([中]編-08)
ベッドの上で背凭れとする為に積み上げられたクッションの山の中に埋もれる様にして寛ぐ養父殿の傍ら、直立不動のまま何やら思案顔で口を閉じたままの待機状態となる、リチャードさん。
そんなリチャードさんを何やら言いたげにチラリと見てから、再び微妙な表情になる養父殿。
そして。養父殿は、改めてこの場に集まっていた三人の顔を、リチャードさん、アレク、俺、の順でゆっくりと見る。
「砦の守備戦力は十分に確保できそうだが、荒野に送る調査隊の人員は十分に手当が出来そうにはない、という事か...」
「御意」
「う~む。増援の隊長クラスに、個人技に秀でた者はおるか?」
「いえ。私の把握する範囲内では、特には」
「騎士クラスで使えそうな者は、領都から呼べそうに無い、か...」
「左様でございます」
「確保した冒険者の実力は?」
「癖のある人物ながら、実力はある者達なので戦力にはなる、かと」
「うむ。職種は?」
「魔法使いと剣士。二名構成のパーティだと、聞いております」
「そうか...」
養父殿が難しい顔をして、再び考え込む。と、部屋の中を静寂が支配する。
リチャードさんもまた沈黙状態となり、アレクも無言のまま。
俺はと言えば、取り敢えずは大人しく待機状態を維持していた。
そんな状態が、暫く続いて...。
仕方がない、か。
「ご隠居様、何点か確認させて頂いても宜しいですか?」
「儂は、隠居などしておらん」
「...」
「まあ、良い。で、何だ?」
「えっと。昨日のような、小物が大多数とはいえ魔物が視界を埋め尽くすほど大量に襲来するのは、過去に前例のない事態、なんですよね?」
「ああ、そうだ」
「過去に発生した魔物による大きな被害は、災害級など大物の魔物とそれに付き従う魔物の群れによって齎されたもの、でしたよね?」
「そうだ。過去に何度かあった危機は、例外なく、北の山脈から南下して来た一体もしくは数体の強力な魔物によって引き起こされておる」
「けど、今回はまだ、上級の魔物すら一体も現れていない、ですよね?」
「そう、そこが問題なのだ。あれだけの数の魔物が押し寄せて来たにも関わらず、中級ですら十体に満たない少数のみ」
「ですよね...」
「しかも。現時点では、第二波が押し寄せて来るような気配が、全く見られぬ」
「そうなんですよねぇ...アレク、その後、荒野に何か目立った変化はあったか?」
「いえ。現時点では、特に御座いません」
「そうか...」
「つまり。今回の異変が、昨日の襲撃で終わったと判断できるような材料は、何一つない」
「御意」
リチャードさんの唐突な会話への復帰に、びっくり。
思わず、俺とアレクは無言になってしまった。
そんな俺たちをゆっくりと順番に見てから、ご隠居様は、ニヤリと笑って再び口を開く。
「よって。選択肢は、二つ」
「「「...」」」
「一つは、このまま守備を固めて、警戒態勢を維持。もう一つは、最大戦力を揃えた少数精鋭で、討伐隊も兼ねた探索隊を荒野に派遣する」
「ですよね...」
「「...」」
「通常であれば、儂が討伐隊を率いて即座に出撃するの一択」
「「「...」」」
「だが、今回は、色々と課題があるので、判断に迷っておる。当然、儂は留守番で確定済み。出撃する場合に部隊を指揮するのは、アルになる」
「そうですよね...」
「その場合、アルのローズベリー伯爵家当主としての初陣となる訳だが、現時点ではあまり条件が良いとは言えんのが問題だ」
「...」
「そこで。判断は、お前に任せる」
「は、はあ。そうですか...」
「「...」」
「シャキッとせい!」
「はいっ!」
「分かっておるとは思うが、万全の備えもなく猪突猛進するのは愚策であるが、後手に回ってしまうと被害が拡大して泥沼になる。よくよく考えるように」
「...はい」
「では、解散。アルが下した方針に基づく具体的な作戦会議は、この部屋で夕食後に」
「御意」
「承知致しました」
「...」
養父殿にひと睨みされ、リチャードさんから目で追い立てられ、アレクには物理的に引き摺られて、俺は、養父殿の寝室から辞去する。
ま、まあ。即断即決での行動が必要とされる状況なのは分かっているし、入手可能で必要な情報は全て揃えられているので、あとは決断するだけ、だ。
決断するだけなんだが、どちらを選んでも養父殿からダメだしされそうで...。
屋敷の廊下を自室へと向かいながら、俺は、前を歩くアレクの様子を伺い、声を掛けるタイミングを計る。
養父殿は自室で夕食を取ることになるだろうから、夕食時にアレクと相談するのもあり。なんだが、一人で詳細に具体的な検討を行う前に、少しばかりアレクの意見も聞いておきたい。
選択肢として現状のままでの待ちは無し、と腹は決めているが、愚策と言われぬよう何らかのプランを考える必要があるので、多少の参考意見は欲しいのだ。
それに、何となく、養父殿は何か隠し玉を持っているような気が...。
「なあ、アレク。お前はどう思う?」
「...」
「少数精鋭での探索隊を組むとなると、俺とアレクに領都からの冒険者二名を加えた四名に、連絡要員として兵士の中から数名を連れて行く、といった程度の選択肢しかないと思うのだが...」
「...」
「アレクと冒険者の一人が剣士で、俺は魔法剣士で、冒険者のもう一人が魔法使い、なんだよな?」
「...」
「俺も多少は回復系の魔法も使えるので何とかなるとは思うが、やはり、パーティとして支援系の要員が不足しているのは問題だよな」
「...」
「おい、アレク。何とか言えよ」
何故か、こちらを振り返ったアレクは、無言で責める様な目つきをして俺を見る。
はて?
カタッ...。
俺の後方で、こちらを見るアレクの視線の更に先の辺りにある部屋の扉が、静かに開かれた、ようだ。
俺は、歩みを止めて振り返り、アレクが静かに見詰めている場所へと視線を向ける。
そこでは。遠慮がちに顔を覗かせた女性が、こちらを伺っていた。
「あの、伯爵様」
「はい、何でしょうか?」
俺は、冷や汗をかきながらも出来るだけ自然な表情と仕種になるよう心掛けて、その女性に応じる。
後方から俺の背中へと突き刺さるアレクの視線が、痛い。確実に、ジト目、だよな。
どうやら俺は、やらかしてしまった、らしい。
「お嬢様が、少しお話しをされたいそうなのですが、宜しいでしょうか?」
「ええ。勿論、構いませんよ」
困惑顔の女性は、ロンズデール伯爵家の令嬢であるラヴィニアさんの侍女、ミッシェルさん。
俺は、勤勉にお仕事を熟す侍女さんに心もち引き攣り加減となっているであろう笑顔を向けて、素直に頷くのだった。




