([後]編-16)
村の中心部から少し外れた場所にある、村人の生活用水を賄う為に設けられた、いくつかある井戸の中の一つ。
その井戸から水を飲んだ村人から病人が出た、との報告がされた。
しかも。健康な大人から、数日間も寝込んでしまう程の重病人が、一人でなく何人も。
という訳で、領都からの報告を受けたリチャードさんから耳打ちされたご隠居様に指名された俺とアレクが、ここ、現地へと調査に赴いた訳なのだが...。
井戸の水質に、問題なし。
井戸の設備や道具類にも、異常なし。
井戸の周辺にある他の水源の水質にも、不審な点はなし。
俺とアレクによる調査のやり方やその結果の説明に対して、異議を唱える村人は一人もいなかった。
ので、この井戸には問題がない、と宣言。
つまり。仮にこの村に病人が発生しているとしても原因は別である、との結論が確定した。
この時点で、ギャラリーと化していた大多数の村人たちは、安堵に少しの懸念が混じる複雑な表情を浮かべながら、パラパラと散会していった。
うん。後は、村長さんに任せて、日常の業務というかお仕事に戻って頂くのが良いと思うよ。
村長のフレデリクさん、俺とアレクにグレンダさん、それに数人の村人を加えた関係者一同で、三々五々に各人の仕事場へと向かう村人たちを、暫くの間、静かに見送った。
「では。続いて、自称被害者の方々からの事情聴取と治療検討、ですね」
「はい。それでは、こちらの方へお越し下さい」
そう言って、フレデリクさんが、元来た道の方へと戻って行く。
俺がフレデリクさんの後を追い、アレクとその小間使い(役を熱演中?)であるグレンダさんが続き、その後ろから残った数人の村人たちが、同じ方向へと歩きだした。
* * * * *
この村を訪れてから約三時間が経過し、お昼になった。
既にこの村を訪れた当初の目的は一通り片付け終えていたが、別途に追加の用事が出来たこともあり、俺は、滞在予定を少しばかり延ばす事にしたのだ。
その旨を伝えたところフレデリクさんからの申し出もあり、俺とアレクにメイド少女のグレンダさんを加えた三人で、今、村長さん宅にお邪魔している。
そして。フレデリクさんの奥様であるロレッタさんに、昼食をご馳走になっていた。
俺からお願いして恐縮されながらも了承して貰い、五人で同じ食卓を囲んでいる。
一般的なお貴族様だと借り上げると言って住人を放り出し家ごと丸々占有したりもするようだが、俺にはそんな横暴な事など出来ないので、家屋の一部を借用しているという名目で村長さん宅の食堂にある食卓の約半分を占有していた。
「私は、初めて農村地帯を訪れたのですが、この辺りの村は皆、豊かな農地を耕して平穏に過ごしているのですね」
「領主さまのお陰で...」
「そうですね。他の領地に比べると、ここは重税や理不尽なお達しも殆ど無いので、暮らしやすい方だとは思うわ」
「ははは。先代が厳格で豪快な人ですから、その波及効果という奴ですね。けど、他の領地でも、流石にこの王国内ではそこまで酷い所は無いですよね?」
「...」
「そうでもないけど」
「そうですか。ロレッタさんは、なかなか厳しいですね。そんなに、悪い事例を沢山、見て来られたのですか?」
何やら物言いたげに心配そうな表情でロレッタさんを見る、フレデリクさん。
ロレッタさんの方は、サバサバとした感じで、あまり気にしておらず、フレデリクさんの視線に軽く肩を竦めてかわしている。
この家にお邪魔してから、見る限りにずっと仲睦まじいお二人なのだが、奥様であるロレッタさんの方は、村の外の世界でも色々と体験している経験豊富な苦労人のようだ。
食卓での話題としては選択を間違ってしまった、と判断。
話題を変えよう。さて、何が良いかな...。
「ああ、申し訳ない。別に追及したい訳では無いので、この話題はここまでにして、先程の件で少し、教えて欲しい事があるのだが...」
「何で御座いましょうか?」
「いや、ね。自称被害者の方々のお住まいを訪ねた際の、反応が...」
「何か、お気に障りましたでしょうか?」
「いやいや、そうではなくて。あまりの悪臭と汚さに、思わず反射的に魔法で洗浄してしまったんだが...」
「ああ...」
「え?」
「「...」」
「どんな魔法を使われたのですか?」
「いや、まあ...」
「洗浄する魔法なんて、あったかしら?」
「ははは。まあ、全くのオリジナルという訳ではない筈ですが、少し珍しい魔法ではありますね」
「へぇ~。汚れた人を洗浄したんですよね。う~ん、想像がつかないな」
「そうですね。説明が、少し難しいのですが...」
「別に、危険は無いのですよね?」
「あ、こら」
「ええ、勿論」
「そうだ。私にかけて頂くことは、可能ですか?」
雰囲気が一変し、おめめキラキラ状態になった、ロレッタさん。
フレデリクさんは、呆れたような、微笑ましいものを見る様な表情で、ロレッタさんを見ている。
いや~、本当に仲良しさん、だな。
ちなみに、アレクとグレンダさんは、黙々と食事中、だ。
と。それは、兎も角。
村人たちの反応を見て、普通の人たちは魔法に慣れていないので忌避感があるのかと思ったのだが...ロレッタさんの反応を見る限り、そうでも無いのか?
いや。フレデリクさんの態度を見ると、彼女の方が特殊な事例で、先程の村人たちの方が一般的な反応のような気がするな。
「はははは。では、機会があれば、体験して頂くことにしましょう」
「そうだぞ、ロレッタ。今は、食事中だ」
「はあ~い」
「申し訳ありません、アルフレッド様」
「いやいや、話を振ったのは、私の方ですから」
「本当に、申し訳ありません」
「もう。良いじゃないの、気にしておられないのだから。それより、アルフレッド様、何をお知りになりたいのですか?」
「ああ。私が魔法を使った後の村人の反応が、あまりにも過敏だったもので、普通の領民たちの感覚を把握しておきたいと思いまして...」
「魔法に対する認識、ですか?」
「ええ。先程も少しお話ししたのですが、自称被害者の方のお住まいを訪ねた際、彼らのあまりの汚さと悪臭に、思わず反射的に魔法で洗浄してしまった訳なんですが」
「そ、それはまた、災難でしたわね」
「いや、まあ。それ自体は良いのですが、魔法で洗浄された村人が、驚愕して腰を抜かしてペラペラと自白した上に、二軒目への案内を頼むと、すっ飛んで行って」
「あら、まあ」
「その後を追って私たちが次の家に行くと、その家の住人である村人が、土下座しながら平謝りの勢いで泣きながら謝罪して自白する。といった、その繰り返しでして」
「そ、そうでしたか...」
「そこまで、魔法は恐れられているものなんでしょうか?」
俺が、そう言った瞬間。
ロレッタさんの表情が微かに強張り、フレデリクさんの顔から表情が消えた。
「農村部と街とで多少の違いはありますが、概ね、普通の人たちの感覚では魔法は恐ろしいもの、なんでしょうね」
「...」
「う~ん。使い方次第では便利なもの、なんだけどなぁ」
「残念ながら、例えそれが治癒魔法のような有難いものであっても、それにより多大な恩恵を受けたとしても、普通の人たちにとって魔法は得体の知れないもの、のようですわ」
「...」
「そうですか。納得は出来そうにありませんが、理解はしました。なかなか難しいものですね...」
どうやら、この話題も不味かったらしい。困った。
フレデリクさんが、心配そうにロレッタさんを見つめる。
ロレッタさんは、笑顔を浮かべたまま、誰とも視線を合わせずに遠くを見つめる瞳をしていた。
メイド少女のグレンダさんは、完全に空気と化している。
俺は、進退窮まって思わず、アレクの方へと視線を向け、助けを求めた。
ちょうど食事を終えたアレクは、軽く肩を竦めると、仕方ないなと呆れた表情をして口を開くのだった。




