表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/31

笑ううさぎと睨む月

投稿がすごく遅くなってしまい申し訳ございません。

それと、先日プロローグを追加致しました。物語をより深くお楽しみいただく手助けになればと思います。

「お前達に奪われた全て、今度はこっちが奪う番だ」


 そう発した矢月の声は、聞くものを恐怖のどん底にたたき落とす程の、壮絶な憎しみをたたえていた。間に立つ学生たちは、男が発していた以上のプレッシャーを受け、誰かが助けに来てくれたという一瞬の喜びを忘れ去る。


「ん?お前は……」


 それを受けて尚、チャクラバルティと呼ばれた男は何ら恐れる様子もなく、顔を隠す布の上から右手で顎をさする。


 そして、思い出した。


「おぉ、草刈島で可愛がってやったガキか! 名前は確か…矢月だったか?」


 大きくなった親戚の子に久しぶりにあったような明るい声を上げ、チャクラバルティも顔を隠していた布と、ローブのフードを取り払った。浅黒い肌に、黒い口髭を生やした壮年男性の顔があらわになる。


 アーナム チャクラバルティ。


 3年前の草刈島テロの主犯であるアスラの中心メンバーにして、テロ集結前の約1ヶ月間、収容所にて矢月に耐え難い痛苦を与え続けた張本人。



 矢月が最も憎んでいる人物、その1人だ。



「生きていてくれてよかったよ。直接この手で、殺された9千980人の無念を晴らす」


 矢月から溢れ出る殺気。その般若の如き圧力が、場を覆う。


「無念とか言うなよ」


 同等の殺気のぶつけ、1歩も譲らないチャクラバルティ。


「にしても………」


 っと、含みを持たせた笑みを浮かべて続けた。


「大きくなったなぁ」

()ね」



 開戦。



 その言葉と同時に、一時的に静止していた蛇たちが一斉に、矢の如く学生たちに飛びかかった。


「うわぁ!」

「きゃあ!」


 突然の事に、標的となった学生たちは、それぞれとっさに自分を庇うような体勢を取る。


「ひがしやまつぼみがはらのさわらびのおもいをしらぬかわすれたか」


 ほぼ同時に響く矢月の詠唱。それを受けて、蛇の体から炎が上がった。


 シャアアア! っと身を焦がす苦しみが聞こえてきそうな光景。


 予想した衝撃が来ないことに、ビクビクしながら学生たちは顔を上げる。


 そこには、先程茜を苦しめた元凶が、今は床をのたうち回り、消し炭になる姿が映った。

 蛇が残らず焼き尽くされ、床に黒い斑点を残す。


 だが、


「まだだ」


 チャクラバルティはそう言うと、さらに足元に魔法陣を展開する。

 するとその光の中から、再度大量の蛇が這い出して来た。その数は数百を下らない。爬虫類が苦手な者には卒倒ものの光景だろう。

 それを見て、毎度蛇避けを使うのは面倒だと判断した矢月は別の呪文を唱え始めた。


「これ群蛇どもよく承れ。汝らは今日、この沢が埋められたるため、汝らの住所を失ったというのであろう。これ汝らの…」


 先程よりもさらに長ったらしい呪文。それを唱えている最中から、蛇達が様子を変えた。皆向きを変え、矢月から離れるように進み始めたのだ。


 目をぱちくりさせつつ、今だ今だと必死に距離を取り始める学生たち。


 マイナー極まる蛇よけの呪文とて、いくつか種類は有る。今のは魔力を余計に使う代わりに、結界の様な固定式の蛇よけを展開する術だ。これで暫くは、蛇は嫌がって矢月の周辺に近づかない。


 さらに矢月は、詠唱しながら拳銃を構え直しチャクラバルティを撃った。


 パン! パキョン!


 黄土色の樹脂加工が施された拳銃から、甲高い破裂音が鳴り響き、2発の銃弾がチャクラバルティを貫く……ことは無かった。


 身動きすらしていないチャクラバルティからは、一滴の血も流れていない。


 彼は頭を左右にフラフラと揺らし、ニカッと笑みを浮かべる髭面の男。


「やるじゃないか」


 詠唱を終えた矢月に浮かぶ、僅かな違和感。


(外した……訳じゃない。結界で防御したにしても、銃弾はどこへ……)


 考えながらも、牽制のために撃ち続ける。だが、そのどれもチャクラバルティに傷を付けることは無く、跳弾した様子も無い。


 チャクラバルティはと言うと、挑発するようにに体をフラフラさせながら、右手で先程撃たれた傷に魔法陣を当て、回復術を掛けている。


 10発ほど撃った時、茜を引きずって下がらせていた美樹が助けを求める声が響いた。他の6人も、矢月とチャクラバルティの間から距離を取っている。腰を抜かしていた割には、素早い行動だ。


 銃声にかき消されないよう、出来るだけ大声で叫ぶ美樹。

「すみません! 茜ちゃんの足が、毒で!」


 そう叫ぶ美樹は、幼く見える愛らしい顔を歪ませ、今にも泣きそうだ。そして、助けを求めている先はもちろん矢月。


 チラリと見やると、茜の太腿が毒どくしく腫れ上がっているのが確認できた。先程の蛇が毒蛇だったようで、ジーンズが割かれて傷口が見やすくなっているのは美樹がやったのだろう。


 茜の顔は真っ青で、脂汗が滝のように流れている。


 だが、


「知らん。自分で何とかしろ」


 っと矢月は冷たく言い放った。銃声が轟く中でもその声はよく通り、学生たちの耳に無慈悲に響く。


 特に美樹は、この世の終わりのような顔をして矢月を見返した。


 しかしそんな事に動じる矢月では無い。そもそも、目の前の男をどうにかしない限り治療行為を行う隙など無い。


 拳銃を撃ち切った矢月は、背中のポーチから新しいマガジンを取り出すと、空のマガジンと交換。その洗練されたリロード動作にかかった時間は、数秒。


 しかしその間に、チャクラバルティは傷の治療を終えたらしい。傷口に当てていた魔方陣を消すと、矢月に向き直った。


(そろそろ、カラクリを暴かないといけないな)


 そう考えた矢月は、いつの間にか立ち直っていた黒衣に怒鳴りつける。


「いつまで寝ている! さっさとバレットを出せ!」


 そう命じられた黒衣は、承知した!っと返事をして力強く立ち上がり、4つ足を踏ん張るような体制をとる。見ると、その背中から浮き出るように長大な黒色の物体が姿を表した。


 Barrett(バレット) M82A1。全長1.5m弱の大型アンチマテリアルライフル。


 背中から出したその怪物ライフルを尾で掴み、矢月に向けて投げ渡す黒衣。


 矢月はその銃身を左手で軽々と受け止めると、右手で拳銃を数発撃ってチャクラバルティを牽制しつつ、


「オン イダテイタ モコテイタ ソワカ」


 っと唱える。


 すると矢月の目の前の空中に、ふわりと手の平サイズの四角く薄い箱のような物が現れた。それが落ちる前に、拳銃をホルスターにしまい受け止める。


 見た目に反してずっしと重いそれはBarrettのマガジンで、込められているのは曳光弾。


 これで銃弾の軌跡が見て取れる。


「いつまでも待っていると思うなよ」


 ここで、傷を癒したチャクラバルティも攻勢に出るため、一気に距離を詰めようとした。しかしそれは、同じく復活した黒衣と真が間に入ったため阻まれる。


「ちっ! 目障りだ、どけ!」


 珍しく苛立たしげに声を上げ、チャクラバルティは再度大犬たちを排除しようとした。だが先程同様に瞬殺されるようなことは無く、2体は見事な連携で上手くチャクラバルティの攻撃をいなしている。


 式神は主の近くにいる事で、最大限のチカラを発揮する。それも、黒衣と真のようにゼロから作り出した思業(しぎょう)式神なら尚更だ。


 しかしそれでも、チャクラバルティとの差は大きい。チャクラバルティが足元に展開した魔法陣から豪風が巻き起こり、黒衣と真は距離を離された。床に踏ん張り耐えつつ、2体は再度攻撃に移ろうとする。


 そこで、


「もういいぞ。下がれ」


 Barrettのリロードを済ませた矢月が指示を出した。既に床に腹ばいになり、スコープを覗いていつでも撃てる体制。


 この銃で至近距離を狙うのは至難の業だが、矢月の腕なら外すことはない。




 ドッガアアァ!っと凄まじい音を響かせ、閃光弾が放たれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ