やっぱりこうなる
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矢月の式神、右近と左近が暴れているため、廃ホテル内はとめどなく轟音が響いている。天来教の信者達を混乱させる陽動のためだ。
更に建物内には、人質と姿形を似せた急ごしらえの式神を適当に走らせている。これで騒ぎはより大きくなる。
その間に、矢月の索敵情報を頼りに真と黒衣が本物の人質達をホテル外部まで誘導する…はずだった。
だが、矢月の索敵にかからないほどの、潜伏術の使い手がいたらしい。誘導の途中、そいつと黒衣たちが遭遇し、交戦状態に入ったようだ。
矢月は注意の3割程度しかホテル全体の索敵に回していなかった。それでも、並の術師程度なら見逃さない。それをかいくぐったレベルとなると、黒衣と真だけで相手するのは厳しいだろう。
事実、かなり押されているようだ。
矢月はその旨を愛菜に伝えるべきか迷った。もともと何かあった時は、人質達を犠牲にしても愛菜救出を優先つもりだったからだ。
だがそんな心情を察したのだろう、愛菜が心配そうに声をかけてきた。
「捕まった人達に、何かあったの?」
「……」
矢月は無言で答えない。
矢月の顔を覗き込むように見て、愛菜は続けた。
「やづくん1人なら、すぐ助けに行ける?」
「………」
矢月は無言のまま、小さく頷いた。
ここに来る時にも使った、神足通なら、すぐに助けに行ける。ただ、この術では自分1人しか移動できない。
愛菜は、置いていかなくてはならなくなる。
(どうする……時間がない……)
矢月は頭を悩ませる。
愛菜を助けられるなら、他の学生はどうなっても構わないと思う心もある。たが見捨ててしまえば、柚子葉の顔をまっすぐ見られなくなる様な気がする。
その時だった。
「私は大丈夫だから、行って」
愛菜が声をかけてきた。
それを聞いて矢月は、意味がわからないというような顔をする。
「大丈夫なわけないだろ。周りには敵しかいないんだぞ?」
「だから、向こうが片付いたら、助けに来
てよ。それまで全力で隠れて引きこもってるから」
事も無げに言い切り、胸を右の拳でぽんと叩く愛菜。その表情には少し緊張があるが、矢月を信頼していることは、読み取れた。
(下手に感情が読めると、こういう時辛いな)
矢月は心を決め、顔を上げ愛菜を見る。愛菜も大きな目を開いて、矢月をまっすぐ見つめている。
「分かった。すぐに終わらせてくるから、待っててくれ。ここはバレてないから、しばらく安全なはずだ」
そう言って、矢月は人形を記した霊符を1枚取り出し、床に放る。するとそれは、一瞬にして真っ白なうさぎに姿を変えた。
「こいつは式神の閃。力のある式神はほとんど出払ってるが、一応こいつを置いていく。何かあったらこいつに言ってくれ」
「可愛い……分かった。この子と待ってるね」
そう言って愛菜は閃を抱き上げた。白い毛並みに指がふっくらと埋もれる。
「ちょっ……姐さんそういうのは……」
スキンシップが得意でない閃は、若い男の声を上げて身をよじっている。だが、愛菜の絶妙なディフェンスの前には無駄な努力だった。
「じゃあ、気をつけてね」
「あぁ、すぐ戻る」
そう言って矢月は神足通の準備に入る。
「荼枳尼縛日羅駄都鑁。荼枳尼阿卑羅吽欠」
そして矢月の姿が輝いて。消えた。
後には、愛菜と閃の声だけが響く。
「姐さん…なでないでくだせぇ…」
「も〜。じっとしてて」
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時刻は6時45分。
大学寮。1年、Aクラス用棟6階の、矢月の部屋の入口。
そこで柚子葉と山城たちは、口論を続けていた。
「今ならまだ間に合うんだ!要求を飲んだところで、やつらはきっと、人質を解放したりしない!政府はその事に気づいてないんだ!」
「その程度のこと、考慮しない事は無いはずだよ」
柚子葉はだんだんと口調を厳しくし始めた。そうでもしないと、山城は聞く耳を持とうとしないだろう。
山城の後ろに控える7人は、特に口論には参加してこない。殆どは、山城の勢いに流される形でついてきたのだろう。榊ですら黙っているのは、単に柚子葉からの心象を悪くしたくないからか。
「政府が要求を飲むって言ったのは世間体のため。裏できっと何か手を打ってるはず。だから、私たちが下手に手を出したら、まずいことになる」
これは嘘ではない。その"打っている手"は、決して人質を助けるためのものではないが、あえてその事は口に出さない。山城と榊はその事を知っているにせよ、他の6人はそうでは無い。山城が知らないふりをしている事が、その証拠だ。
山城がこういった行動を取っているのは、その事情を知ってしまったからだろう。だが結局、正義感から来る武勇で無いことに、変わりは無いのだろうが。
こうなってしまった以上、こちらもある程度踏み込んで行くしかない。柚子葉は言葉を選びながら、口を開いた。
「あのね……これは他言しないで欲しいんだけど、知り合いのFOGの軍人術師が、救出に向かってるらしいの」
知り合いのFOG術師。事情を知っている山城と榊は、それが矢月である事に気づいただろう。2人の顔からは驚きの表情が読み取れる。
柚子葉は続ける。
「その人はA1……FOG規格で最高ランクの術師だよ。だからみんな、心配しないで待っていよう?」
それを聞いて、その場にいた多くは幾分かほっとしたような感情を見せた。それは人質の安全に対する安堵か、これで山城が折れるだろう事への安堵か。
だが違った。むしろ、逆効果だった。
山城は顔を赤く染めて、握った拳をわなわなと震えさせ始める。
「結局一条も、勝手に行動してるんじゃないか……」
「ちょっと山城君!」
まずい。柚子葉はそう思った。止めなければならないと。
山城は話す気だ。
だが遅かった。
「いいか皆!政府は要求を飲むつもりはない!むしろ人質ごと犯人たちを皆殺しにするつもりなんだ!」
山城は一息に言い放つ。
「一条は……加古さんの知り合いのFOG軍人は、ヒーロー気取りで、1人で助けに行ったんだよ!」
ヒーロー気取り筆頭の山城は、口止めされていた事実を暴露した。
やはりこうなったか。




