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あの時の話をしよう

矢月&柚子葉の過去話前編です。

 矢月行きつけの料亭 “つばき” 。

 ふすまで仕切られた一室に通された2人は、お品書きを眺めながら仲居が来るのを待っていた。


「ねえ...やづ、このメニュー...」

「お品書きな」

「おぉお品書き、料金書いてないんだけど、本当に大丈夫なの?」

「ゆずは気にしなくていいよ。無駄に金は稼いでるから」


 それってどういう...と柚子葉が聞きかけた時、ふすまが開けられ、2人と同い年くらいの若い仲居が入って来た。女性としては一般的な身長に、褐色とは言えないまでも健康的に焼けた肌が眩しい。


「お! 来てるねやづくん。今日は彼女連れか〜。そういうの興味無いのかと思ってたけど、すみにおけないなあ」


 二部式着物に身を包んだ仲居の少女は、屈託なく矢月に話しかけてきた。


「あぁ、あーなちゃん。今日も元気だね」

「あったりまえじゃん! 常連さん確保してるバイトにはボーナス出るんだから、来てくれる度にウキウキだよぉ」


 そう言う彼女にそこまでの金欲は無く、ただ友人として歓迎してくれている事を矢月は分かっている。

 だからこそ、この店は矢月にとってとても居心地のいい場所となっていた。


「まだ彼女、では無いんですけど。あなたは?」


 会話が一区切りついたところで柚子葉が尋ねる。

 そしてこれには本人が答えた。


「どうも始めまして。ここで仲居してる伏見ふしみ 愛菜あいなって言います。みんなからは “あーな” って呼ばれてるから、そう呼んでもらえると嬉しいかな」

「あ、私は...」

「聞いてるよ。柚子葉ちゃんでしょ?まさかここまでの美人さんだったとは思わなかったけど」


 それを言う愛菜も十分美人なのだが、それが皮肉に聞こえないのは彼女の人の良さの成せるものだろう。


「じゃ、そろそろ注文聞いていいかな?」


 それじゃあ、と矢月が注文を始める。


「鶏南蛮を2つ、お寿司の...“菊” を3つ、カツ丼を1つ。あと、今日のお勧めは?」

「鰆の西京焼きだよ」

「じゃあそれを2つ。あと真鯛のあら汁1つ。俺は以上かな」


「相変わらずよく食べるねえ。太るぞ〜」

「こんだけ食べないと死んじまうんだよ。まじで」

「分かってるって。お仕事ご苦労様。じゃあ柚子葉ちゃんは?」


 っと今度は柚子葉の注文を聞こうとするが、彼女は口を半開きにして呆けていた。

 矢月のことはある程度理解しているつもりだったが、いつも食料不足だった草刈島でしか同じ時間を過ごしていなかったため、これは知り得ないことだった。


「いつも...こんなに食べてるの?」

「そうだよ〜。私以外の仲居だと嫌な顔されるから、いつも私がいる時間に来るんだよ。この大食漢め」


 そう言う愛菜はとても楽しそうだ。


「こんなに食べるようになった理由も後で話すから、今は気にせず注文しな」


 未だに驚きから抜け出せない柚子葉を優しく促す矢月。


 なんとか寿司の注文を聞き出した愛菜が出ていったあと、矢月が重い口を開いた。


「さて、何から話そうか」

「その前に......えと、腕、見せてもらってもいい?」


 その注文は予期していたのか、矢月は、やっぱりなといった様子でふっと微笑む。


 矢月は黒のスキニーに、白のシャツ、その上に黒のデニムジャケットを着ており、腕は完全に見えない状態になっている。4月のまだ寒さの残るこの時期としては珍しい格好ではなかったが、何かの違和感に柚子葉は気づいたのだろう。


 矢月は特に嫌がる様子もなく、ジャケットを脱ぎ、シャツの袖に手をかける。


 真剣に見つめる柚子葉の前で、少しの逡巡の後、袖を肩口までめくりあげた。



 凄惨。



 その腕は人のものとは思えないほどにボロボロだった。傷跡だらけ、なんてレベルでは無い。殆どの肌は変色して黒くなり、滑らかな肌が見当たら無いほど痛々しい傷跡で覆われ、一部クレーターの様にえぐれたままになっている。


「やっぱ、り......あの後......私を助けてくれた後......アスラの奴らに......」

「拷問されたよ。手先と顔だけは再生医療で綺麗にして貰ったけど、さすがにその時は全身やってもらう金は無かったから、このざまだ。今となっては、いい自戒の印だからあえて残すことにした」


「私のせいだ! 私が、死ぬべきだった!」

「強制的に連れ出したのは俺だ。ゆずに選択肢を与えなかったのだから、すべて俺の責任だよ」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 3年前。日本海にある島、“草刈島” を標的としたテロが起きた。


 “アスラ” を名乗るそのテロリストたちは、突如島を強固な結界で隔離し、そのまま5ヶ月間一般人への攻撃を続けた。しかし、島内で結成されたレジスタンスに予想以上に抵抗され、最後は一般人を島ごと巻き込む自爆攻撃で幕を閉じた。

 もともと1万人強の人々が島に幽閉されたが、生き残ったのはわずかに百人弱。その中でも最も凄惨だったのが、“死の拷問” だった。それは、生きて捕まえた人々を1つの施設、“収容所” に集め、死ぬまで無意味な拷問で痛めつけるというものだった。


 矢月は旅行で、柚子葉は親戚を訪ねて草刈島にいた2人は、偶然このテロに巻き込まれた。


 自爆攻撃の1ヶ月前、柚子葉は仲間をかばってアスラに捕まり、収容所に連行された。それをすぐに矢月が救出したのだが、逆に自分は捕まってしまい、死の拷問を受けることになった。


 その収容所で別れて以来、2人は初めて再会したことになる......



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「本当に生きててくれてよかった...。あの収容所での生存者の話は、私以外全然聞かなかったから」


 落ち着きを取り戻した柚子葉は、改めてこの奇跡に感謝する。

 2人の前には既に注文した料理が並んでいる。


 草刈島で知り合った2人(実際には小学校は一緒だったらしい)は、レジスタンスとして戦いそれなりに親しい関係になっていた。その分、安否のわからない矢月を心配し続けたのは言うまでも無い。


「でもどうして政府は草刈島の生存者の情報を教えてくれないんだろう。当事者にくらい公開してくれてもいいのに......」


 確かに政府は島での情報を規制している。当方曰く、“被害者が無用な人権侵害を受けないための措置” らしいが、柚子葉は納得仕切れていないらしい。


「いろいろあるんだろうさ。被害者同士で励まし合うのを犠牲にする程度には、な」


 含みをもった矢月の物言いに少し違和感を持ったものの、柚子葉にはもっと聞きたいことがある。


「ねえ、島から帰ったあと、どうしてたの?」

このタイミングでヒロイン2人目が出てくるとは思わなかったでしょう?

そうです、あーなちゃんもヒロインです。

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