さようなら、私 -終-
パトラは後ろから歩いてくる人の気配を感じ、そちらを振り向いた。
そこには調停者 ナノハ=イルミナスがいた。
パトラは見知った顔に少しほっとしたのも束の間、警戒を強めた。
(ひょっとして、ナノハさんがお姉ちゃんを.....)
パトラは立ち上がり、ナノハを睨みつける。
ナノハはふらつきながらこちらに歩いてくる。その足取りはとても重たい。
その刹那、ナノハが体勢を崩し倒れ込もうとした。
「ナノハさん!!」
パトラは倒れ込もうとするパトラに咄嗟に術式を組み立てる。
ナノハの後方に光の空間が発生する。
そこから細い光で出来た糸が伸び、ナノハの上体に巻きつき、支える。
パトラはナノハの元に駆け寄る、
「大丈夫ですか、ナノハさん」
「ありがとう、パトラ。ちょっとこの体は私には辛いわね。光の属性値が高すぎるわ」
「......?何を言ってるの、ナノハさん......」
「あら、気づかないのね。パトラ......貴女があんまり泣き虫だから、会いに来てあげたのに」
ナノハは苦しそうな表情で、茶化すように優しい響きで声をかけてくれる。
そこに何故だか懐かしさを覚えた。
(お姉ちゃん......?)
目の前にいるのは確かにナノハ=イルミナスだ。
しかし、さっきまで感じていた喪失感を今は感じていない。
じゃあ、この目の前にいるのは......
「......お姉ちゃん......なの?」
「パトラ......ごめんね」
「お姉ちゃん!」
パトラはクレオに抱き着いた。
クレオはパトラを強く抱き寄せる。
そのまま二人はしばらくじっとしていた。
別れが近いことは分かっていた。
「パトラ......聞いて」
「......うん」
「もうすぐ私は居なくなるの......実はね、2年前に死んじゃってたんだ.....」
「でも、ナノハに頼み込んでこの世に無理やり居させてもらってたの」
パトラはクレオの服を強く掴んだ。
「そうじゃないかな....て.....思ってたぁぁ....」
パトラは溢れだす涙を堪えようとするが、止めることは出来ない。
「ごめんね......ごめんね。パトラ」
クレオも泣き出してしまう。
そのまま二人はわんわんと子供の様に泣き続けた。
しっかりとお互いの体温を感じながら。
やがて、二人が小さな嗚咽を響かせあうようになった頃、クレオがパトラの顔を見て笑った。
「酷い顔ね..ひくっ....パトラったら」
「お姉ちゃん、こそ」
二人はお互いの顔を見て笑い合う。
クレオは、パトラの両手を取ると、包み込むように持った。
「パトラ......これから一人ぼっちになっちゃうけど.....きっと辛い事とか沢山あると思うけど.....でもね」
「お姉ちゃんがずっと見ててあげるから.....ずっとずっと見ててあげるから」
「だから.....頑張って、生きて」
クレオはパトラの手を強く握る。
パトラはクレオの思いが痛いほど分かった。
「私、知ってる。パトラが実は強い子だって。本当は弱いのは私の方......」
「パトラが居なかったら、生きていけない」
「私もそうだよ!クレオ!」
パトラはクレオの目を見つめた。
「私はクレオと同じ。クレオは私で、私がクレオ」
パトラはクレオの両手を、クレオがそうした様に包み込んだ。
「でも私、絶対にクレオの分まで強く生きるから。絶対負けたりしないから」
だから、だから
「心配しないで......!!」
パトラがそう言い切ると、クレオはとても安心した様に笑った。
クレオの気配が薄くなっていくのが分かる。
パトラはクレオの両手を強く、強く握る
さようなら、クレオ。
......さようなら、私。
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ナノハが意識を取り戻すと、ナノハの両手を縋る様に、祈る様に強く握る少女が目の前で膝を付いていた。
少女は震えている。
「もう、いいのよ。パトラ......クレオは向こうに行ったみたい」
パトラの手の力が抜けていく。ナノハは両手をゆっくりと離すと、パトラを自分の傍に抱き寄せた。
「ごめんね、パトラ。こんな結末で.....」
「私は......これから何をすべきでしょうか......?」
パトラが弱々しいしい声で呟く。
ナノハはパトラの肩越しでゆっくりと開こうとしている"陰陽の扉"を見つめていた。
「私の次の任務は"陰陽の扉"に入り、歴史の特異点を観察することになっています。もうすぐ仲間の調停者もここへやってくる手筈です」
「扉の中に入れるのは調停者の我々と扉を開いた者のみ」
「貴女のような優秀な呪術師にご同行いただけるのは心強いですが......」
ナノハは自分の責任を果たそうとしていた。
自分がこの少女を守らなければ。
親友の替わりに......
しかし、意外にもパトラは首を横に振った。
「いえ、遠慮しておきます。折角のお誘いですが......」
「ここには、姉と暮らした家があります。姉と営んでいたお店があります。....ですから、この地を離れるわけにはいけません」
パトラは強い眼差しをナノハへと向けた。
「私は、この地で自分の為すべきことを探していくことにします。」
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パトラが時の祭壇を去った。
ナノハは調停者としての自分と、人間であろうとする自分の内で揺れていた。
(大丈夫。私は私なんだから。)
きっと上手くやれる。
そして役目を終えたなら、あの場所へ帰ろう。
また、仲間たちと笑って暮らそう。
(*****、ダンゾウ、タルム.....待ってて)
ナノハは開いていく巨大な扉を、睨みつけた。
さようなら、私 -終-