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第6話 俺はデートに誘いたい

 初顔合わせがあった日の夜。


ハナ


「どうしよう、どうしよう、どうしよーっ!!」


 アパートで俺はひとりスマホの前で発狂していた。目の前に藤安ふじやすさんの名前が表示されたSENNセンの画面。

 デートに誘え、だろ? やっぱハードル高すぎるわ!! 

 心の中で絶叫し、まるで丸太のように床を転がり回る。


 部長曰く、女の子を誘うときはその日のうちにSENNにメッセージを入れたほうがいいらしい。そして、反応が来るまで急かさず、待つ。そして、返事がなければ潔く諦める。


 とはいえ、いつまで発狂していても仕方ない。アパートは藤安さんも住んでいるのだ。もし声が響いてしまったら、嫌われるだけじゃ済まされないだろう。


 絶対に乗り越えなければならない壁がある。相手次第の部分もあるけれど、まず自分からメッセージを送らなければならない。

 俺は意を決すると、メッセージを打ち込み始めた。


 だが、何を書けばいいかわからない。とりあえず、アルパに誘おうかな。アルパは大学の近くにあるショッピングモールだ。俺はたまに行くけど、友人や恋人同士で行く人もいる。


カズキ[お疲れさまです! 高林たかばやしです! 今度ですけど時間空いてたら、一緒にアルパに行きませんか?]


 送信ボタンを押す。よし。とりあえず第一関門突破だ。

 何をすればいいかはその時に考えよう。まあ、その前に藤安さんの予定が空いてないとだめなんだけど。

 期待と不安が入り混じった心を抱えながらも夜は更けていった。



 翌日、俺は早速SENNを起動してメッセージが来てないか確認した。


ハナ[こちらこそ、お疲れ様です(^^) 大丈夫ですよ。曜日とか、待ち合わせ場所とかどうします?]


 画面を見た途端、俺の中の何かが弾けた。そして、


「よっしゃあああああーっ!!!!」


 俺の体から、空気が声が何もかもが、濁流のごとく吐き出される。ぼっち男の部屋が歓声に包まれた。些細ささいなことかもしれないが、俺にとって大きな前進である。


 あとは日時と時間を伝えるだけ! 俺は適当な時間を提案して、送信した。


 今日は日曜日。ゆっくりと返事を待とう。俺は浮き立つ気持ちとともに、朝食を作るため台所に向かった。


***


 数時間後藤安さんから返事が来たが、俺が提案した時間と場所でいいとのことだった。

 デート成立! やったぜ! あとは本番が来るのを待つだけだ!

 俺は思わず飛び跳ねた。にやにやが止まらない。さっそく部長にこのことを報告しようと思ったが、直接喋って自慢したくなってきた。くだらないことだと思うけど、異性とまともにしゃべったことがない俺にとって、まさに奇跡と呼ぶべき前進なのだ。


 翌日。午前中の講義の後、俺はいつも通り部室に向かった。部屋の中から、ゲームの音が聞こえてくる。

 先週やっていた「クリティカルブラザーズ(通称:クリブラ)」だろう。あの人はネット対戦にはまっているが、ここのところ全国にいる猛者に連敗していた。


 部長、また負けてるだろうなーー俺がドアを開けた、その瞬間だった。


ーーよっしゃー!!! 勝ったーっ!!


 大声の大波が俺に押し寄せた。濁流に飲み込まれ、思わず俺は耳をふさぎ二歩後ずさった。


「部長、うるさいですよ!」

「あ、わりぃわりぃ」


 目にくまが残るものの、満面の笑みを浮かべながら、部長は後頭部を掻いていた。


「何があったんですか?」


 そう言って俺は隣の座布団に座り、テレビ画面を見る。

 配管工の二十六歳のおっさんがVサインをしながら勝利の決めポーズをしている。その後ろで黄色いネズミキャラが気だるそうに拍手する。


「勝てたんだよ! あいつに! ここまで頑張った甲斐(かい)があったぜ」


 嬉しそうな顔加えて目が輝いている部長。いわく、土曜の夜から徹夜でクリブラの対策を練っていたという。

 いや、見るだけで苦労と嬉しさが伝わってきますよ。


「ふっふっふ……今日はぐっすり寝られるぜ」

「ははは。買ってきましたよ、昼飯」

「サンキュー!」


 部長は胡坐あぐらをかいてゴザに座る。二人で昼食にしていると、さっそく部長は結果を聞いていた。

 なぜか俺の顔がにやけ顔になる。


「でさ、藤安から返事はあったか? まあ、顔見る限り大丈夫そうだけど」

「ええ。とりあえず明日アルパに……。本人も了承してくれました」

「ほう、無難なところ選んだな。映画館とか、フードコートとか楽しめる場所いろいろあるしな」


 部長はいつものブラックをすする。


「まあ、明日が楽しみだな。頑張って行って来いよ。再デビューの気持ちでな」

「再デビューって……」


 確かに俺は大学デビューを失敗している。運動部に入ればリア充に仲間入りできると本気で考えて経験があった水泳部に入ったのだが、結局輪に入れずぼっちになっていた。

 でも、 “再デビュー” はないわ。リア充ではないが、俺だって半年も経てば立派な大学生である。


 昼食を済ませると、部長はリュックを背負い立ち上がった。


「俺、演劇部のミーティングで今日の部活行けねえから。頼むぞ」

「はい。打ち合わせですか?」

「まあな。福平ふくだいらさいで公演があるんだけど、俺が脚本担当なんだ」

「そうですか……」


 ”福平祭” という言葉に俺の気分が悪くなる。福平祭りは年に一度開催される大学の文化祭だ。しかし、ネクラの非リアには関係ない、リア中のパーリーピーポーのための祭典。

 どうせ俺はアパートで一人で引きこもってるよ!


「おいおい、なんだよその顔」

「なんでもないです」


 俺は意識的に視線をそらした。部長はにやけ顔で俺の目を追う。


「はは、まあお前の考えてることは少しわかるさ。頑張って藤安を落とせよ」

「落とすって……まだそこまで」

「そこまでってなんだよ! せっかく紹介してやったのに、気合入れて行けよ!」


 部長に肩を押される。なぜかため息が出た。

 まあ、今は頑張るしかないだろう。


 しかし、俺の知らないところで事は進展していた。そして次第に大きな渦となって俺たちを巻き込もうとしていたのだ。


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