第13話 私は宣戦布告したい
その日の夜、福平病院の一室。私はベッドの隣の椅子に腰掛け、私唯一の家族を眺めていた。
私の視線の先には点滴や生命維持装置のチューブや器具を取り付けられた、白髪は混じるものの、顔かたち整った老齢の美女。しかし彼女の命の灯は弱い炎が風に吹かれるように揺れ動いていた。
もう二週間と持たないとは聞いているけど、せめて一度だけでも私の晴れ舞台を見せたかった。
演劇だけが私のとりえだった。目の前で眠る人は私を役者の道に導いてくれた。彼女は元女優で一時期は日本全国にその名をとどろかせていた。
しかしそれは昔の話。今となっては見る影もなく、忘れている人も多いだろう。
だけど、私の中ではまだまだ一流の女優。
最後だけでもいいから、どんな形でもいいから、彼女の目で私の成長を晴れ舞台を見てほしい。
しかし、あの娘のせいで最後の願いも潰えようとしている。私の身勝手なのは百も承知である。ならば、私は正当な手段で主役を勝ち取るまでだ。
――行ってくるね
そういうと、私は病室を出た。
***
病院を出ると、すでに暗闇が広がっていた。コートを羽織り帰りのバスを待っていると、鞄にしまっていたスマホが鳴った。
後輩の女子部員からだった。
「もしもし、早乙女です」
【あ、もしもし折山です。とりあえず準備できました】
「そう、ありがと。あとで計画をSENNに流すから、連絡待って頂戴」
【わかりました。それはそうと、あれはやりすぎですよ。気持ちはわかりますけど】
「ええ、わかってるわ。……でもあの小娘に台無しにされるわけにはいかないの。こっちには時間が無いの。ついでに、私のほうがあの小娘より数段上手いわ」
【やっぱりプライドはすごいですね、早乙女さん】
後輩のため息交じりの苦笑。私は少しイラっとするが、
「勝手に言ってなさい。こう見えて幾度も修羅場潜り抜けてるんだから」
【そうでしたねー。事実ですから説得力ありますよねー】
「何よその言い方。絶対口外しちゃだめよ」
【はいはい。まあ、そのおかげで早乙女さんのセンスって誰もが認めるものですからねー】
「ふっ……まあ事実だからね。こうしないと演劇続けられないから」
【それで、これから夜のお仕事ですか?】
「そんな時間全くないんだけど」
【ですよねー】
たまに茶化す後輩に私は顔をしかめた。まあ、いいけど。
「とりあえず、後で連絡入れるから。じゃあね」
私はスマホの通話を切った。欠けて暗闇に飲み込まれそうな月を見上げる。すでに時間は残されていない。
衣装も、化粧品も、戦争に必要な道具はそろった。
行くしか、ない。




