第1話 俺はラブコメを書きたい
十月下旬。
地方都市の公立大学。構内の植林された木々が赤く色づき始めるころのこと。
〈文芸部〉とドアにぶら下げられた札が内側からの衝撃で揺れた。
「あーっ! どう書けばいいんだ―!」
叫び声が狭い部室に響く。俺は頭がぼさぼさになるまで掻きむしっていた。
パソコンの画面にタイトルすら入っていない文書ファイルが、真っ白なまま映っている。そして、周囲に散乱するくしゃくしゃになった紙。
魂が抜け切った廃人のように、俺は後ろめりに倒れこんだ。冷たい床があることなど上の空で。
「いってーっ!!」
冷たさと激痛が脳を刺激し、俺は大声を吐き出す。
「るせーっ! 静かにしろ!! 集中できんだろうが!」
間髪入れずに千葉部長の大声が衝撃となり、床を伝って俺の全身を襲った。
「あ……ごめんなさい!」
「ったく、耳に響くんだよ」
俺はゆっくりと座り直り、目の前で腕を組んで仁王立ちになっている部長に向き直った。
「小説のいい展開が思い浮かばなくて……」
「コンテストまで時間が無いのはわかるけど、落ち着いたらどうだ。コーヒー淹れるから、少し休め」
「はい……」
そう言って俺は部長に断って、部室のソファに腰掛けた。
俺の名前は高林一喜。県立福平大学に通う一回生だ。生まれてこの方女性と縁のない生活をしてきて、気づけば “彼女いない歴=年齢” となってしまった。
恋愛なんてしたことないし、そもそも日陰で生きざるを得ない人間に彼女なんてできるわけがない。
とまあ、自分語りはこの辺にして俺は部長が入れてくれたコーヒーを飲んだ。
……苦い
「部長、俺甘党ですよー」
「これしかないんだから我慢しろ。ブラックも飲めないようじゃいつまでも青いままだぞ」
俺はむっとした。
「苦手だから仕方ないじゃないですか……。あとそれ、ラブコメと関係あるんすか」
「恋愛するということは大人の階段を上ること。ブラックも飲めないやつに恋愛は無理って言ってんだよ」
意味わからん。
勝手にしやがれ……と内心で吐き捨てた。そもそも、甘党でも付き合ってる人ってごまんといると思うけど。
「つか、高林。なんでお前ラブコメ書く気になったんだ?」
「え、まあ……新天地を求めて……みたいな。新しいジャンルに挑戦したかったんです」
「はあ……。気持ちはわかるけど初っ端からコンテスト目指すのは無理があるぞ」
「ははは……いい刺激になるかなって思って……」
「バカだろお前」
思わず俺は苦笑いした。同時に後頭部がかゆくなる。
俺は小説投稿サイトで開催されている公募のコンテストに参加していた。一次選考の締め切りは来月末である。
現在、公募用の作品を書いていてジャンルがラブコメディ。高校時代にドはまりしたギャルゲーに影響されて書きたくなったのが一番の理由だ。陰キャラだった俺が唯一、リア充になれるひと時を文字で表現したかったーー。
「心機一転するのはいいけど、なんでもかんでもやりすぎなんだよ。大学デビューも失敗してるくせに」
部長はあきれ顔だった。
おっしゃる通りです。苦笑しか込み上げてこない。部長は親しみやすい人だからいいけど、俺の本性はネクラでヘタレである。
部長は立ち上がると、俺の席の隣に座った。
「まあ、時間もないみてえだし助けになるかもわからんが、案はある」
「案、ですか?」
意外すぎる部長の発言に、俺は目を細めた。
「疑ってるのか? 部長が親切に紹介してあげようって言うのに」
「紹介って……一体なんすか?」
「女の子を紹介してやるんだよ」
「は?」
部長は得意げな顔をするように、ニヤリと笑う。
「ラブコメを書きたいなら、恋愛してみることだ」
部長のその一言が俺とあいつの出会いになるなんて、誰が思っただろうか(いや、ない)。