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陽動

こんばんは!

いつもありがとうございます

 午前10時30分。


 犯行グループが潜伏する廃ホテルに、突如として襲撃者が現れた。襲撃者はたった2人。その2人に、犯行グループは大きな被害を受けていた。


「敵はどこだ! 被害は⁉︎」

「たった2人に何をしている! 人質は無事なのか⁉︎」

「脱走された! ホテル内に散らばっているから探せ...うおぉ!」


 ホテル内に爆音が響き、揺れた。襲撃者...矢月の式神の仕業だ。人質が施設内を逃走しているという情報が、さらに動揺を産んでいる。


  ホテルを守る天来教の信者達は、約50人。全員白いローブを身にまとい、鼻から下も白の布で覆っている。見えているのは目の周りだけ。


 そして現在その殆どが、襲撃者への応戦と、脱走した人質の捕獲に奔走していた。


「見つけたぞ! 人質だ!」


 信者の1人が、脱走した学生の1人を見つけた。両側に客室の扉が連なる3階廊下。その中ほどを、1人の女学生が走っている。廃ホテルとは言っても、見た目は現役と見まごうほど綺麗だ。


「待て。ここまでだ」


 少女が逃げる先に、信者が飛び出てきて道を塞いだ。少女が足を止め後ろを振り返るが、そちらにも追いついてきた信者がいる。


「1人くらい構わない! 殺せ!」


 背後の信者が叫び、ナイフを抜いて少女に斬りかかる。

 彼女はそのままナイフを腕で受けた。特に避けるそぶりも見せずに。


「なっ...どういう...事だ」


 信者が驚きの声を漏らす。

 切りつけられた彼女の腕からは、血が一滴も流れていなかったからだ。


 少女が床にばたりと倒れる。そしてその体が、ぐにゃりと形を無くし、薄くなって消えた。


 そこには、謎の字が記された札が落ちていた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「1体やられたか」


 矢月は気を失った愛菜を抱えたまま、ぼそりと呟いた。


 矢月は今、式神を使って陽動をかけていた。放った式神は12体。内8体は、人質の姿を模した急ごしらえの式神。今信者達が必死に追いかけているのは、この式神達だ。たった今1体やられた。


 2体は、右近と左近。矢月が有する最強の式神は、襲撃に回してある。


 残り2体...黒衣と真は、愛菜以外の人質の誘導だ。いざという時は、彼ら学生すら陽動に使うつもりだ。


 今いるのは8階の内廊下。そこを矢月が慎重に進んでいると、


「う...」


 目を覚ましたのか、腕の中で愛菜がうめいた。

 それに気づいた矢月は、ドアを蹴破ってひとまず空いている客室に入る。


「やづくん...? って、ふえぇ⁉︎ なんでお姫様だっこされてるの⁉︎」


 完全に目覚めた愛菜が、状況を理解して慌てふためく。


「目が覚めたか。悪いな、王子様のだっこじゃなくて」

「いや、それは大丈夫...というかむしろ...」

「しっ‼︎ 人が来た」


 話の途中で矢月が遮ると、霊符を扉に向かって投げると、唱える。


「縛れ。急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


 唱えた瞬間霊符が太い木のツルに変わり、扉を開けて現れた信者を絡め取る。


「なっ!」

「黙れ」


 信者が声を上げる前に、言霊で黙らせる。予想外の反撃を食らって面食らった信者は、簡単に術にかかった。


 矢月は愛菜を降ろすと、いくつか印を組み替えながら、


「緩くともよもやゆるさず縛り縄、不動の心あるに限らん。オン ビシビシ カラカラ シバリ ソワカ」


 と唱えると、信者の男は苦しそうに呻き、気を失った。


「やづくん、これは...」


 愛菜が近づいてきて、矢月に説明を求めた。矢月は信者を縛りながら、答えた。


「あーなは、拉致されたんだ。天来教が、政府との交渉材料として」

「そう...なんだ」

「えらく落ち着いてるんだな」

「んー、なんでだろう...」


 ここまで話したところで、愛菜は明るく微笑んで言った。


「やづくんが助けに来てくれるって、分かってたのかもね」


 それを聞いた矢月は目を伏せ、口を開いた。


「すまない、あーな。君が誘拐されるのを、俺は防げたかもしれない。いや防げたはずだ。なのに...」


 その声は、いつも以上に重く苦しい。


 だが、愛菜はそれでも笑顔で答えた。



「関係ないよ。私馬鹿だから、きっと何があっても捕まってたよ」

今回使ったのは、修験道系不動金縛法の簡易版です。

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