黒雲は掴めずに
更新が遅くなってしまい大変申し訳ございません。
ドッガアアァ!っと凄まじい音を響かせ、矢月の構えるBarremttからまばゆい閃光弾が放たれた。
その銃弾は閃光の軌跡を描きながら、寸分の狂いなくチャクラバルティの眉間に吸い込まれていき…………直前で、止まった。
いや、よく見ると止まってはいなかった。止まったと見間違えるほどに減速していたのだ。
にやにや笑いの張り付いたチャクラバルティの目の前で、光り輝く銃弾がじりじりと進んでいくそれは、首を傾けて悠々と避けられる。そして顔の横を通り過ぎたあたりで、繋がれた鎖が切れたように、一気に加速した。
ドォン。
チャクラバルティの後方で、壁が銃弾に粉砕される。
「なんだよあれ」
「速度を……操作してるの?」
矢月の後ろで、学生たちが驚きの声が上がる。
確かに、今の現象を見るに、銃弾の速度を操作して減速させた、という判断が妥当だろう。
先程からフラフラと体を動かしていたのは、矢月を煽っていたのではなく、減速した銃弾を避けるためだったのだろう。
何発撃っても当たらないわけだ。
だが………おかしい。ヘラヘラしているチャクラバルティを見据えつつ、違和感を覚えた矢月は今の情報を考察する。
(ただ単に減速させただけなら、あんな事にはならないはずだ……)
そして矢月は、1つの結論に辿り着いた。その間、約1秒。
「どうした矢月、何か気がついたか? 」
察したのか、矢月にチャクラバルティが声をかける。
矢月は口を開くと、ゆっくりと話し始める。
「ただ単に減速させただけなら、銃弾は推進力を奪われて落下するはずだ。それにいくら閃光弾と言えど、お前の顔の横を通過する数秒の間、ずっと燃え続けているなんて事はありえない」
「ほう……。じゃあ俺は何をしたって言うんだ?」
興味深げに促すチャクラバルティ。その顔に焦りの色は微塵もなく、部下の考えを聞く上司のようだ。
「つまりお前は……」
それを受け、答えを口にする。
「お前は、自分に対する銃弾の "時間" を相対的に遅くした。速度では無く……な」
「はっはっは! なるほどなぁ!」
チャクラバルティは矢月の答えを聞いて、愉快そうに笑い、そして急に真顔になると、
「正解だ」
その言葉を発した。
瞬間。
チャクラバルティ姿が、矢月の目と鼻の先にあった。
「それが分かった所で、お前に何が出来る?」
「くっ!」
矢月でも反応が追いつかない速度。チャクラバルティの拳が矢月の腹を打つ。
「ちっ!」
それを食らって、矢月は数メートル床を転がり、即座に起き上がる。
「ほう、ぎりぎりで受けたか」
思った程のダメージが無いことに、チャクラバルティは少しの驚きを表す。
「自分の周りだけ時間の流れを短くしたのか。流石に速いな」
同じく驚きを口にする矢月。だがその表情には、相変わらず焦りはない。むしろ、先程に比べ冷静さを増しているように見える。
(1発もらって頭が冴えた。常に冷静にってのは基本中の基本だってのに、どうかしてたなまったく)
目を見開いて立ち上がり、陰惨な笑みを浮かべる矢月。
「そうか、ならばもっと速くしてみようか!」
「カーラ!」
チャクラバルティの姿がぶれ、消える。それと同時に、矢月も術を発動し周りに黒い霧が渦を巻き始める。
その渦に触れた瞬間…………チャクラバルティの動きが、戻った。
「なに!?」
先程と違い、明らかな驚きを示すチャクラバルティ。
その腹に、今度は矢月の拳が突き刺さる。
「甘いんだよ、チャクラバルティ」
「ぐぅ!」
呪いをかけて強化した拳がチャクラバルティを吹き飛ばし、床に転がす。
「ごほっ!ごほっ! 何を…した?」
腹を抑えて体を持ち上げるチャクラバルティを、黒い霧を纏った矢月が見下ろす。
「この術、"カーラ" は、全てを破壊する黒。そして……」
目を細め、続ける。
「時間すら、破壊する。お前もよく知ってるはずだ」
そう言って、矢月は右腕の袖を捲って見せた。明かりに照らされる、黒く変色した腕。草刈島での負の遺産。
それを見て、チャクラバルティの顔が歪む。
恐怖では無く、歓喜に。
「そうか、そうだったか……」
くっくっと引き笑いを鳴らし、チャクラバルティは血走らせた目を見開いて叫んだ。
「お前が、"当たり" だったんだなぁ!」
「なに? どういう事だ?」
予想外の返事に、矢月は少しの狼狽を表す。
「教えてやらない。あぁ!やらないさ!早くこの事を知らせなければ!」
そう言ってチャクラバルティは魔法陣を展開する。
「その魔法陣……待て! 逃げるな!」
そう矢月が叫んだ時には、チャクラバルティの姿は忽然と消えていた。
(くそ! "当たり"とはなんだったんだ? なぜやつは天来教に紛れてこんな所にいた?)
聞き出さなければならない事が沢山あった。その最も大きな情報源たるチャクラバルティをみすみす逃がしてしまったことに、苛立ちを募らせ、心の中で毒づく。
その時、
「あの! お願いします!茜ちゃんを助けて!」
後ろから、美樹の悲痛な叫び声が響いた。
そう言えば学生達を放置していたなと矢月は思い出し、はぁ…とため息を着いてから、シュマグを上げ、振り返って倒れている茜に歩み寄る。
そして茜の傍に膝をつき、蛇に噛まれ腫れ上がっている傷口に手をかざして呪文をとなえた。
「オン マユラキ ランデイ ソワカ」
ぽう……と、かざした手の平から光がこぼれ、傷口の腫れがみるみる引いていく。
「すごい……」
それを見て、感嘆の声を上げる美樹。
「もう心配無い。じきに目も覚めるだろう。それより時間が無い」
治療を終えると、矢月は黒衣と真を呼び寄せて命じた。
「引き続き、こいつらの脱出を手伝ってやれ。12時まであと20分はあるから、十分間に合うはずだ」
「分かった」
「了解致しました」
二頭の大犬はそれぞれ了承の意を示し、すぐに引率を始めようとする。
だが………
「あの……。あなた、FOGの軍人さんですよね? 僕達が脱出できるまで、着いてきてくれないんですか?」
男子学生の1人が不安そうに尋ねてきた。見ると、他の学生たちも同じように期待と不安の視線を向けている。
しかし矢月にとって、そんなことはどうでもいい事。
「他にも助けなければならない人がいる。そっちが優先だ」
そう言い放つと、矢月は愛菜の待つ部屋に向かった。