アーナム チャクラバルティ
こんばんは!
今話もよろしくお願い致します!
「どーするんですか!真さん!」
1人の男子学生が、目の前に立つ真っ白な大犬に向かって怯えた声で問いかける声が響く。
廃ホテル地下1階の大食堂。黒衣と真は、人質となっていた学生8人を外まで誘導している際、ここで天来教の信者1人に発見されてしまった。
地上に出るためにはどうしてもこの大部屋を通過する必要があった。人がいなくなったタイミングを見計らってはいたのだが、向こうが1枚上手だったらしい。
部屋にはなぜか電気が通っているようで、蛍光灯に照らされた部屋は明るい。
その光の下、その信者と交戦する黒衣。
客用の、装飾が施された大テーブルや椅子を吹き飛ばしながら、黒衣は信者に巨尾を叩きつける。時に素早く、時に視覚から繰り出される巧妙な攻撃。
だが信者は、無駄のない動きで華麗にそれを避けている。
それでも黒衣は淡々と戦っており、今度は刃の如く鋭い尾で信者を上から突き刺そうとする。
信者はそれを、斜め後ろに跳んで回避。
バキッ!
尾が絨毯ごと床板をぶち抜いて、止まった。
その一瞬の隙に、信者は一瞬で黒衣に肉薄し、その腹を蹴り飛ばした。その威力は凄まじく、どごっ!っという音と共に、信者の倍はあろうかという黒衣の巨体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。その壁は穴が開かないまでも、クレーターの様にひしゃげ、木片と埃の煙が立ち込めた。
信者の体格は悪くない……が、筋力だけでこの威力はありえないだろう。何かしらの術で身体強化をしているようだ。
吹き飛ばされた黒衣は、戦闘不能とまでは行かないが一時的に動けなくなっている。霊的存在である黒衣に、物理でここまでのダメージ。いかに驚異的な蹴りであったかが分かる。
信者は倒れている黒衣から目を離し、学生たちに向き直った。次はお前らだと言わんばかりに、目だけでニヤリと笑う。
ここにいる人質となった学生8人のうち、3人は男子学生、5人は女学生。その全員が、まるでクマに睨まれたかのような圧力に全員硬直し、額からは冷や汗が滝のように溢れる。
「させない!」
その間に立ち塞がるように、真が1歩前に出た。姿勢を低くして牙をむき出し、信者を威嚇する。
…が、次の瞬間、信者の姿が消えた。皆が気がついた時には、真は既に黒衣同様壁に叩きつけられた後。
ドゴッ!っと轟音が響き、再度部屋に木くずが飛び散る。先ほどまで真が立っていたところに、今は信者が佇んでいる。
自分たちを守ってくれるであろうと思っていた2頭の大犬が、呆気なくやられた。その事実に、学生たちは更に恐怖する。
その中でも、3人いる男子学生は女性陣よりビビっていた。1人は尻もちを着いてまで後ずさり始める始末である。
本来は自分たちをかばってくれる位の気概を見せて欲しい男性陣が、女性陣より信者から距離を取る形となり、女子学生達は失望の色を隠せない。
だがその中で、1人の女学生が意を決したような顔をして、信者に向き直り口を開いた。
「ほんとに……男子ってのはみんな、いざってとき役立たずばっかり。普段は無駄にカッコつけてるくせに」
震えを抑え、必死に強がる彼女は、先ほどの真のように、1歩前に出た。タイトジーンズに白のTシャツ、髪はポニーテールに結んでおり、勝気そうなつり目が特徴的な顔立ちだ。
黒衣や真に代わって、信者に相対するつもりのようだ。
「だめだよ茜ちゃん…」
隣に立っていた背の女学生が、茜と呼んだ少女を静止するように耳打ちする。身長は茜より少し低いくらいで、マッシュルームに整えた髪が良く似合う、可愛らしい容姿をしている。
「仕方ないじゃない美樹。こういう時、結局私たちだけでどうにかするしかないんだから」
そう言う茜は、チラリと後ろの男子勢を見やる。どうにも普段から、男子が一概に気に入らないらしい茜は、美樹と呼ばれた少女を手振りで下がらせる。その手もブルブルと震えているが、強いプライドで何とか立ち向かう。
その姿を見て、対面していた信者が初めて口を開いた。
「男が頼りないから、自分は女代表として強くあろうってか? 勇敢な嬢ちゃんなこった」
ひょうひょうとした男の声を聞いて、8人の学生はビクッと体を震わせる。
場に流れる、更なる緊張。
さすがの茜も、信者の異様なプレッシャーに声が出てこない。
「でも今は、びびり男子君たちの方が懸命だな」
「っ!!」
信者が再度口を開いた直後、茜は違和感を感じ足元を見やると、なんと数匹の蛇が足元を這っていた。それぞれの蛇は褐色に黒の斑模様をしており、全長は1.5mはあろうかという大型なものだった。そのうちの1匹が茜の右足に絡みついており、残りの数匹もそれに続かんと床を這って近づいてきている。
「きゃあ!離れて!」
気持ち悪くてらついた蛇を見て、茜は思わず叫び声を上げ、振り払おうと右足を振り回す。
だがキツく巻きついた蛇は離れることは無く、がぱりと大口を開け、茜の太腿に噛み付いた。白い口内から伸びる長く鋭い牙はジーンズを易々と貫き、柔肌を穿つ。
「ああぁ!!」
足に走る焼けるような激痛。茜はその場に倒れ伏し、狂ったようにのたうち回る。
「茜ちゃん!」
そばにいた美樹は何とか助けようとするも、蛇への恐怖と茜が暴れているせいで、いまいち近づけない。
他の学生達も、痛みに侵される茜をただ呆然と見ていることしかできない。
体が動かず、逃げ出すこともできず、文字通り蛇に睨まれたカエルのようだ。
「どうした? このままだと同じ目にあうぞ?」
信者は両手を広げ、楽しそうに忠告を投げかける。それと同時に、噛み付いていた蛇は茜から離れ、他の蛇と同様にじりじりと他の獲物……逃げ腰の学生たちへ距離を詰め始めた。
茜はのたうつのを止め、倒れたまま噛み付かれた部分を両手で押さえ、苦しげに唸る。ジーンズに血が染みて行き、抑える手を越えて目に見えた。
「もういやぁ! 誰か助けて!」
ついに、恐怖に負けた美樹がその場に蹲り、頭を抱えて叫びだした、その時、
パキョン!!!
っと甲高い音がしたと同時に、突如信者の左上腕から血しぶきが上がった。
「ぐっ!」
突然の事に、低く唸る信者。
その音がした方向……学生たちの後ろ側へ、全員が目を向ける。
そこには、顔の下半分をグレーのシュマグで覆った青年が、拳銃を両手で構えて立っていた。
全員が見守る中、グレーを基調とした銭湯スーツを着た青年は、信者を撃った銃をゆっくりと下ろし、右手でシュマグをずり下げた。
青年……矢月の顔があらわになる。
「久しぶりだな」
矢月が口を開いた。その声は小さいまでも、耳にした全員の脳裏に妙に響いた。そして、それに含まれる憎しみも。
学生たちは、心臓を直接握られたような恐怖と、息苦しさに襲われ、何人かはその場にへたり込む。
だがその憎しみが向けられている先は、学生たちでは無かった。矢月の目が捉えているのは、打たれて尚、大した動揺が見られない信者の姿。
「久しぶりだな。アーナム チャクラバルティ!」
そう、3年前の草刈島。矢月に消えぬ痛みを与えた男の姿を。
このアーナム チャクラバルティという名前を考えるのに、滅茶苦茶苦労しました。
矢月や柚子葉を除けば多分一番時間かかってます笑




