8. ([前]編-08)
砦の前に広がる荒野には、急遽、頑丈な丸太などによる武骨な柵が設置され、柵の此方側には塹壕も掘られていた。
少し前まで大量の魔物で埋め尽くされていた場所が、今は、元の唯々だだっ広いだけの荒野へと戻っている。
養父殿が、魔法具に炎系統の魔法を発動する寸前の魔力を叩き込んで、防御結界から五~六メートルの範囲内に居た魔物をぶっ飛ばし。俺が、荒野に単騎で突撃して、圧倒的な魔力に剣技を組み合わせた大規模な複合技の連発によって大多数の魔物を掃討。辺境伯の屋敷から大急ぎで駆け付けた二中隊の辺境守備兵が、砦を背にした隊列を組み、砦や城壁の方へと向かって来る魔物たちを個別に撃破した。その成果、だ。
因みに。現在は、砦の前に防衛線を構築する部隊と、駆除した後に残った魔物の残骸を処理している部隊とに分かれ、皆、忙しく黙々と働いている。
柵と塹壕による防衛線の構築は、砦の前で防御結界から出撃して押し寄せる魔物を討つため。次への備えとしての、大切な作業だ。
魔物の残骸処理は、素材や魔石などを回収して兵士の装備に加えるため、および、そのまま放置すると瘴気の発生源となり危険なので燃やして埋めるため。分別して回収と焼却を粛々と行う後片付け的な単純労働ではあるが、必要な作業だ。
どちらの作業も、地味で手間のかかる単純な肉体労働ではあるが、皆がその重要性を理解しているので黙々と手を抜くことなく従事している。
この辺境の砦と東西に長々と続く荒野と王国北部を区切るささやかな城壁に、見渡す限りの魔物が押し寄せて来てから、約半日が経った。
中々にヘビーで濃い時間を過ごした俺は、やっと今、小休止を取っている。
砦の物見台に陣取り、その場に備え付けられた質素な椅子に座って、意識を荒野の方へと向けて魔物の更なる来襲を警戒しながらも、身体は一休み。
そんな俺が、物見台に上がって来る複数の気配を背後に感じて振り向く、と。
「アル。お疲れさま」
「ああ、アレクもご苦労様。ジェイクも、お手柄だったな」
「今回は、ジェイクが迷わず防御結界を起動したお陰もあって大きな被害なしで防げた訳だから、表彰もの、だな」
「いやいや。前伯爵さまが鍛えたここのメンバーだったら、誰でも同じ対応をしたさ」
「まあまあ、謙遜するなよ。流石は、最年少の小隊長さんだ」
「...」
「まあ、ジェイクへの褒賞は、後で考えて貰うとして。アル、屋敷に戻って休息を取れ」
そう言って、アレクが俺の背中をバシバシ叩く。
そんな俺たちを笑いながら見ていたジェイクは、軽く手を振って物見台から去って行った。
「あ、ああ。そうだな。取り敢えずは、魔物が追加で押し寄せてくる気配も無さそうだから、一旦、屋敷に戻るよ」
「そうしてくれ」
「それはそうと。養父殿の様子は、どうだった?」
「詳しくは、爺さんに聞いてくれ。取り敢えずは、屋敷の前伯爵閣下のお部屋に運び込んだ。ご自分の部屋で、お休みになっている筈だ」
「そうか...」
「アルも、早く屋敷に戻って休め。かなり、無茶をしただろ?」
「ははは。そうだな、記憶にある限りでは、ここまで盛大にぶっ飛ばした事は無いな。けど、まあ、たぶん、もう一休みすれば、あとワンラウンドくらいは行けるようになると思うぞ」
「はい、はい。本当に、お前も規格外だよな」
「う~ん。俺など足元にも及ばないレベルの奴が、探せば世の中にはゴロゴロ居ると思うんだがなぁ」
「はいはい、世界は広いからな。まあ、兎に角、一旦は屋敷に戻ってくれ。今後の対応についても、相談が必要だしな」
「ああ、そうだよな。今回のような大規模な魔物の来襲は、かなりの異常事態、なんだよな?」
「そうだ。俺も、これ程に大量の魔物が突如押し寄せて来たといった話は、今までに聞いた事が無い。爺さん達にも聞いてみないと断定はできないが、少なくともここ十年内には無かった筈だ」
「そうか」
「幸いにも大きな犠牲は出なかったが、まだ敗走した魔物の残党が通常よりは多く周囲をうろついている状況だし、そもそもの原因が不明なので再度の襲来が無いとも言えないから、当面の警備体制をどうするかなど課題は山積みだな」
「ああ」
「前伯爵閣下にもご相談して、速やかに次の対応を決める必要がある」
「分かった、わかった。今から、屋敷に戻るよ」
「ああ、そうしてくれ」
「で。アレクは、どうするんだ?」
「こちらの後片付けと体制固めが終わったら、一旦は屋敷に戻る予定だよ」
「そうか。じゃあ、なるべく早めで頼むよ」
俺は、まだ少し気怠い身体にカツを入れ、椅子から立ち上がる。
苦笑するアレクに、軽く右手を振って退去の挨拶(のつもりの仕種)をしてから、俺は、物見台から階下の部屋へと降りる階段へと向かうのだった。
* * * * *
辺境伯の屋敷、その奥まった位置にある養父殿の寝室で、ベッドに横たわる養父殿を囲み、養父殿とリチャードさんとアレクと俺の四人が集まっていた。
この部屋の窓にはカーテンが掛かっていて外の様子は窺えないが、少し前に日が暮れ、外はもう真っ暗になっている筈だ。
俺は、辺境の砦から戻った後、養父殿の様子を確認してから自室で少し仮眠を取り、予め指定されていたこの時間になってから再度、この部屋を訪れたのだった。
リチャードさんとアレクは、それぞれに必要な手配と状況確認を済ませた上で、その報告も兼ねての来室のようだったが...。
「リチャード」
「はっ」
養父殿に声を掛けられてリチャードさんが、ベッドの脇へと移動し、養父殿を軽く支えながら枕などで背凭れを整える。
やはり、体調はかなり悪いようで、養父殿は自力で起き上がることが出来ない様だった。
「さて」
「「「...」」」
「まずは、皆、今回は無事で何よりだった。突発的な未曾有の事態にも関わらず、的確な対処を行い、最良の結果を得たこと、儂は誇らしく思うぞ」
いつになく爽やかな笑顔で、皆を労う養父殿。
対して、皆の表情は、あまり晴れやかとは言い難い。
やはり、養父殿が再び臥せってしまった現状に、皆、忸怩たる思いがあるのだろう。
「そんな顔を、するでない。儂のこの現状は、遅かれ早かれ避けられぬ事態であり、あの状況であの選択は間違いなく最適解だ」
「し、しかし...」
「良い。たらればの話など、しても仕方がない。兎に角、今回の皆の働きには満足しておる」
「はい」
「で。今後の対応について検討するにあたり、まずは、現状を整理したい。リチャード、報告を」
「はっ。承知致しました」
養父殿の指示を受け、リチャードさんが、懐から紙の束を取り出し、時おり其方に目を向けながら、最新の状況を整理する。
現在、辺境伯の屋敷に駐留する六中隊の中の四中隊が、交代制で常に砦へ詰めている。
昨日の魔物討伐に際しては、死者なし、負傷者は軽症が数名のみ。
領都からの増援として、追加の六中隊が、明日の午後には到着予定。
防御結界は、現状のままであれば、明後日の昼頃まで展開状態を維持できる見込み。
砦の前に築いた柵と塹壕は、本日の午後に完成済み。
兵士たちの装備は、昨日の魔物討伐での損傷は軽微で、備蓄も十分にあり、討伐した魔物から回収した素材も大量に確保できたので、問題なし。
領都で募った荒野探索のための人員は、二名のBランク冒険者が増援と一緒に到着予定で、追加を募集中だが現時点では確保の見込みなし。
そんなリチャードさんからの説明を聞き終えた養父殿は、微妙な表情になっていた。




