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道化

「一条は……加古さんの知り合いのFOG軍人は、ヒーロー気取りで、1人で助けに行ったんだよ!」


 山城の声が響いた。


 一瞬の後、登色の明かりに照らされ廊下は静寂に包まれる。


 矢月の秘密をあっさりばらした山城。驚きと疑念の表情を浮かべるメンバー。柚子葉は冷や汗を流しながら、どう誤魔化すかを必死に考えた。


 とは言え、こうなる事は矢月とて想定していたはずである。絶対機密の情報では無いと本人も言っていたし、ばれても特に問題は無いのかもしれない。


 そもそも、本当に秘密にしたいなら山城や榊には話さないはずだ。


 それでも、あまり大事にしない方がいいだろうと心配になってしまう。どうにかいい落とし所は無いものか。柚子葉は、懸命に解決の糸口をたぐろうとする。


 そのとき、ついに静寂を破る声が上がった。


「加古さん。それって本当なの?」


 その声の主は、模擬戦で柚子葉に圧倒された武田だった。


 山城の後ろに黙って控えていたのだが、多少なり自分の実力に矜持がある彼にとって、自分以上の実力者がもう1人チーム内にいるという事実は看過し難い事なのだろう。


 一方、思考がまとまらないうちに話しかけられた柚子葉は、


「え、い、いや? ち、ちがうよそんな事ないよ」


 明らかにテンパった返事を返してしまった。悲しいかな、そもそも柚子葉の演技は大根役者もビックリのクオリティである。その上急に話しかけられたものだから、あからさまな嘘をついた。これでは逆に、これ以上なく強く肯定しているようなものだ。


「まじか、一条ってそんなに強かったのか」

「お、俺は気づいてたぜ」

「加古さんもそれ知ってたってことは、やっぱり……」


 案の定皆信じてしまったようで、ざわめきが生まれてしまった。


 山城が言っただけならまだしも、"柚子葉が認めた" という事の説得力は大きい。


 武田も、プルプルと拳を震わせ、目に闘志を宿している。


(やづが帰ってきたら、大変なことになるなぁ…)


 柚子葉はため息をつくと、再度顔を上げ、別の方向から説得を試みることにした。


「そう、やづはFOG所属のA1術師、世界最強の1人なの。だから皆は安心して待機してて欲しい。お願いだから、下手に手を出してやづの負担を増やさないで」


 もはや誤魔化せる自信のない柚子葉は、本音で勝負する事にした。


「そっか。そうだよな。プロが動いてるなら安心だよ」

「みんな、先生が来ないうちに部屋に戻ろ?」


 そしてそのアプローチは、確かな効果を示した。もともと、自分たちで人質を助けに行こうなどと大それたことを本気で望んでいるメンバーは少なかった。殆どが山城の強引な誘いを断りきれなかっただけだ。


 それがこうして、手を出さない方がいいという大義名分が提示された今、皆ほっとした表情で部屋に戻ろうとする。


「皆まてよ!」


 だが、そうは山城(とんや)が卸さない。


「一条1人が行ってなんになるって言うんだ? あいつだって俺たちと同じ学生だろ? 実力だっておれたちと大差無いはずだ!」


 自分が矢月の秘密を暴露したことが裏目に出てしまったことにより、半ば意地で皆を呼び止める山城。その顔には、明らかな焦りが見て取れた。


「逆に皆は、そんな奴1人に任せて安心出来るのか? 戦力は多い方がいい! だから……」


 必死になって言葉を連ねる山城。その時だった。


「お前らなにしてる!!」


 少し離れた所から、女性の怒号が響いた。


「ひ、秀島先生…」


 山城が驚きの声を漏らす。皆が見ると、階段の方から秀島が歩いて来ていた。その後ろには、バツが悪そうに苦笑いを浮かべている広瀬。しかしその顔は、悪そうな笑みを堪えるように少し引きつっている。


「広瀬てめえ! チクリやがったな!?」


 榊が広瀬に食ってかかる。


 確かにこの状況、広瀬が秀島を呼んだと考えるのが妥当だろう。この場に広瀬がいなかったのは、山城の提案を断ったからだろうか。


「僕が止めたって、君らは聞かなそうだったからね。事情を話して来てもらったんだよ」


 ひょうひょうと答える広瀬。それにくい込むように、秀島が声を上げた。


「お前ら、さっさと部屋に戻れ! それと、変な事考えるんじゃないぞ。今からきっちり監視させてもらうからな!」


 秀島は本当に怒っているようで、今までに無い迫力を放っている。廊下の壁が、心無しかビリビリと震えているように感じるほどだ。


 それを受けて、分かりました……っと、皆それぞれの部屋に戻って行った。山城、榊、武田の3人はまだ抵抗したそうな顔をしていたが、秀島にギロりと睨まれ、渋々その場を後にする。


 それに乗じて柚子葉も矢月の部屋に戻ろうと、ドアノブに手をかけたが、広瀬とともに秀島に呼び止められた。


「加古、少し話は聞こえたんだが、一条がFOG軍人というのは本当か?」


 その表情からは既に怒りは消え、今はただただ真剣な眼差しをたたえている。普段の彼女からは想像できない表情だ。


 それを見て観念した柚子葉は、


「はい、そうです」


 そう、認めざるを得なかった。

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