見ながら、俺は、少し離れて遠慮がちに此方を見ているセドリックさんに、軽く手招きをする。
セドリックさんは、背後の若者たちを気にしながらも、恐る恐る俺の方へと近付いてきた。
そんなセドリックさんに、俺は、背後の若者たちからもシッカリと見えるよう、親しげに笑いかける。
「遠路はるばる、ご苦労様。道中、何か困ったことはありませんでしたか?」
「いえ。大した荷物もなく、天候も良かったので、ここまで順調な旅でした」
「そうですか。それは、良かった」
「はい。ありがとうございます」
「移動は徒歩、ですよね?」
「はい。皆、体力だけは、あり余っておりますので」
「ははははは。それは、羨ましい」
「...」
「徒歩での移動であれば、開拓村に着くのは、明日の夕方ですね」
「はい。その予定です」
「であれば、束の間の旅も、今日が最後の宿泊ですか」
「...」
「では。私が同じ宿に泊まる事になり少し窮屈な思いをさせてしまう、そのお詫び、という事で、飲み物とツマミを少し用意させましょう」
「あ、いえ、そんな...」
「ほんの気持ちだけですが、旅の疲れを癒す足しにして下さい」
「申し訳ありません。お気遣い、ありがとうございます」
「いやいや、お詫び、ですから」
「...」
「私が行くと委縮させてしまいそうなので、皆さんには、セドリックさんから、よろしくお伝え下さい」
「はい。承知致しました」
「では。開拓村で、またお会いしましょう」
と。俺は、宿泊する部屋がある宿屋の二階へと向かおうとした、のだが。何かを忘れている気がして、ふと、立ち止まる
セドリックさんに視線を戻すと、彼も何やら言いたげだ。
「えっと...」
「...」
ポン!
と、思わず、手を叩く。
そうそう、忘れていた。と、思い出した。
「ジェシカさんは、希望通り、医療の勉強を毎日頑張ってますよ」
「そう、ですか...」
「ええ。医療に関する基礎教育の方は、かなりのスパルタ式で詰め込まれていて大変そうでしたが...」
「はあ、まあ、仕方ない、です」
「治癒魔法の方は、これから始める処だったので私も見れてはいませんが、優秀で優しい女性が教えてくれる事になっているので、心配はいらないと思うよ」
「そうですか。あとは、ジェシカが頑張るだけ、なんですね」
「ああ、そうだね。けど、たぶん大丈夫だと思うよ」
「ありがとうございます。安心致しました」
深々と、頭を下げるセドリックさん。
俺は、笑いながら彼の肩を叩いてから頭を上げさせ、仲間のいる方に戻るよう促した。
そして。アレクと合流し、宿泊する部屋がある二階へと続く階段を、のんびりと上るのだった。




