プロローグ ~2年前のこと~
プロローグです。
「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ。オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ。オン バサラ アラタン……」
りーんと、秋の到来を鈴虫の鳴き声が知らせる、星の綺麗な夜。
とある山中にある、大きな病院。
消灯時間を迎え、今日も疲れたと皆が寝静まっているはずの午後11時に、未だに小さな声が響く個室があった。
暗闇の中、部屋の隅に設置されているベッドの上で胡座をかき、呪文のような文句を延々と詠唱している、1人の少年。
「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ。オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ……」
修行僧のように、何度も何度も同じ文句を繰り返し唱える少年。かすれ切った声を発する口元には汗が伝い、水色の患者衣から覗く首元を月明かりが照らす。その詠唱は静寂に重く響き、涼し気な虫の鳴き声に喧嘩を売っているかのようだ。
呪文を唱え続ける少年の頭に、声が浮かんできた。
「あいつ、魔法陣使えないんだってさ。ダサくね」
「誰でも使えるものなんだから、努力しなよ。恥ずかしくないの?」
「あいつをグループ入れたくないから、適当なメンバーで組もうぜ」
それは中学生時代の、辛い記憶。
才能がない事への、理不尽な差別を受けた日々。
少年表情を苦渋に歪めつつも、少年は詠唱を続ける。
「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ。オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ……」
「なんだよ? 無能の分際で隣に座んじゃねえ!」
「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ。オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ……」
「あなた、このままじゃ将来困るわよ。塾に行くなりして、きちんと訓練しなさい」
少年が呪文を唱える度、表情はますます暗く険しくなっていく。呪文に集中しようとすればする程、嫌がらせのように鮮明な記憶が突きつけられる。
「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ…… オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ!」
「ごめん。私……強い人が、好きだから」
「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ!!」
頭に響く声をかき消さんとばかりに、痛む喉から呪文はじき出す。
少年の頬を、汗では無い何かが流れた。
その時、比較的最近の、明るい記憶が浮かび上がってきた。
「やづ……。この島から、生きて帰る事が出来たら、必ず……」
その先を思い出し、肩に入っていた力がふっと抜けた。
「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ」
穏やかな声で、少年は最後にもう一度呪文を唱える。
これで、今日1万回目の詠唱。100日毎日続けた儀式の、100万回目。
長ったらしい呪文を唱え終えた少年が得たものは、叡智。
2年後、少年は世界最強の座を携え、復讐の扉を開ける。
後から付け足したものなので、前書き等に違和感を感じられるかもです。すみません。