([中]編-06)
開墾地に、到着した。
開墾地というか開拓村に面した側にある開拓済みの農地の端っこ、に。
開拓村の辺境側は、厳重な塀と塹壕などが設置されていたりしていてそれ相応に物々しいのだが、王都側というか領都へと続く道のある側は、簡易な柵とその柵の切れた箇所に門らしき柱が二本あるだけで、実にあっさりとしたものだ。
開拓村からというよりは辺境伯の屋敷の正門前から、開拓村のど真ん中を通って領都へと向かう、少し寂れた街道が真っ直ぐ南へと続いている。
そして、その領都へと続く道の西側、つまりは俺たちの立つこの場所から見て右側には、少しの荒地を挟んで鬱蒼と生い茂る巨木で構成された広大な森林が続いている。
目的地である開墾地は、領都へと続く道の東側に広がっていて、その先には荒地が続き、その更に先の遠い彼方には切り立った崖や険しい山が聳えている。
「お屋敷や村もそうですが、開拓地も、荒地の中にポツンとあるのですね」
「ええ、そうですね。この眺めは、都会では味わえない辺境ならでは醍醐味、でしょうか」
「...」
伯爵家の令嬢らしくお高く留まっている、と見えなくもない。が、何となく俺には、彼女が、大自然を前に感嘆しているように見えた。
愛想が良いとは言えず、少し釣り目気味なので気が強そうにも見えてしまうし、貴族の令嬢らしく取り澄ましている表情にはあまり変化がないので、冷たい感じもするのだが...。
何故だが俺には、彼女のちょっとした仕種や視線や口元の動きなどから、何となく彼女の素直な心情が分かる、ような気がするのだった。
「えっと。開墾した後の土地は普通に畑なので、開墾中の土地を見られますか?」
「はい。是非、開墾するところを見てみたいです」
「ははは。まあ、あまり面白いものではない、と思いますが」
「わたくしは、興味がありますわ」
「そうですか。では、もう少し歩くことになるのですが、此方へどうぞ」
彼女が楽しそうに笑ったような気がして俺も嬉しくなり、少し余分めにサービスしよう、と即決。この後の行動予定を、頭の中で組み立て直した。
俺は、ラヴィニアさんをエスコートして、村と畑の間にある柵に沿うように設けられた細い道を、東に向かって歩いて行く。
ここまで、屋敷を出てから結構な距離を歩いたのだが、ラヴィニアさんも彼女の侍女さんも、疲れた素振りを全く見せずに平然と歩いていた。
二人とも、意外と鍛えているのかな?
などと、他所事を考えながらも彼女の様子を時おり横目で見ながら歩いていると、開拓地の外れ、開墾地に隣接する荒地へと、辿り着いた。
「少し足元が悪いので、注意して下さいね」
そう声を掛けてから、俺が先導して道から外れる。
俺がラヴィニアさんをエスコートし、アレクが彼女の侍女さんをサポートして、全員が未開拓の荒地へと降り立つ。
「この辺りの荒地は、地面が固いだけでなく凸凹で、大小様々な石や岩が埋まっているのですが、分かりますか?」
「ええ、確かに。歩く時も気を付けていないと、少し危ないですね」
「そうなんです。歩く時もそうですが、鍬やシャベルで地面を掘り返す際にも、これらの石や岩が物凄く邪魔になるのですよ」
「それは、大変ですね。それでは、開墾も容易ではないのでしょうね」
「ええ。普通に、鍬とシャベルを使った場合には、大変な作業になりますね」
「...」
「ですから。ここでは、こんな工夫をしています」
そう説明してから、俺は、地面に片膝をつき、片手を地面に添える。
そして。心もち、姿勢を正す。
呼吸を整え、軽く集中。
地面に触れた掌から、不可視の力が放出されている状態をイメージ。
術名を、ポソリと唱える。
「ストーン・バレッツ」
ドバッバッババッバッ。
俺の前方、約三メートル四方の地面から、大小さまざまな石が勢いよく飛び出し、更にその前方の少し離れた場所で山積みとなる。
一方で。石が飛び出した後の地面は、丁度良い感じに、多数の穴が開いて耕されたと言えなくもないような状態となっている。
うん。完璧だ。
「は?」
「...」
ラヴィニアさんの侍女さんが、思わず驚きの声を上げて、ポカンと口を開ける。
ラヴィニアさんご本人は、目を見開いて、手を口に当てた状態で固まり、声もなく驚いていた。
俺は、自然とドヤ顔になる。
ふふん、と。
因みに。アレクは、先刻から冷たい視線を遠慮なく俺に浴びせ続けている。
暫くの沈黙。
そして。逸早く、ラヴィニアさんが再起動した。
「魔法で、石の除去と土壌の攪拌、ですか...」
「そう。正解」
「精度と威力は凄い、と思いますが...魔法で、農地の開墾」
「まあ、普通はしないよね。あはははは...」
そう。この国では、通常、魔法を農作業には活用しない。
魔法は、魔物狩りや戦闘に使うもの。というのが、この国での一般的な認識だ。
技術的には、ある程度の魔法能力がある人であれば、それなりの練習さえすれば、これと同程度の作業は出来るようになるだろう。
ただ。一定のレベル以上の魔法が使える人は、高位の貴族と高ランクの冒険者に偏っているので、実際に実行する人などほぼ居ない。
大っぴらに行うと、魔力の無駄遣い、貴重な能力の浪費、といった好意的ではない評価を下される事になるので...。
ラヴィニアさんは、嫌悪感や呆れなど示さず単純に感嘆している、ように見える。
ただし。彼女は、表情も声も平坦で変化に乏しいので、見ようによっては馬鹿にしていると見えなくも無い。
見えなくも無いが、たぶん、感心している、で間違いないと思う。
「アルフレッド様は、土系統の魔法がお得意、なんですね」
「いいえ。そういう訳ではない、ですよ」
「?」
「辺境伯のお仕事は、農地開拓ではなく、北方の脅威への対処と魔物の駆除ですから」
「...」
「土いじりは副業、です。平和な時の、経費削減と自給自足の実現を兼ねた内職みたいなものですね」
「はあ」
「ですから。私の得意分野は、土系統という訳ではありません」
極々微妙に不可思議そうな表情が混じった澄まし顔の、ラヴィニアさん。
そんな彼女に、俺は、意味ありげに、ニッコリと笑い掛けるのだった。




