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7. ([前]編-07)

 現時点ではまだロンズデール伯爵家の令嬢であるラヴィニアさんが、王国の北方を守護する辺境伯のための堅牢な城壁に囲まれた飾り気のない屋敷に滞在するようになって、今日で三日目。

 この辺境伯の屋敷には、メイドさんや下働きの女性などもそれなりの人数が通って来ているので、全く女性っけが無い訳ではないのだが、やはり、男所帯であるというのも動かし難い事実だ。

 だから、ラヴィニアさんとその侍女であるミッシェルさんが居るだけで、屋敷の雰囲気が華やかになったような気がする。

 そんな素直な感想を俺が言うと、アレクに、朝から色ボケですかと切り捨てられた。

 遺憾である。


 閑話休題。


 今日の俺は、朝から機嫌よく、筋肉隆々ながらも頭脳派な当家のベテラン執事であるリチャードさんの指導を受けながら、アレクと共に、ご隠居様から押し付けられた山積み状態の書類仕事を黙々と片付け続けていた。

 アレクから書類を受け取り、リチャードさんから内容の補足説明を受け、いくつかの疑問点を確認した上で俺の意見を述べ、アレクと議論してからリチャードさんの採点を受け、問題なしと判断された書類に俺が署名と捺印をする。といった作業を、延々と繰り返している。

 その成果として、昼前になって(ようや)く、執務机の上にあった書類の山が消滅した。

 リチャードさんが一礼して執務室から退室すると、ふっと、部屋の空気が緩む。


「やれやれ、やっと終わった...」

「お疲れさま、アル」

「ああ、お疲れ様。アレクは、まだまだ元気そうだな」

「そうだな。何やら色ボケしてハイテンションなアル程ではないが、な」

「おい、おい。お前だって、少し浮ついているんじゃないか?」

「そのような事実はない」

「まあ、冗談は兎も角。この後は、ご隠居様と一緒に、ラヴィニアさんとの会食だったよな?」

「ああ、そうだ」

「もう、ロンズデール伯爵家への根回しは済んだのか?」

「さあ?」

「おいおい」

「俺もまだ、爺様から王都での調整具合については聞けていないが、流石(さすが)に数日は掛かる事案じゃないのか?」

「そ、そうだよな。なら、このタイミングでの会食の設定は、少し早くないか?」

「まあ、裏工作で失敗する可能性は全くない、って断言されていたくらいだから、本人の意向を早めに聞いておいて微調整しよう、といった感じの意図でもあるのではないのかな」

「う~ん」

「あとは、ご隠居様の好奇心、だろうな」

「...」

「アルの反応が余りにも面白かったので、(いじく)る気満々で手ぐすね引いて待っている、って感じだと思うぞ」

「うへぇ。勘弁して欲しいよなぁ」

「まあ、頑張れ。美人と一緒の食事を楽しめる訳だから、その対価とでも思う事だな」

「はあ...」


 俺は、複雑な心境で、情けない顔を(さら)しながら、とぼとぼと、来客用の食堂へと向かう。

 我関せずといった態で涼しい顔をしたアレクと共に、屋敷の廊下を進み、あと数歩で目的地の扉に手が届くという場所に至った、その瞬間。


「ん?」


 思わず、俺は、声を漏らして顔を上げる。

 この感覚と方向は...。


 カンカンカンカンカンッ、カンカンカンカンカンッ、カンカンカンカンカンッ...。


 屋敷の城壁に設けられた見張り台に備え付けの鐘が、力任せに打ち鳴らされ続けている。

 途端に、屋敷の中が一気に慌ただしい空気となった。

 あちらこちらで、人が走り回る物音と喧騒が沸き起こる。


「警戒レベル最大、の緊急事態ですか...」

「ああ。砦から緊急信号が上がって、荒野との間の防御結界が最大レベルで起動したようだな」

「と、いう事は。北方からの大規模な魔物の襲来、ですね?」

「ああ。間違いない、と思う」

「どうされますか?」

「俺は、砦に向かう。アレクは...」


 ダンッ。


 と、目の前の扉が猛烈な勢いで開き、ご隠居様が飛び出してきた。

 病み上がりとは思えない、強烈な威圧感を身に(まと)っての厳しい表情。


「アルとアレクは、大至急、砦に向かえ」

「「はい!」」


 俺とアレクは、条件反射ですぐさま踵を返して、まずは自室へと猛ダッシュ。

 その後ろでは、ご隠居様が、リチャードさんに指示を飛ばしていた。


「リチャード!」

「はっ」

「第一から第三まで、準備が出来次第、砦に向かわせろ」

「承知致しました!」

「第四と第五は、屋敷の守備として招集、装備点検と警戒任務に就かせる」

「御意」

「リチャードは、第六を連れて、住民の屋敷への避難を指揮。あと、第四と第五の中から数名を選抜して、領都に早馬を...」


 俺とアレクは、そんな会話を背にそれぞれの自室へと飛び込み、愛用の剣と基本装備を掴んで厩舎に駆け込む。

 そして。

 俺たち二人は、それぞれの愛馬に大慌てで飛び乗り、砦に向かって全速力で馬を駆けさせるのだった。



 * * * * *



 辺境の砦の、物見台の上から、俺は、様相が一変した荒野を一望していた。


 これまでは唯々だだっ広いだけの荒野であった場所が、今は、大量の魔物で埋め尽くされている。

 見渡す限りの、魔物、魔物、魔物、だった。

 物見台は、二階建ての建物の屋上、すなわち建物の三階の高さに位置する訳だが、砦とその左右に延々と続く石積みの城壁よりも前方である荒野の側は、北も、東も、西も、ずっと見渡す限りに魔物だらけだった。

 俺は、そんな荒野の様相と目の前を埋め尽くす魔物の群れの様子を、注意深く観察する。

 何一つ見落とすことが無いようにと、真剣に目を凝らす。


 魔物の群れは、防御結界に(はば)まれ、見えない壁に張り付いたような状態で(ひし)めき合っている。

 かなり興奮していて、結界を破壊しようと相当な気迫で押し寄せて来てはいるのだが、単なる烏合の衆だった。

 統率が取れている訳ではなく、恐怖にでも突き動かされているかの様に唯々前へ前へと押し寄せて来ているだけ。

 群れを構成する魔物も、種類としては低級の雑魚が大多数であり、少し手強(てごわ)くても中級に分類される範疇の個体がパラパラと見受けられる程度で、個体数が余りにも膨大すぎて圧倒されてはしまうが個々の魔物を見る限りにおいては脅威ではない。

 うん。何とかなりそう、だ。


 俺は少し安堵して、今後の具体的な対処方法についての思索に、没頭するのだった。


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