14.
アレクと二人、轡を並べて、長閑な街道を優雅に、北西へと向かう。
この道は、王都から領都ローズベリーの街を経由し、ローズベリー伯爵領の穀倉地帯を抜けて隣のペンブルック伯爵領へと続く、王国の主要街道の一つだ。
今回の俺たちの目的地は、ローズベリー伯爵領北西部の豊かな農村地域にある、小さな村だった。
「麦畑のど真ん中を貫く街道を、のんびりと馬で進むのも、良いものだね」
「そうでしょうか?」
「ああ。見渡す限りに広がる農地を眺めながら、整備された立派な道を、ぼお~と馬に揺られて旅するなんて、贅沢だと思うよ」
「そう、かもしれませんね。今日は天気も良く、この辺りは気候も良い地域なので、確かに気持ちが良いですからね」
「そうだろ?」
目的地まで、領都から騎馬で飛ばせば昼過ぎには到着できる程の距離なのだが、現地で色々と片付けなければならない点も考えて、今日は手前の宿場町で一泊してから、明日の朝早くに現地入りする事になっていた。
だから、今日は、領地の東北部にある豊かな穀倉地帯を視察という名目で眺めながら、馬をゆったりと歩ませている。
「しかし。ローズベリー伯爵領にも、こんなにも豊かな土地があるんだな」
「ええ。そう言えば、アルは、ほとんど開拓村や辺境から出たことが無かったんですよね?」
「ああ。少し前の爵位継承でのドタバタを除くと、辺境以外では領都に数回ほど行ったことがあっただけ、かな」
「そうですか」
「俺に記憶のある三年間は、その大部分が開拓村と辺境でのジェイクやミランダたちと取り組んだ試行錯誤の連続に占められているし、直近の一年程は更に、アレクと一緒に受けるスパルタ貴族教育も加わったので、辺境から離れる余裕なんて全く無かったからなぁ」
「まあ。アルもローズベリー伯爵になった訳ですから、これからは、辺境以外の領地についても掌握しなければなりません。今回は、良い機会になるでしょう」
「...」
「どうかしましたか?」
「う~ん。何というか、やっぱり、今更ながらに、実感が無いんだよな」
「何に、ですか?」
「いや、まあ、なあ。俺って、知らない人から見ても、貴族として見えるのかな?」
「...」
「見えないのか...」
「いえ。身に付けている衣類も見るからに仕立ての良い物ですし、姿勢や立ち居振る舞いも堂々としていますから、ちゃんと貴族には見えると思いますよ」
「俺を知らない人間は、俺がローズベリー伯爵だと言われて納得すると思うか?」
「まあ、黒目黒髪ですし、真面目な顔をしていればそれなりに威厳はあるので、そうと言われればそうなんだろうと思うのではないでしょうか」
「う~ん。そうかなぁ」
俺たちが今進んでいるこの道は、王国の主要街道の一つだけあって、立派に整備されているし交通量も多い。
当然ながら、見るからに貴族の若者二人連れの騎馬を後ろから抜き去るような猛者はいなかったが、進行方向から続々とやって来る荷馬車や徒歩の行商人っぽい人達などとは擦れ違う。
勿論、のんびりとは言っても一人で馬一頭に乗って移動している訳なので、俺たちが一般的な馬車の速度と比べても極端に遅いといった事はなく、交通の妨げになっているといった事実もない、と思う。
ただ、まあ。珍しく貴族のお坊ちゃま二人組が道楽旅を楽しんでいるようにも見えなくはないので、すれ違う人々が好奇の視線をチラチラと飛ばして来てはいた。
ので。もしかしたら、その影響が対向車線の方には出ているのかもしれない、とは思う。
そう。対向車線で事故が起こると発生する余所見渋滞、みたいなものだ。
などと、惚けっと如何でも良いことを考えながら長閑な農村地帯を眺めつつ、俺は、騎馬の旅を楽しむのだった。
* * * * *
ローズベリー伯爵領の北西部、王国の主要街道の一つが通る、農村地帯のど真ん中に設けられた宿場町。
そんな宿場町に一軒だけある高級宿に、俺たちは居た。
当然、今回は急なトラブル対応での出動(?)なので、先触れや事前予約などする訳もなく、夕方の少し遅い時間になってから唐突にアレクの先導でこの宿を訪れ、宿泊を希望する旨を告げて名乗ったのだが...。
高級な部屋に空きがない、と大騒ぎになった。
領主さまに粗末な部屋でお泊り頂く訳にはいかない、と既に宿泊している他の客と調整するなどと言い出して大騒ぎする宿の主や女将や番頭たち等々を宥め、最終的には俺がガツンと一喝する事態にまでなったものの、何とか元から空いていた少し高級な二人部屋に宿泊することで決着させることが出来た。
はあ、疲れた。
ただ宿に泊めて貰うだけでも一般人とは別の意味での苦労がある、という貴重な体験をする事となったのだった。
まあ、何と言うか、この先が思いやられる出来事ではあった。が、取り敢えずは何とか、やっとの思いで宿泊する部屋へと入ることが出来た。
俺たちは、部屋に荷物を置き、少し寛いで、簡単な明日の行動予定の確認も早々に終えた。
「アルフレッド様。今晩の食事は、どうされますか?」
「う~ん。他所で食べる、と言ったら、また宿の主たちが騒ぐんだろうな」
「はい。間違いなく」
「じゃあ、宿の食堂で食べるけど、特別扱いするなと釘を刺しておいてくれ」
「分かりました。少し、お部屋でお待ち下さい」
「ああ。頼む」
アレクが、早めに夕食の調整をするために宿の帳場へと向かう。
通常であれば、部屋に入る前に取り決めておく事柄なんだが、今回は、それどころで無かったので致し方ない。
アレクには、余計な手間をかけてしまい申し訳ないと思うのだが...。
しかし。落ち着いて考えてみると、アレクとこうして主従関係になるとは想像もしていなかったなぁ、としみじみ思う。
ご隠居様に、アレクを紹介され、貴族としての基礎教育を受けて教養を身に付けるようにと言い渡された時には、てっきり、アレクと一緒にご隠居様の配下に入るか他家から迎えられる次期伯爵の補佐につくかのどちらかだろう、と漠然と考えていたのだが...。
リチャードさんが男爵位を持っていると聞いていて、その孫のアレクと一緒に行動するなら俺もどこぞの男爵家にでも養子に入るのかな、など呑気に想像していた頃が懐かしい。
と、またもや惚けっと物思いに耽っていると、部屋に戻って来たアレクと目が合った。
「アルフレッド様。目立たない位置に席は確保しましたので、もう少ししたら食堂に参りましょうか」
「ああ、分かった。手間をかけて、すまないな」
「いえ。これも仕事ですから、問題ありません」
「そ、そうか。なら、良いんだが...」
「どうかされましたか?」
「いや、まあ」
「?」
「その、改めて考えてみると、アレクにも色々と不満があるのではないか、と...」
「不満、ですか?」
「ああ」
「何に対して、でしょうか?」
「う~ん。今回、面識のなかった周囲の人々からローズベリー伯爵として丁寧に扱われて、今更ながらに俺が爵位を継承したんだなぁと実感した訳なんだが...」
「そうですね。現時点ではまだロンズデール伯爵家の令嬢であるラヴィニア嬢とその侍女や冒険者のお二人など辺境まで訪れて来られた方々と、爵位継承での諸々のドタバタで一応はお会いしたものの速攻で通り過ぎて行った感のある人々を除くと、アルフレッド様は部外者とは殆ど接していませんでしたし、落ち着いて考える機会も余裕も全くない状態が続いていたので、そうなるでしょうね」
「ああ。だから、と言うか、そういう訳で、今更ながらに冷静になって考えてみると、アレクが俺に仕えるのを嫌がっていないかと...」
「別に、嫌だとは思っていませんが?」
「そ、そうか?」
「はい」
「俺なら、どこの馬の骨とも分らんポッと出の男に大きな顔をされるのは、嫌だが?」
「そうですね」
「そうだろ?」
「ええ。でも、アルフレッド様とはお互いに良く知った仲ですし、大して大きな顔もされていないので」
「そ、そうか」
「ええ。それよりも、これからは今後の事をもっと良く考えてから行動して下さい」
「それって...まあ、良いけど。と言うか、先の事は色々と考えて行動しているのだが?」
「そうなんですか?」
「ああ」
「そうでしたか...ちなみに、ラヴィニアさんの事は、どう考えておられるのです?」
「へ?」
「爺様に色々と根回しをさせてまでローズベリー伯爵家の陣営に取り込みましたが、本当に婚約者として迎えるおつもりですか?」
「う~ん。本人次第ではあるのだけれど、たぶん、彼女は、王都に戻って少し落ち着いたら、俺とのことは一旦忘れて新たに自分の道を選び直すことになる、と思うよ」
「そうでしょうか?」
「ああ。ノーフォーク公爵令嬢となったら、当面は顔見世や顔繋ぎなどで超多忙になるし、モテモテになる筈だから、わざわざ辺境にまで来る必要もなくなると思うよ」
「...」
「まあ、彼女も根は良い子だから、俺との友人としてのお付き合いは続くと思うよ。偶には、王都で会う事もあるんじゃないかな」
「...」
「通常であれば、俺のような素性の知れない男の所になんかに相当に困っていないと寄って来ないから。それに、俺は、いつ消えていなくなるかも分からない身の上だからなぁ...」
そう。俺の場合、比喩ではなく、本当にパッと消えてしまう可能性も皆無ではない、と考えている。
この世界で意識が戻って三年、何度も寝起きを繰り返しても消滅していないので、まあ、夢や幻の類ではないのだろう、とは思っている。
もう大丈夫なんじゃないか、とは何となく感じているものの、どうも座りが悪いのだ。
現代日本に関する知識と記憶の混濁や、直前までプレイしていたゲーム世界でのスキルがそのまま引き継がれている能力など、不自然な事項が余りにも多すぎる。
だから。自分自身という存在の状態に、今一つ、確信が持てないのだ。
そう言えば、白猫ドラゴンのエレノアさんの見立てでは、俺はこの世界の人族の範疇にある、という事だったのだが...。
と、またまた惚けっと物思いに耽っていると、少し不本意そうな顔をしているアレクと目が合った。
俺の発言が、お気に召さなかったらしい。
そんなアレクに苦笑しながらも、俺は、良い機会なので、俺の考える今後についても話しておこうかと、思考を整理してみる。
「ラヴィニアさんとの関係をどうするかについては兎も角、まあ、少なくとも、伯爵位を継いでからの数年間は、皆、俺に対して様子見となるんだろうな」
「...」
「ただ、あと数年もすると、ご隠居様の実の孫であるキャサリン王女様が良いお年頃になるそうだから、彼女に婿を取って降嫁させて辺境伯に、といった話も、出てくるんじゃないかな」
中途半端に混濁した現代日本の知識と経験がある程度は役に立つとはいえ、所詮は唯の一般人で凡人でしかない俺。
そんな俺が、本物の生きた英雄であるご隠居様の後釜という期待に応えるには、絶望的な程ハードルが高い。
とは言え。多少なりともご隠居様から受けたご恩を返すためにも、出来る限りは頑張りたい。
幸運なことに、何故だか、こことよく似たゲーム世界で取得していた冒険者スキルがほぼそのまま使えるというチート的なアドバンテージがあるので、天狗にならないよう気を付けながら、まずは、辺境伯のお仕事を無難に熟せるようになりたい、と思う俺だった。




