94 わたし、異世界から来たんです
スーやセージュが一緒の部屋で寝たいと申し出たが、二人には丁重にお断りした。
「女の子同士の相部屋といっても、二段ベッドでほとんどの面積が占められているのにどうやって寝かせるんだ」と、正論を言うと渋々諦めて自分たちの部屋へと帰っていった。
俺はユーレカにビアフランカから指定された空いている別の部屋を与え、鍵の掛け方を教えた。
今日から彼女も魔法学校の一つ屋根の下で暫く寝泊まりだ。
「あっ。そういえば学費とかっておいくらなんですか? 私、払います」
「いや、いいよ。学校っていっても孤児院みたいなとこだし」
「え、そうなんですか?!」
廊下を見て回り、前を歩くユーレカにきかれる。
彼女が驚くので、「学校という名で呼んではいるけれど」と、俺の復職の経緯と共に魔法学校の内部を簡単に紹介してあげた。
言われてみれば謎ばかりで俺自身もよく知らない部分が多い。
例の実習室だとか、不在の校長先生のことだとか。そもそも魔法学校の生徒が広い敷地に対して少ないことも。その辺りを突っ込まれたら何と返そうと思ったが、特に彼女は聞いてこなかった。
「基本は俺らも集団生活だからね。朝食の時間と消灯は守ること。それから……」
「ふーふふっ。身の回りのことは自分一人で出来ますのでご心配なく。あと、私も魔法めちゃくちゃ上手に使えますよ。私の手が必要になったらいつでも呼んでくださいねっ。マグ先生」
のんきなユーレカは陽気に笑って俺を見上げる。
「あのなぁ、ユーレカさん」
「ユーレカでいいですよ。私のことは呼び捨てで」
そうはいっても俺たちは見ず知らずの女の子の身を一人預かるのだ。
他の生徒たちと同様にまずは彼女を預かる旨を親御さんに連絡なりなんなりをする必要があるだろう。
もしかしたら今頃保護者が彼女を探している可能性がないとも限らない。
所在が不明の迷子ならば王国騎士団に連れていけばいいのかもしれないが、個人情報を正しく伝えられないほど小さな子供というわけでもない。
俺の先生としての自覚および保護者らしい思考もすっかり以前に比べて定着したもので、もう体が勝手に動いている。
子供たちがメナちゃんに気をとられている隙にユーレカを呼び出して部屋に二人きりになり、今は彼女に事情聴取を始めるぞというところ。
「ええと……じゃあ、ユーレカ。まずは家がどのへんなのか教えてくれ。もし家に通話器があるなら番号も。親御さんも心配しているだろうから、一応君を預かっていることの連絡だけはさせてくれよ」
「親? 親なんていませんよ」
俺の質問に彼女は少し間を置いてうつむく。
「家族は……そのぉ~、私とメナちゃんだけですね」
「はい?」
「だから、私ここに親はいないんですってば。メナちゃんと二人きりなんです」
「ユーレカ……大人をからかわないでくれ」
何か親元に帰りたくない理由でもあるのだろうか。
それとも本当にスーやアプスのように天涯孤独の身なのだろうか。
どちらにしてもこの子はどうやらワケありのようだ。言葉を慎重に選ぶ必要があるな。
そう俺が思っていると、
「あ、あの……っ! ちょっとだけ聞いてもらってもいいですかっ!」
ユーレカは主張するように声を大きくして呼び掛けたあと、俺の目を見て話し始めた。
「信じてもらえないかもしれないですけど、私、本当はここへは別の世界から来ちゃったみたいで……多分、異世界から? っていうやつかもしれなくて……!」
ーーーーこの子は一体何を言い出すのだろう。
今まで彼女の話を聞いてきた人がいれば、きっとそんなふうに思ってまともに聞いてはくれなかっただろう。
今話している相手が俺じゃなかったら、今でもこれからもずっと、馬鹿げていると思われ続けていただろう。
忘れかけていた何かを思い返すように俺の脳が彼女の言葉に軋みだす。
短い、チクッとした痛みが数回頭の中に駆ける。
その痛みに歪めた表情を見た彼女が勘違いしてしまったのだろう、
「やっぱりそういう反応になりますよね。私の事、めちゃくちゃ言ってる電波いヤツだって思っちゃいますよね……」
ユーレカの声のトーンが落ちる。
「いや、いいんだ。いいからそのまま続けてくれ。ユーレカ」
「えっ……? マグ先生……わ、私の話、信じてくれるんですか……? 変なやつだって思わないで聞いてくれますか?」
俺の返事に今度は彼女のほうが驚いて見詰め返す。
青い大きな瞳には、安心したような、感動した時に流すような涙がうっすらと溜まっていた。




