その冷たさに慈悲は無い
今回ちょっと長めになっちゃいましたけど、会話多めなのでさくっと読めると思います。
ぜひ楽しんで下さい!
「誰が弱いって?」
「なっ! お前、なんで生きてるんだ!」
殺したと思いこんでいた人げんが急に後ろに現れ、動揺を隠せない成明。
「何でって、そもそも何もされて無いし......あぁ、もしかしてだけど、下のやつを俺だと思ってたのか? 悪いことをしたな。次からは偽物って書いとくよ」
そう大真面目な顔で言いつつ、電気ランタンの電源を入れる。魔道具や小物が散らばっている草地が、白い光で照らされた。
ちなみにだが、矢月も案外煽りスキルが高い。榊や成明とはベクトルが違う煽り方だ。
そしてそれを受けた成明は、怒りと恥ずかしさで顔を爆発せんばかりに赤くしている。
「い、いや...気づいてたぜ...とうぜんだ」
成明は最大限に強がって見せながら、ちらりとマンティコアがいる辺りを見やる。そこには矢月の死体らしきものは無かった。なぜか代わりに、白と黒が一頭ずつ計二頭の大きな獣が戦っている。
「くっ。てめえなんでここが分かった?」
「え、隠れてたの? むしろワザと位置バラして罠張ってるのかと思った。警戒して損したぁ」
そう言う矢月は明らかな棒読み口調。
「成明! お前自分が何をしているのか分かっているのか!」
ここで、矢月の隣に立っていた文明が怒鳴り声を上げた。その顔は成明と違い、純粋に怒りのみで真っ赤に染まっている。
「一条さんに連れられて来てみたら......お前、許される事ではないぞ!」
「はあぁ⁉︎ 許しを請うのはてめえだクソジジイ! 俺は力を手に入れた! 最強になったんだよ! お前らこそ俺に許され無いほどの仕打ちをしてきたんだ! 復讐してやる!」
「そんなものお前の力では無い! それに、村の人達も私もお前のためを思って叱ってきたんだ...」
「んんんんなわけねええだろおおおがぁ! お前たちは俺が、力のあるお俺が疎ましかっただけだああ!」
苛烈な親子喧嘩が始まった。文明はまだ冷静に叱っている感じがあるが、成明はもはやヒステリーを起こしている。
2人は矢月の存在も忘れて、なおも怒鳴り合いを続ける。
「疎ましく思った事などあるものか! お前は母さんと私の大事な宝だ!」
「宝だああぁ⁉︎ だったらもっと大事に扱えよ! 俺様という存在を、もっと丁寧にいいぃ!」
「甘ったれるな成明! いいか、お前はこれから罪を償うんだ。時間がかかってもいいい。それから一緒にやり直そう! 亡くなった母さんに胸を張れるように!」
「お母さんいませんけどおぉ? ていうか今十分胸張れるしさあぁ!」
「成明! 父さんの話を聞け!」
「だああぁれが父さんだクソジジイ!」
「なりあきいいいい!」
「は〜いオッケーで〜す」
「「......へっ?」」
あまりに唐突な矢月の介入に、2人は思わずへんな声を上げた。
そのシンクロ率たるや、腐っても親子だと感じさせる。
2人は動揺から立ち直ると、今度は矛先を矢月に向けた。
「てめえまだいたのか! 大人しくモンティコアちゃんに殺されてこい!」
「一条さん、今大事な話をしているんです! 邪魔しないで下さい!」
「いや分かりますけど後にしてください。こっちも予定がありますからっと」
矢月は話し終わると同時に右手で刀印を結び、成明の足元に向けた。
その瞬間、
「ぐあぁ!」
成明は地面に叩きつけられ、そのまま吸いつけられているように身動きが取れなくなった。見ると、地面には奇妙な文字や記号が複雑な模様を無し、強い光を放っている。
2人が怒鳴りあっているうちに、矢月はこの捕獲用の結界を構築していたのだ。“オッケーです” というのは、結界の準備が整ったからもういい、とそういう事だ。
矢月にとって、親子喧嘩をされるのは時間の無駄でしか無い。文明を連れてきたのは、犯行現場を目撃させるただそれだけの為だ。
ただ、我が子を叱る親の姿に懐かしさを感じない事も無かったが。
「このクソガキがぁ。俺様にこんなことして、ただで済むと思うなよ」
這いつくばったまま憎々しげに矢月を見上げ、じりじりと懸命に腕を伸ばし始めた。
その先にあるのは...魔法陣を刻まれた掛け時計ほどの石版。
矢月はそれに気づいていない様子で、手に持った札に何か書き込んでいる。
成明の手が、石版に届いた。
小汚い顔が、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「はっはぁ! ぬかったな半人前!」
「はっ! 成明何を!」
気づいた文明が慌てて声を上げる。
「出でよヤクルス! あのクソガキを裸にひん剥いて、ネットの海に晒してやれ!」
何も......起きない。
「あぁ、無駄だぞ。時間かけて作った結界だからな、お前ごときにどうこう出来る代物じゃない」
札を書き終えた矢月が顔を上げる。
「クソガキ...地獄に落ちろ...」
「すまん、今から地獄見るのお前だわ」
憎悪をぶつける成明に、矢月の表情は1ミクロンも歪まない。
「じゃあ聞くぞ。お前に魔獣召喚用の魔道具を渡したのは誰だ?」
「はぁ? 一丁前に尋問か? 調子乗ってんじゃねえぞ!」
尚も強がる成明に、矢月は小さくため息をつき、文明を振り返る。
「すみません文明さん。時間も無いので少し手荒にやります」
「え? それはどういう...」
文明が言い切らないうちに、矢月は成明に向き直り、左手の中指を右手の人差し指で突いた。
その瞬間、
「いっ、がああああああああああああぁ!!!!」
成明が猛烈な叫び声を上げた。
「いっ! 一条さん何を⁉︎」
この質問の回答の代わりに、矢月は成明に話しかける。
「今、指を折った......痛みをお前に与えた。だが痛みだけだ。実際には折れていない...」
言いながら、矢月は陰惨な笑みを浮かべ成明を見下ろす。
「つまり、拷問の証拠は残らない。いくら痛めつけても......死なない」
「ひ、ひぃ!」
成明は痛みに耐えながらも、何とか話は聞こえていたようだ。
その顔は、恐怖の一色に染まっている。
「さあて、次は爪でも剥ごうか......」
「まっ!待ってくれ! 話す話すからやめてくれ!」
恥も外聞もなく、成明は即座に矢月に泣きついた。
「はあぁ...」
矢月は大きくため息をついた。
「なっさけ無い...。まあいい、話せ」
「俺に魔道具をくれたのは背の高い男だ。顔は隠してたからほとんど分からなかった......」
「他には?」
感情を読み嘘を言っていない事を確認した矢月は、静かに続きを促す。
「後は......あ、緑色の目をしてた! それと、お前たち生徒を呼び寄せる為に、ほどほどに暴れろって言われた! 今思い出せるのは、それくらいだ」
「生徒じゃなく学生な?」
ふむふむ、と矢月は顎に手を当てる。
これ以上は情報を引き出せそうには無い。
「じゃあお前はもう用済みだ。寝てていいぞ」
矢月はそう言い、持っていた札を離した。
札はするりと手から抜け落ち、成明に向かってふよふよと漂って行く。そしてそのまま成明の額に張り付いた。
その瞬間、成明は小さく唸り声を上げ、すぐに動かなくなった。
息はある事を確認した文明は、ほっと胸を撫で下ろす。その横で矢月は、眉間をつつきながら考えにふけり始めた。
( 成明を使って俺たちを呼び寄せた......と言うことは、黒幕の目的は学生。もしそれが、院生のサポートが無くなったチームがある事まで考慮されていたのだとすると......確実にそんなチームを引っ張り出す為には、このような小規模犯罪を複数箇所で誘発させる必要がある。つまり......まずいな )
何かに気づいた矢月は、自分の式神へと意識を集中しかけ......やめた。
「まあそりゃ......ここも標的だもんな」
そういって顔を上げた矢月の目がとらえたのは、成明が残した魔道具。
その3つ全てが、光を放ち始めた。
次回、柚子葉メインです。本格戦闘開始です!




